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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第六章:襲撃・暗躍・唐変木(日本)

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第58話・生きていればこそ

 昭和の香りが色濃く残る、そば処やがみ。


 その二階のすすけた畳部屋で、俺と八神は言葉を失っていた。モニター越しとはいえ、現実の戦争を直視した衝撃は、予想を遥かに超えていたからだ。


 相変わらず下の店からは、近所のスケベ親父たちの笑い声が、揚げ物の香りと共に上がってくる。普段ならただの喧噪が、この場所がいかに平和なのかを浮き彫りにしていた。


「……凄かったな」

「ああ。もう……なんか……う〜ん……」


 しばらくの沈黙の後、やっと発したひと言がこれだった。語彙力など、完全に吹き飛んでいた。


 映画で見る戦争など、所詮は計算された演出に過ぎない。あまりに綺麗すぎる。……当たり前だけど『やはり作り物なんだ』と。


 銃弾を受けながらも前進を止めない零士・ベルンハルト。彼の行動は素人の目にも危うく見え、ひとつ間違えば破滅してしまうかのようだった。綱渡り(タイトロープ)としか感じられないその戦い方。穂乃花を守るための行動なんだと思うと、胸が締めつけられる。


「あんな場所に、いるんだな……」


 最初に俺と八神が言葉を失ったのは戦闘開始前。戦闘区域に足を踏み入れ、生命の片鱗すらない不毛の地を目の当たりにした時だった。





〔酷ぇな……〕


 零士・ベルンハルトがぼそりと呟いた。


 彼が見ている光景を、トリスのモニターが映し出す。カラカラに乾燥したいくつもの死体。まるで西部劇のタンブルウィードのように、風に飛ばされて転がっている。その度に指が折れ、粉になり、砂と共に舞い散っていく。


 少なくとも兵士は国や家族のために戦って死んだはずだ。それなのに、こんな虚しい場所で風化していくなんて……


「本当に。こんなの……酷すぎる……」

〔藤堂さん、これ、見えているのですか?〕

「あ、ええ……。すみません、言ってなかったですね。HuVer(フーバー)のモニター映像が、トリスを介してそのままこちらの端末に届いているんです」

 

 ショックな光景に意識を持っていかれ、肝心な事を伝え忘れていた。先に言っておかなければならない事だったのに……


〔ほんと、トリスっていったいなんすか〕


 ……俺が聞きたいです。


 そこから先は、恐怖と驚きの連続だった。突然のミサイル攻撃。そして、Livin' on a PrayerをBGMに一騎打ちが始まる。


『零士さん、近接型です!』 

『そんな事がわかるのですか?』

『相手が剣を振りかぶった時、側面に回り込むのは容易いはずです』

『わかった、やってみる』


 ——しかしここで、再び絶句した。


 倒れた敵HuVerに向かって、政府軍が銃を乱射し始めたからだ。


「なにやってんだ……」

「一騎打ちに負けたからって……あんなのいいのかよ!」


 八神が怒りの声を上げる。まったくの同感だ。


「裏切ったわけでもないのに、味方を攻撃するなんて……」


 ――その時、零士・ベルンハルトは自ら盾になって、戦闘能力を失った敵を庇った。


 時間にして三十秒くらいだろうか、敵の弾を受け続けている最中、トラックに積まれたミサイルがこちらを向いた。『やばいっ』そう感じた直後——ボコンッと大きな音と共にボンネットに穴が開く。どうやら味方の増援が間に合ったようだ。


 そこからは起死回生とでもいうべき攻勢が続き、零士・ベルンハルトも一機また一機と無力化していった。


「なあ、藤堂。さっきのトラックが気になるんだけどさ」

「ん?」

「いや、兵器って役割があって使っている訳じゃんか」


 ……とある言葉を思い出していた。『全ての(ピース)は、必ず意味のある動きをする』。大学ラグビー部時代の、八神の口癖だ。


「7メートル程度のHuVerに、ミサイルを用意すると思うか?」

「つまり……?」

「この位置取りで味方を置いて離れていくのはさ、もしかしたら、あのミサイルって、本部とか街とかに撃ち込むためじゃないかと思ってな」


 ――マジかよ。


「零士さん、非戦闘員がいる区域までどのくらいの距離です?」

〔居住区なら7〜8キロってとこだと思うけど……って、まさか!?〕

「そのまさかです。予想が当たっていたら大変な事になる」


 その後、なんとかミサイル攻撃を阻止し、政府軍本隊を壊滅させて無事生還。戦争なんて褒められる事じゃないけど、それでも彼が生き残れたのは素直によかったと思う。


 ……何事も生きていればこそだ。


 ただ、最後に零士・ベルンハルトがブチ切れた時は、俺も八神も引いた。


 自分を拉致したテロ組織の人間を殺されて逆上するなんて……彼に、一体なにがあったのだろうか?


※ タンブルウィード:回転草

 西部劇映画でよく見る、風に転がされる乾燥した草の事。繁殖力が高く、今現在アメリカのネバダ州等では街に押し寄せた枯れ草が住宅を覆うなどして問題になっている。燃えやすく火災の危険もある。

ちなみに原産国はロシアという事だが、アメリカ開拓時代(1800年代後半)の西部劇で、ロシアの草が転がっているというのも不思議な感じがする。大航海時代(1400年〜1650年頃)に入ってきたのかもしれない。


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