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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第五章:命の代償(中東)

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第56話・……生きてる?

 日本には『怒りに我を忘れる』という言葉がある。激しい怒りに飲み込まれ、理性を失う事だ。


「ふざけるな……」


 殺すつもりで戦場にでているのだから、死ぬ覚悟だってあるのは当然。ほんの数分前、住人を守るための理由として、自分自身を納得させたばかりだ。


 それでも、年端もいかない少年を撃つなんて許せない。それも直径10センチもあるHuVer(フーバー)用の弾丸で人間を……


 ……いや、違う。


 ジョーカーだって今までに何人も殺めてきた。その行動に対する責任は少年だろうと変わらない。


 ――じゃあ、撃たれても仕方がないのか? 


 そう、仕方がない。むしろ戦場では当然だ。ならば、オレはなにに怒っている? 答えは、すでに脳裏に浮かんでいた。ミサイルの時と同じ。


 ――ただ、オレが許せないだけだ。


「日本ならまだ中学生だぞ!」


 矛盾も偽善もどうでもいい。大義名分なんてクソ食らえだ。


 気がつけば、オレはHuVer-WK(ホーバーク)を走らせていた。目に映るのは、殺しても殺し足りないライトグレーのHuVer。バジャル・サイーア共和国の紋章を刻んだ、駆逐すべき敵だけだ。

 

〔おい、No.10。落ち着け!〕


 リーダーかキングか、わからない声。落ち着く? ——無理な話だ。それでも、怒りに任せつつ状況は見えていた。理性が抑えきれないだけだ。


『どんな理由があったとしても、あんな虐殺はしちゃ駄目だと思う』


 ――数日前、自分の口からでた言葉が蘇る。


『お互いに恨みをぶつけ合っていたら、永遠に終わらないだろ』


 ――オレは、こんな辛い気持ちの人に対して『我慢しろ』なんてほざいていたのか。


『じゃあさ、それはクイーンに恨み晴らさせてから相手に我慢するように言ってきてよ』


 ジャックのひと言が、今なら理解できる。個人的な恨みで暴走するのは、あの時のクイーンと同じなのだから。


 敵の機体がライフルを向けてきた。しかしそんなものは脅しにもならない。慌てて発砲してくるが、そのほとんどはあらぬ方向へ飛んだ。たまに当たっても軽い音を立てて弾くだけ。


 やけになったのだろう。ヤツは銃身を持って振りかぶり、殴りかかってきた。左へ軽くステップを踏んで回り込み、鈍器を交わすと同時に脚を払う。


 うつぶせに倒れたHuVerを無力化するのは容易だ。腰部のエネルギー循環パイプを二、三本切れば指一本動かせなくなる。もちろん装甲は厚いが、隙間にゼロ距離で撃ち込めば破壊できる。


 ……これは、製造に携わる人間だからこそわかる弱点だ。


 動かなくなった機体を蹴飛ばして仰向けにした。腹部からドロッと混濁したオイルが漏れでる。まるで黒い血のようだ。


 コクピットの細い窓から、相手兵士がこちらを指差しながら怒鳴っている。


「しゃあしゃあと謳ってんじゃねぇ」


 苛立ちに任せ、コクピット装甲に向けて弾丸を撃ち込む。ハンドガンの低威力では、一発で装甲を撃ち抜くのは不可能だ。


 それでも、大口径の銃を鉄板一枚越しに突きつけられた恐怖は、並大抵ではない。タンカーでの経験、突然戦場に放り込まれた時の記憶。それらがオレに『恐怖の与え方』を教えてくれていた。


 ……だが、それ以上に恐ろしいのは、歯止めが効かなくなった人間の感情だ。


 兵士は恐怖を感じつつも、装甲が絶対の安全圏だと信じているのだろう。そのイキがった顔を見ていると、怒りと吐き気が同時に込み上げてくる。


 ——オレは殴りつけるように、ハンドガンの銃口を覗き窓に押し当てた。


〔堅ちゃん、そこまでだって!〕


 ガコンッという音を立てながら突きつけた銃口は、完全に兵士の命を握っていた。人差し指を少し動かすだけで、このムカつく顔を赤い霧に変えられる。


〔ったくよう、キレると周りが見えねぇのか〕

〔堅ちゃん止めてってば!〕


 レシーバーから止める声が聞こえる。だからなんだ? お前らだって敵を殺して金もらってんだろ? 


 誰の声も確かめず、引き金を引こうとしたその瞬間——。突然、HuVer-WK(ホーバーク)が、横からなにかに押し飛ばされた。


〔——もう、しっかりしてよ〕


 なにが起きたかわからず、転がされたまま青い空を呆然と見ていた。そんなオレの視界に影を落として見下ろしてきたのは、肩にJkのマークが入ったジョーカーの機体。


「――え?」

〔え? じゃねぇっての。脳みそ沸いてんのか?〕


 その悪態で、ようやく脳が通常運転に戻った。この声はキングだ。


「なんで……タラール、無事だったのか?」

〔そう言ってんのに、堅ちゃん聞いてないんだもん〕


 早とちりだったのか。と、安堵と眩暈(めまい)と冷や汗が一気に襲ってきた。


「え~と……生きてる?」


 ジョーカーが無事だった事に気がついていなかったのは、どうやらオレだけだったらしい。ミサイルを撃った後、ジョーカーはすぐにトラックから降りて、自身のHuVerに乗り込んだ。


 もちろんキングは見ていたし、リーダーもクイーンも離れた位置からすべてが見えていた。


 見えていなかったのは、トラックに背を向けていたオレだけだ。


〔あんな無防備な場所にいつまでもいるわけないじゃん〕


 と、ジョーカーは何事もなかったかのようにさらっと言う。


「じゃ、もっと早く教えて……」

〔〔〔言ってただろ!〕〕〕


 言葉が終わる前に、ものすごい勢いのツッコミが飛んできた。一人で勘違いして、一人でキレて、一人で暴走していた。


 とは言え、リーダーとキングはまだしも、クイーンまでもがハモらなくてもいいのに……


※ 銃の口径について。

拳銃等の『口径』を解りやすい長さで表すと、1口径は1/100インチつまり0.254ミリになります。よく聞く44マグナム(44口径)は、0.254×44で11.2ミリ。

本作で出て来た100ミリ(10センチ)の弾はその10倍弱のサイズという事になります。ちなみに戦車で使われる大砲の弾は105ミリまたは120ミリが多く、このふたつの口径は、アメリカを始めとしたNATO(北大西洋条約機構)諸国が運用する戦車砲の標準口径です。

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