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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第五章:命の代償(中東)

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第57話・信頼

 バチンッ……と、倉庫中に響いた。


「いいとこあんじゃねぇか、No.10」


 戦闘から帰還し、HuVer-WK(ホーバーク)から降りた直後。キングがニカッと笑い、その大きな手でオレの背中を目一杯叩いた音だ。


「痛……ってぇな」


 周囲の視線が一斉に集まるほどの大きな音に、兵士もメンテナンススタッフも何事かとこちらを振り返る。


 ほんの少し前、オレはタラールが殺されたと思い込み、自分を見失って暴走した。だから非難される覚悟はしていたのに……予想外の反応に、ただ戸惑うばかりだった。


「意外だったな。もっと厭世的(えんせいてき)なヤツかと思っていたぜ」

「……」

「なに黙ってんだ、お前は」


 またもやバンッバンッと背中を叩かれた。プロレスラーのような体格から繰り出される平手打ちに、肺の空気が押し出されてクラクラしてきた。

 

「こんな熱いヤツなら弟にしたいぜ!」


 キングはスッと右拳をつき出して、フィスト・バンプを求めてきた。外国映画でよく観るグータッチだ。


「……遠慮しときます」

 

 空気を読んで”ちょこんっ“と拳を合わせてはみたものの、なにが気に入られたのか思考が追いつかない。


 それにしても、この妙になれなれしい感じはなんだ? 今までのキング——穂乃花(ほのか)を見る、あの性犯罪者のごとき危険な目つきの男とは、とても同じ人物には思えなかった。


「あの、さ……」


 この場は多くの兵士の目もある。傭兵部隊のみんなもいる。だから思い切って疑念をぶつける事にした。


「穂乃花やアスマに……なにをしようとしているんだ?」

「……は?」


 キングは目をパチクリさせる。質問の意味を考えているのか、それともわからないフリなのか。


「いつもイヤらしい目で見ているじゃねぇか。彼女たちを襲う気ならオレがお前を、こ、殺……」


 直後、後ろでリーダーとジャックが吹きだした。


「ぶはっ……キング、お前やっぱり顔怖えぇんだよ」

「ですね。やはり……くくっ、サングラスかけましょうよ」


 腹を抱えて笑い転げる二人。それを見たキングは、苦虫を噛み潰したような顔になった。


 ……この反応はなんだ? オレは、覚悟を決めて真剣に聞いているのに。


「堅ちゃん、あのね……」


 アスマがオレの腕を引く。


 彼女の話によると、キングのあの眼光は、周囲の野獣どもからアスマたちを守るためのものらしい。睨みを効かせた目が、オレと穂乃花には”性犯罪者が獲物を狙う目“に見えていただけだった。


「つかよぉ。俺はお前がアスマに目をつけてると思ってたんだぜ?」

「はあ? ふざけんなよ。なんでオレが……」

「だってよぉ、いつも見ていたじゃねぇか」

「——っ」


 否定できない。見ていたのは本当だから。でもそれは、キングの目が気になったからだ。


「まあまあ、二人とも。そのくらいで」

「ジャック……」

「キングは見た目で誤解されやすいからさ」


 ……そう言われても簡単に信じられない。


 いぶかしむオレの顔を見て、アスマが話を続けた。


 ――それは今から三年ほど前。リーダーとアスマの二人が、仇討ちのために入った傭兵団での出来事だった。とある作戦でリーダーが出撃中、留守を狙って傭兵団の団長がアスマに手を出そうとしたという。


「それでどうなったんだ?」

「キングが、助けてくれた」

「え……」


 キングは少し照れくさそうにしながら、語り始めた。


「あの作戦内容で、アスマを出撃させないのはおかしいと思ってな。HuVer(フーバー)が不調で動かねぇって事にして、コッソリ監視していたんだけどよ……」


 アスマを自室に連れ込み、暴行に及ぼうとした団長。すぐさまキングが止めに入り、事なきを得た。しかし、筋の通らない団長の言い訳を聞いているうちにブチ切れてしまい……


「思わず()っちまってなぁ」

 

 ポリポリと鼻の頭をかくキング。


 結局その一件がきっかけで傭兵団は解散。その後、リーダーとアスマ、そしてキングの三人で新たに立ち上げたのが、この傭兵団の始まりだった。


 キングは女子供を食い物にするヤツが大嫌いで、アスマやタラールを守るために、常に周囲に対して監視の目を光らせているそうだ。


「少年趣味のクソ野郎もいるからな。気が抜けねぇんだ」


 と豪快に笑う。


 ……オレは、完全に彼を見誤っていた。弱者が一方的に搾取されるのを嫌う、義侠心の塊。


 それがキングという男だった。


「ところで堅ちゃん兄さん」

「……なんだよその呼び方は。弟じゃないのかよ」

「穂乃花さんに彼氏はいるので?」

「知るか!」


 さらには『嫁に欲しいなぁ』と下心のある発言が続いた。……やらんぞ、絶対に。

 

「ところで、僕からも質問があるんだけどさ、()()()()()?」


 妙に含むところがあるジャック。……どう考えても”あの事“だ。


「ここではみんなに聞こえるし、とりあえず部屋に行こうか」





「さて、と……」


 士官部屋の扉を後ろ手で閉めながら、ジャックが口火を切った。


「し、質問って、やっぱり……アレの事?」

「ええ、話が早くて助かります。あの時の会話は日本語ですよね。相手は誰なのですか?」


 やはりその件か。オレはこの反政府組織:ドゥラに居るかぎり藤堂堅治でなければならない。これは穂乃花の命もかかった重大事だ。


 だから、傭兵部隊のみんなが秘密を守ってくれるかどうかが最重要だった。もちろん、コソコソとするような人間ではない事はわかる。


 オレは迷い、無意識に視線が泳いだ。


 部屋の隅にちょこんと座っている穂乃花と目が合うと、彼女はニコリと優しく微笑んだ。そして――


「大丈夫だと思います」


 簡潔な一言で、オレの決意を促す。


 会話は英語だったから、彼女には全て理解できていないはず。それでも断片的な単語や雰囲気から、だいたいの内容を察しているのだろう。


「わかった。話すよ」

「ちゃっちゃと頼むぜ、No.10」

「だけどその前に、タラールとアスマに頼みがあるんだ」


 ――ジャックでもキングでもない、この二人だからこその頼みだ。


「もしオレになにかあったら、穂乃花を護ってほしい。そして日本に連れて行ってくれないか?」


 タラールとアスマは互いに顔を見合わせると、そのまま視線を穂乃花に移した。きっと、どう返事をすればいいのかわからないのだろう。


 実は『穂乃花を守って日本へ』なんてものは方便のひとつだ。


 本音は、タラールにもアスマにも、戦争とは無縁の平和な世界で暮らしてほしいと思っての事。オレが日本に連れて帰れればそれがベストだが、万が一に備えた保険のようなものだ。三人でお互いを守り合いながら、逃げ切ってほしい——そう願っていた。


 そしてジャックは、オレの意図を読み取ってくれたのだと思う。二人の背中を押すように言葉を続けてくれた。


「二人ともその話は真剣に考えてよ。これは僕たち大人からの頼み。……だよね、リーダー、キング」

「そうだな」

「ああ、違いねぇ」


 黙ったまま頷くタラールとアスマ。この二人ならきっと大丈夫だと信じている。


 そして、全員の顔を見渡した。


「あの声は……」


 息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出した。


「……藤堂堅治、本物の藤堂堅治だ」


厭世的(えんせいてき)

人生や世の中に悲観して、生きる事に嫌気が差してしまっている様子。零士のどこかズレた感覚(戦地における日本人の平和感覚)が、キングにはそう映ったらしい。


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