第57話・信頼
バチンッ……と、倉庫中に響いた。
「いいとこあんじゃねぇか、No.10」
戦闘から帰還し、HuVer-WKから降りた直後。キングがニカッと笑い、その大きな手でオレの背中を目一杯叩いた音だ。
「痛……ってぇな」
周囲の視線が一斉に集まるほどの大きな音に、兵士もメンテナンススタッフも何事かとこちらを振り返る。
ほんの少し前、オレはタラールが殺されたと思い込み、自分を見失って暴走した。だから非難される覚悟はしていたのに……予想外の反応に、ただ戸惑うばかりだった。
「意外だったな。もっと厭世的なヤツかと思っていたぜ」
「……」
「なに黙ってんだ、お前は」
またもやバンッバンッと背中を叩かれた。プロレスラーのような体格から繰り出される平手打ちに、肺の空気が押し出されてクラクラしてきた。
「こんな熱いヤツなら弟にしたいぜ!」
キングはスッと右拳をつき出して、フィスト・バンプを求めてきた。外国映画でよく観るグータッチだ。
「……遠慮しときます」
空気を読んで”ちょこんっ“と拳を合わせてはみたものの、なにが気に入られたのか思考が追いつかない。
それにしても、この妙になれなれしい感じはなんだ? 今までのキング——穂乃花を見る、あの性犯罪者のごとき危険な目つきの男とは、とても同じ人物には思えなかった。
「あの、さ……」
この場は多くの兵士の目もある。傭兵部隊のみんなもいる。だから思い切って疑念をぶつける事にした。
「穂乃花やアスマに……なにをしようとしているんだ?」
「……は?」
キングは目をパチクリさせる。質問の意味を考えているのか、それともわからないフリなのか。
「いつもイヤらしい目で見ているじゃねぇか。彼女たちを襲う気ならオレがお前を、こ、殺……」
直後、後ろでリーダーとジャックが吹きだした。
「ぶはっ……キング、お前やっぱり顔怖えぇんだよ」
「ですね。やはり……くくっ、サングラスかけましょうよ」
腹を抱えて笑い転げる二人。それを見たキングは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
……この反応はなんだ? オレは、覚悟を決めて真剣に聞いているのに。
「堅ちゃん、あのね……」
アスマがオレの腕を引く。
彼女の話によると、キングのあの眼光は、周囲の野獣どもからアスマたちを守るためのものらしい。睨みを効かせた目が、オレと穂乃花には”性犯罪者が獲物を狙う目“に見えていただけだった。
「つかよぉ。俺はお前がアスマに目をつけてると思ってたんだぜ?」
「はあ? ふざけんなよ。なんでオレが……」
「だってよぉ、いつも見ていたじゃねぇか」
「——っ」
否定できない。見ていたのは本当だから。でもそれは、キングの目が気になったからだ。
「まあまあ、二人とも。そのくらいで」
「ジャック……」
「キングは見た目で誤解されやすいからさ」
……そう言われても簡単に信じられない。
いぶかしむオレの顔を見て、アスマが話を続けた。
――それは今から三年ほど前。リーダーとアスマの二人が、仇討ちのために入った傭兵団での出来事だった。とある作戦でリーダーが出撃中、留守を狙って傭兵団の団長がアスマに手を出そうとしたという。
「それでどうなったんだ?」
「キングが、助けてくれた」
「え……」
キングは少し照れくさそうにしながら、語り始めた。
「あの作戦内容で、アスマを出撃させないのはおかしいと思ってな。HuVerが不調で動かねぇって事にして、コッソリ監視していたんだけどよ……」
アスマを自室に連れ込み、暴行に及ぼうとした団長。すぐさまキングが止めに入り、事なきを得た。しかし、筋の通らない団長の言い訳を聞いているうちにブチ切れてしまい……
「思わず殺っちまってなぁ」
ポリポリと鼻の頭をかくキング。
結局その一件がきっかけで傭兵団は解散。その後、リーダーとアスマ、そしてキングの三人で新たに立ち上げたのが、この傭兵団の始まりだった。
キングは女子供を食い物にするヤツが大嫌いで、アスマやタラールを守るために、常に周囲に対して監視の目を光らせているそうだ。
「少年趣味のクソ野郎もいるからな。気が抜けねぇんだ」
と豪快に笑う。
……オレは、完全に彼を見誤っていた。弱者が一方的に搾取されるのを嫌う、義侠心の塊。
それがキングという男だった。
「ところで堅ちゃん兄さん」
「……なんだよその呼び方は。弟じゃないのかよ」
「穂乃花さんに彼氏はいるので?」
「知るか!」
さらには『嫁に欲しいなぁ』と下心のある発言が続いた。……やらんぞ、絶対に。
「ところで、僕からも質問があるんだけどさ、堅治兄さん?」
妙に含むところがあるジャック。……どう考えても”あの事“だ。
「ここではみんなに聞こえるし、とりあえず部屋に行こうか」
◇
「さて、と……」
士官部屋の扉を後ろ手で閉めながら、ジャックが口火を切った。
「し、質問って、やっぱり……アレの事?」
「ええ、話が早くて助かります。あの時の会話は日本語ですよね。相手は誰なのですか?」
やはりその件か。オレはこの反政府組織:ドゥラに居るかぎり藤堂堅治でなければならない。これは穂乃花の命もかかった重大事だ。
だから、傭兵部隊のみんなが秘密を守ってくれるかどうかが最重要だった。もちろん、コソコソとするような人間ではない事はわかる。
オレは迷い、無意識に視線が泳いだ。
部屋の隅にちょこんと座っている穂乃花と目が合うと、彼女はニコリと優しく微笑んだ。そして――
「大丈夫だと思います」
簡潔な一言で、オレの決意を促す。
会話は英語だったから、彼女には全て理解できていないはず。それでも断片的な単語や雰囲気から、だいたいの内容を察しているのだろう。
「わかった。話すよ」
「ちゃっちゃと頼むぜ、No.10」
「だけどその前に、タラールとアスマに頼みがあるんだ」
――ジャックでもキングでもない、この二人だからこその頼みだ。
「もしオレになにかあったら、穂乃花を護ってほしい。そして日本に連れて行ってくれないか?」
タラールとアスマは互いに顔を見合わせると、そのまま視線を穂乃花に移した。きっと、どう返事をすればいいのかわからないのだろう。
実は『穂乃花を守って日本へ』なんてものは方便のひとつだ。
本音は、タラールにもアスマにも、戦争とは無縁の平和な世界で暮らしてほしいと思っての事。オレが日本に連れて帰れればそれがベストだが、万が一に備えた保険のようなものだ。三人でお互いを守り合いながら、逃げ切ってほしい——そう願っていた。
そしてジャックは、オレの意図を読み取ってくれたのだと思う。二人の背中を押すように言葉を続けてくれた。
「二人ともその話は真剣に考えてよ。これは僕たち大人からの頼み。……だよね、リーダー、キング」
「そうだな」
「ああ、違いねぇ」
黙ったまま頷くタラールとアスマ。この二人ならきっと大丈夫だと信じている。
そして、全員の顔を見渡した。
「あの声は……」
息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出した。
「……藤堂堅治、本物の藤堂堅治だ」
※ 厭世的
人生や世の中に悲観して、生きる事に嫌気が差してしまっている様子。零士のどこかズレた感覚(戦地における日本人の平和感覚)が、キングにはそう映ったらしい。
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