第55話・シンプルに……
〔まだだ、あと3°下げろ!〕
「そのくらい誤差範囲だろ」
〔うるせぇ、お前が計算しろっつったんだろうが。1°ずれてりゃ月にすら着けねぇんだ。はよやれ!〕
キングは思いの外“繊細で緻密な男”だった。粗暴な話し方と態度にかくれた、深い洞察力と知識。曲者だらけの傭兵部隊で、一番読めない男だ。
コンコンッと大剣の柄を軽く小突き、気持ち地面に打ち込んだ。直後『そこだ』とキングからストップがかかる。
〔堅ちゃん、撃っていいの?〕
これはジョーカーの気遣いのひと言だった。
〔殺すのは嫌なんでしょ?〕
「いや、大丈夫。構わない」
居住区の人たちを守るためだ。産まれた場所が、たまたまここだったってだけで殺されていいはずがない。
なにもしなければ住人が虐殺される。止める事ができるのにやらないのは、見殺しにするという事。それは間違いなくオレの罪。
そして、虐殺を止めるには、敵兵士が密集している所にミサイルを撃ち込まなければならない。当然これもオレの罪だ。
どちらを選んでもオレの手は血で濡れる。それなら、戦えない人たちを守る方を選ぶ。
「殺すつもりで向かってきたんだ。殺される覚悟もあるはずだろ」
この決意は、結果としてハリファを喜ばせてしまうだろう。葉巻を咥えながら、得意満面の笑みで『思い通りだ!』と、オレを苛つかせてくるのが目に浮かぶ。
〔お、やっと腹ぁくくったか?〕
「そんなんじゃなくてさ……」
〔だったらなんだよ?〕
原因がなんであれ、意見の違う人を攻撃していい理由にはならない。
だから、どちらが先に手を出したとか、どちらに正義があるとか関係ない。ただシンプルに……
「――あのやり方は気に食わねえ! それだけだ」
〔アホかよ。それが腹くくるってやつだろ!〕
そのひと言は間違っていないと思う。でも……なんか納得いかない。
〔角度いいぜ、いつでも撃ちな〕
「目標までの進路クリア。ジョーカー、頼む」
〔おっけー。んじゃ、撃つよ〕
ガコンッと鈍く金属がこすれ合った音。ミサイルのロックが解除され、オレの頭の後ろで橙赤色の発光が起こった。
噴射のゴーッという音が聞こえてきたその直後——地面を舞う砂の流れが右から左に、風向きが変わった。これが現場の不確定要素。弾道計算アプリでは対処できない部分だ。
――瞬間、クイーンから通信が飛び込んでくる。
〔キング、右に1°修正〕
ミサイルがすでに火を噴き、レールを走りだそうとした刹那、キングは咄嗟に修正をかけた。もちろん厳密に1°だけずらすなんて無理な話。それこそ勘、誤差の範囲での修正だった。
ミサイルは緩い弧を描きながら、敵HuVerの一団に突っ込んだ。後方からの攻撃に敵兵は反応できず、彼らは次々に悪魔の劫火に焼かれていった。
少しして橙赤の火柱が上がり、直後、数か所から爆発が起こった。これは、誘爆したミサイルが政府軍の中で暴れたのだろう。その予測を裏づけるかのようにジャックからの通信がはいる。
〔みんな、偵察部隊からの連絡が入ったよ。ミサイルランチャーは無事撃破されたそうだ〕
〔おっしゃ、俺様のおかげだな。感謝しろよ、ガキども〕
〔おっちゃん寝ぼけてるの? 撃ったのは僕なんだから〕
どこまで行ってもキングとジョーカーの掛け合いは終わらない。むしろこれは彼等のコミュニケーション、親子喧嘩のようなものなのだろう。
〔違う、私の修正のおかげ〕
……クイーンまで参戦しなくてもいいのに。そして、こうなるともう一人、絶対に割り込んでくる人がいる。
〔まてまて、俺がリーダーとして敵を食い止めていたからだな……〕
〔〔〔それはない!!!〕〕〕
〔お前ら……なんでこんな時ばかり気が合うんだよ〕
リーダー全否定。少し可哀想な気もするが、今回はあまり役に立っていないのは確かだった。それをフォローする意味があってなのか、ジャックがひと言でまとめる。
〔まあ、今回は全員の手柄って事で〕
〔俺様はそれでいいぜ。ガキもそうだろ?〕
〔うん。堅ちゃんもそれでいいよね?〕
「いや、オレは……」
ミサイルの誘爆による壊滅的打撃、そしてドゥラ軍本隊の侵攻で政府軍はほぼ制圧できていた。多分死者数はかなりの数に上るはずで、その責任は……オレにあった。
「手柄とかそういうのは、ちょっと……」
〔は? 平等だっつってんだろ〕
〔おっちゃん、言い方~。それじゃ伝わらないってば〕
しかし、そんな陳腐な考えは百戦錬磨の彼らにはお見通しだった。
〔あのさ、堅ちゃん……〕
ジョーカーが静かに、そして十歳以上も年上のオレを諭すように口を開いた。
〔戦果は全員のものだから、責任も全員のものだよ〕
「――っ」
今までは各々が好き勝手やっているだけの部隊だと思っていた。しかし、根っこの部分でみなの意思統一がされていたのだと、初めて気づかされた。
――手柄も罪も全員で分ける。
オレは弱冠十三歳のジョーカーが発したその一言に、涙腺が緩んでしまった。
〔零士さん、右見て!〕
突然スピーカーから響く藤堂堅治の声。瞬間的に視線を向けると、そこにはボロボロになった政府軍のHuVerが、ライフルをこちらに向けて構えていた。
〔どこにいやがったんだ、クソがぁ!〕
キングが吠えるのと同時だった。けたたましい音とチカチカと光る閃光を発し、銃弾が地面を点で弾きながら向かってきた。
「——タラール!」
本当に一瞬の出来事だった。動く余裕などないほどに。
まるで大蛇のように地面を這う銃弾は、HuVer-WKの脇をすり抜け、彼が乗っているトラックの運転席を……無残に破壊していた。
※ 『1度ずれてりゃ月にすら着けねぇ』
出発/発射点から目標に対して1度ずれると、1メートル先では1.74センチずれてしまう。これは、地球から月へ向けたロケットが1度ずれて出発すると、月へ到着する頃には、地球0.5個分もずれてしまう計算になる。




