第52話・0.7秒
キングの発破に押され、リーダー、ジョーカーと共に敵本隊後方の軍用トラックを目指した。荷台に仰々しく鎮座するミサイルランチャーを破壊するためだ。
「キング一人で大丈夫なのか?」
〔おっちゃんを甘く見ない方がいいよ〕
〔ああ、ジョーカーの言う通りだぜ。アイツはあんな“なり”をしているが、状況判断を間違うヤツじゃねぇ〕
「そうは言ってもさ……」
〔大丈夫だって。殺しても死なないから。脳筋は痛覚がないみたいだし〕
この会話ってキングにも聞こえているはずだけど……帰ったらまた喧嘩になるな、これは。
〔それにクイーンがバックアップしているんだ。アイツが後ろにいる限り、背中を気にする必要なんてないぜ〕
クイーンと呼ばれる少女アスマ。自身が凌辱され、姉と両親を惨殺されたという過去を持つ。
婚約者を殺された復讐。そのために傭兵になる決意をしたリーダーを、アスマはどこまでも追いかけたそうだ。なにを言っても聞かず、ただ黙ったまま荷物を背負ってついてくる。
――天涯孤独になったアスマにとって、義理の兄貴であるリーダーが唯一の支えだったのだろう。それ以上、引き剥がす言葉などなかった。
リーダーは根負けして、条件を出した。『絶対に俺の前に出るな』と。しかし、アスマは『前に出なければ戦っていい』と解釈してしまう。
元々素質があったのだろう、リーダーの危惧をよそに、アスマの射撃の腕は日増しに鋭さを増していく。一年後には所属していた傭兵団では誰も相手にならなくなっていた。
〔俺も射撃は得意な方だったんだけどな。アイツにゃ敵わねえ〕
リーダーは、わずかに悔しさを滲ませながら、それでもどこか嬉しそうな声だった。
〔クイーン。十時方向へ移動〕
〔……了解〕
ジャックの指示が飛ぶ。上空を飛ぶ三台のドローンが、立体的に位置情報を割り出している。
クイーンはキングの背中を守りながら、射撃位置を少しずつ移動。敵スナイパーの射線に機体を晒さないようにと、破壊されたHuVerの陰に潜ませる。
そして彼女は、常にオレたちとキングに対して等距離を保って動いていた。三角形を維持する事で、双方へのバックアップ射撃を可能にする為だった。
「これもジャックの戦術なのか?」
〔もちろん。もっとも、それだけの技量がないと作戦に組み込めないけどね〕
超長距離から敵を射抜くには、重力による弾道の下降や、気圧、湿度、風向や風速など、数え切れない要素を計算しなければならない。大半は軍用アプリの弾道計算システムが担ってくれるが、急変する環境への対応は、経験や勘以上に、状況を感じ取る嗅覚が必要とされる。
――クイーンはその嗅覚が異常なまでに鋭い。
〔堅ちゃん……そこ、邪魔〕
「は?」
いきなり『邪魔』とだけ伝えてくるクイーン。意味がわからない。
その瞬間、オレの視線を読んだECLIPSS -Eye Capture Line Phase Shift System-が、背後に位置するクイーンの機体を映し出し、ズームする。
……そこには、オレの背中を狙う彼女の銃口。
「え!?」
――直後、銃口に一瞬だけ光が見えた。
咄嗟に左へステップを踏む。状況が見えないまま『とにかくクイーンの射線を外さなければ』と必死だった。——急な重力加速。目眩を感じると同時に、クイーンの弾丸が右脇スレスレを突き抜ける。
「ちょっ、怖っ……」
〔大丈夫。そこまで0.7秒も余裕があるから〕
「……『も』じゃないって!」
HVライフルの場合、2000メートル先の標的に弾が当たるまで約4秒を切るそうだ。それでもスナイパーの感覚だと、『命中までの時間が恐ろしく長い』という事だから、0.7秒もあれば余裕でかわせると思ったのだろう。
極めて一般的な常人のオレに、そんな異常な感覚を当てはめるのは勘弁してほしい。
弾丸は右正面の敵HuVerを撃ち抜いた。目標のトラックまでの障害は、できるだけ避けて走るしかない。クイーンは“それでもかわし切れない”敵を、前もって狙い撃ってくれている。
「もうちょっと早くいってくれ」
〔へっ、甘えんな。死ぬ気でやれば死なねぇんだよ〕
「ったく……めちゃくちゃ言ってるのわかってんのか? リーダー」
銃弾が飛び交う中『軽口を叩く余裕ができたのか』と、哀しくも自嘲気味に笑いが出た時、ジョーカーが会話に入ってきた。
〔でも、慣れた方がいいよ〕
十三歳の少年に言われてしまうとは情けない話だが、オレよりも数年先輩のベテランなのだから仕方がない。
〔でないと……死ぬから〕
※ 2000メートル程の距離だと、現実の対人ライフルは6〜8秒程度だが、本作のHVライフルは高速弾で約4秒の設定。
その為、重力や気温、気圧、湿度、風向、風速などの影響を受けやすく、狙撃手には高度な数学力が必要と言われる。
軍用HuVerに搭載されている弾道計算システムが担うのは、この“高度な計算”部分。




