第51話・RED-LINE
クイーンのバックアップが入った瞬間から、左翼側は傭兵部隊の独壇場と化した。屠り、砕き、殺し、一機また一機と戦闘不能に追い込んでいく。
オレは、そんな彼らを横目で見ながら、ひたすら目の前の敵を無力化していった。攻撃をヒラリとかわし、懐に潜り込んで肩や膝を狙ってのゼロ距離射撃。口径の小さいHVハンドガンでも、装甲のない関節部分の破壊には十分だった。
〔なんだよ、No.10。えらく動きがいいじゃねぇか〕
相変わらず楽し気にリーダーが声をかけてくる。人を殺しながらこの陽気さは、やはり慣れない。
「無駄口叩いていると獲物がなくなるぜ?」
〔ちっ、言ってくれる〕
今朝、傭兵部隊に提案を持ち掛けた。『オレが倒した敵には、一切追い打ちをするな』と。その代わり、HuVer-WKは最前列で敵の攻撃を食い止める――それだけの交換条件だった。
リーダーは渋ったが、キングの「お、いいじゃん」のひと言で大勢は決まった。この戦術で一番得をするのは近接のキングとジャック、次いでクイーンだ。
オレが突っ込んで注意を引きつければ、彼らは自由に動ける。
だが、中盤で動くリーダーとジョーカーには旨味が薄い。それでもジョーカーが『僕はかまわないよ』と賛同した事で、リーダーも折れた。
――提案の裏にあるのはただ一つ。
オレが先に敵を無力化すれば、その兵士は死なずに済む。不殺を気取っているわけじゃない。生き残る戦いに、殺しは必要ない。それだけだった。
そして、リーダーに『好調じゃねぇか』と言わしめる要因が、SOMA -Swing One's Momentum Arms- 駆動技術。
〔旋回時には腕を使って!〕
つまり、この藤堂堅治のアドバイスだ。
エンゲージ・アームを大きく振り回し、遠心力を利用して一気に方向転換――従来の操縦桿じゃ絶対にできない、HuVer-WKだから成立する荒業だ。
振って、戻す。それだけで重心の移動がスムーズになり、次の攻撃につなげられる。かといって、特別意識して動かす必要はなかった。
日々、人間は無意識に手や足でバランスをとっている。それがそのまま、エンゲージ・アームを通じて再現されているだけの事。
「こんな裏技があったなんて……」
……設計したオレですら、このポテンシャルには気づいていなかった。
〔零士さん、ちょっと気になる事が〕
「どうしました?」
〔先ほど隊を離れて行ったトラックの位置ってわかりますか?〕
ミサイルランチャーの位置。レーダーを確認するまでもなく、それは視界の先に小さく見えていた。
「敵中央部隊のすぐ後ろだ」
〔そうですか……零士さん、非戦闘員がいる区域までどのくらいの距離です?〕
「居住区なら7~8キロ……って、まさか!?」
〔そのまさかです。予想が当たっていたら大変な事になる〕
――狙いは中央本体のその先、居住区か。
「ジャック!」
〔ん、どうした?〕
「急ぎハリファに、いや全軍に連絡してくれ! 敵中央後方にいるミサイルランチャーが、居住区を狙っている可能性がある」
〔わかった。——キング、指揮預けた!〕
それだけいうとジャックは通信を切った。
〔おい、そんなもん預けんじゃねぇよ!〕
……キングの叫びが虚しく響く。
「あいつら、民間人を狙うなんて、正気かよ?」
〔アメリカ軍やNATOが介入する前に、余計なモノを排除しようって事だろうな〕
人の命を“モノ”といい切ってしまうキング。その言動は、どうしても相いれない。しかし……彼の言葉は、見た目や口調に反して知的な部分があった。
〔ドゥラを壊滅したあと、民間人はどうなると思う?〕
「どうって、同じ国なんだから政府が面倒を見るだろ」
〔はっ、そんなわけねぇよ〕
呆れと怒りが混ざった笑いを飛ばし、キングは言葉を続けた。
〔反政府側にいたヤツらを、無条件で養ってくれるような国だと思ってんのか?〕
「それってまさか……」
〔そんな慈悲深く懐のデカい国だったら、反政府組織なんてできてねぇっての〕
「今のうちに口減らしか。他国に介入される前に……」
アメリカ軍やNATOの前でこんな虐殺行為をするわけにはいかない。政府は、今ならまだ隠蔽も可能と判断したのだろう。
「そんなの……越えちゃいけない線だろ」
〔戦争なんて、始まっちまえばいいも悪いもねぇんだよ〕
――キングの言葉が胸に突き刺さる。
どちらもが正義を振りかざし、相手を悪と決めつける。結局はどっちもどっち。そんな事はわかっていたはずなのに……
「そうかもな……」
オレも、自身や穂乃花を守るという自分の正義の為に、テロ組織で戦争をしている。——同じ穴の狢だ。
〔——善悪を語れるのは話し合いの間だけだよ。最後は勝者が歴史を作り、敗者が悪になるだけ〕
連絡を終えたジャックが、静かに割り込んできた。
〔君の国、日本には『襤褸は纏えど心は錦』って言葉があるだろ?〕
「ああ……」
〔僕はその言葉が好きでね。周りから悪だと断定されても、自身がゆるぎない正しさを持っていれば、それでいいと思う〕
……ジャックの言葉は、優しくも鋭く胸に響いた。
確かに、外見や世間の評価がどうであれ、自分が信じる正しさを貫ければ、それでいいのかもしれない。
〔さ、急いで〕
「え?」
〔まだ撃っていないのは、射程距離に到達していないからだよ。今、ドゥラ本隊は本当の意味で『死ぬ気』で政府軍を押し留めているはず。彼らの家族は居住区なんだから〕
政府軍に押し込まれたら家族や恋人が死ぬ事になる。……引けねぇよな、そんなの、なにがあっても。
「行こう、まだ虐殺を止められる」
〔——僕も行く〕
オレの言葉に、真っ先に反応したのはジョーカーだった。
〔殺しに行くんでしょ? あのモレクを〕
彼は難民キャンプにいたころ、軍隊の侵攻に巻き込まれて大切な人たちを失っている。きっとその時の事を思い出したのだろう、レシーバーから漏れた『お母さん……』という呟きを、誰もが聴こえないふりをした。
〔しゃーねぇ! おい、てめぇら。ここの残りは引き受けてやる〕
キングはその“聴こえなかったはずのひと言”に奮起した。目の前の敵HuVerを叩き割って蹴り倒すと、仁王立ちになって吼える。
〔猶予はねぇ! さっさと行って、ぶっ潰してきやがれ!!〕
※ モレク 古代の中東で崇拝された神の名。悪魔。「涙の国の君主」「母親の涙と子供達の血に塗れた魔王」とも呼ばれており、人身供犠が行われたことで知られる。




