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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第五章:命の代償(中東)

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第48話・アドバンテージ

 通常、HuVer(フーバー)の腕は左右一本ずつの操縦桿で操作する。これは全世界共通の仕様、ユニバーサルスタンダードだ。


 操縦桿のつけ根は、ゲームコントローラーのようなアナログスティック状態。かなりフレキシブルに可動する。だが、二本のスティックだけで肩から指先までを動かすのは極めて複雑。


 そこで考案されたのが、オペレーターの腕の動きを直接トレースするシステム——後のエンゲージ・アームの原型だ。


 しかし、当時は精度が悪く、さらには、アーム着装中はスイッチ類の操作がでなかった。モニターの補正やズーム、緊急時の対応すらままならないのは致命的といえた。


 ……つまり、欠点だらけ。それが、今までトレースシステムが採用されなかった大きな理由だった。





 ――エンゲージ・アームシステム起動。


 操縦桿がメインモニターの下部に収納され、同時に左右補助シートの背もたれが前に倒れ込む。直後に『カチリ』と音がしてロックが解除され、折りたたまれたエンゲージアームがゆっくりと出てきた。


 先端にあるナックルグローブに指を入れると、腕部固定クランプが自動的に腕をガッチリと固定し、準備完了だ。


 連動して、ECLIPSS -Eye Capture Line Phase Shift System-が起動。


 ――このシステムが、エンゲージ・アーム実装実現の大きな要因となった。


 AI技術の急速な進歩が生んだアイトラッキング技術。これを応用し、コクピット内にあるいくつものセンサーが、オペレーターの視線・瞳孔を瞬時に読み取り、欲している情報をモニターに映し出す。注視したい物を自動認識・拡大表示する、オリジナルシステムだ。


 しかしこれは、普通なら企画すらできないレベルの金食い虫。エンゲージ・アームとECLIPSS。このシステム一組の開発だけで、億に届いた。エキスポ出展機ゆえ採算度外視で設計ができたから、これだけの技術をぶち込めたと言えるだろう。


「アーム装着完了」


 表示された動作シンクロ率は99.99%をマークし、限りなく誤差が無い事を示していた。


「他にやっておく事はありますか?」 

〔ここからはHuVer乗りの経験からですが、できるだけ軽い武器の方がいいと思います。例えば、拳銃とかあれば〕

「機体バランスを考えて、って事ですか? それならバランサーウエイトがありますが」


 バランサーウエイトは機体の左右バランスを取るために、銃火器の重さに合わせて反対側の腕に取りつける(おもり)だ。それが無いと真っすぐに歩けなかったり、照準が合わなくなったりしてしまう。


〔いや、それは使わないで。もちろんバランスをとるのは大事だけど、エンゲージ・アームの場合は過重量による遅延を感じる事があるんです〕

「遅延って……反応が悪くなるんですか?」

〔ええ、仮にモニター上のシンクロ率表示が100%あっても、重いものを持った時は実際の可動がひと呼吸遅れるものです〕


 厄介なのは、システム上はなんの問題も検出されず、それゆえOSでは自動修正ができない、と。


「そういう事か……」

〔ええ。同じ条件下でも通常の操縦では動作のズレはほぼ感じません。感覚で操作をするエンゲージ・アームだからこその要素なんです〕

「でもそれなら通常操作の方がよいのでは?」

〔——いいえ〕


 この時、藤堂堅治の声が少し力強くなったと感じた。そして、続く彼の言葉は、オレが全く想像すらしていないものだった。


〔これはデメリットではなくメリットなんです〕

「どういう意味です?」

〔レスポンスの遅延はすべてのHuVerで起きている現象で、操縦桿ではほぼ体感する事ができない要素なんです〕


 プロオペレーターは、机上ではわからない知識を身体で知っている。これはもう、さすがと言うべきなのだろう。


〔そんな中にあって、動作のズレが限りなくゼロに近いエンゲージアームは、状況を有利に持って行くための切り札です。アドバンテージを活かすためにも重い武器は避けた方がよいでしょう〕


 敵の中に軽装備でつっこむ。こんなの、不安を感じない方がおかしい。藤堂堅治は机上での思考。戦場に出るのはオレ自身。


 だけど、穂乃花の命もかかっているのだから、適当な事を言うはずがない。——四の五のいわずに、やるしかないだろう。


 HV用ウェポンハンガーからハンドガン用ホルスターを腰部左右に取りつけた。腰に二丁、そして両手に一丁ずつ、合計四丁のハンドガンを装備。


「ああ、そうだ。藤堂さん」

〔どうしました?〕

「先に伝えておきます。多分、今回の拉致に関係あると思うのですが……」

〔なんでしょう〕


 ――今、伝えておかなければならない事。


 もちろん死ぬ気なんてさらさらないが、戦場で必ず生き残る保証なんて誰にもない。もしオレになにかあったら、彼と言問先輩に後を託すしかないのだから。


「このHuVerは、ドゥラが角橋に発注して作らせた可能性があります」

〔え……まさか、そんな事が〕

「ここの指導者が『依頼通りだ』とつぶやいていたので。調べる価値はあると思います」

〔わかりました、記憶に留めておきます。こちらでも今、角橋とドゥラの関係を調べている所なので〕


 調べている。つまり、すでに彼の方でも角橋とドゥラについて疑いを持っている。会社に手掛かりが残っているかわからないけど、なんとか深淵にたどり着いてほしい。ここで得られる情報なんて高が知れているのだから。


「あと、穂乃花が『10円玉の恨みは忘れない』と伝えてくれって」

〔……は? ……あ~、はい、わかりました。栄一で返すから、ちゃんと帰ってこいと伝えてください〕


 ……栄一? って、一万円札か。ったく、この兄妹はいったいなにをやってんだ。



※ この話を書いていた当時は、一万円札のデザインは福沢諭吉でした。『諭吉で返すから』このセリフを栄一に書き直したのですが……う~ん、違和感があるw

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