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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第五章:命の代償(中東)

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第46話・毒気

 結局昨日は『敵はすぐ近くにいる』の意味がわからないまま話が終わった。タラールやジャックが全てを話さないのは、まだオレが信用に値しないからか。


 ……いや、むしろオレの方が壁を作っているのかもしれない。いまだ傭兵に対して嫌悪感を持っているのだから当然だ。


 ――もし、彼らが違う道を歩いていたら。

 ――もし、出会い方が違っていたら。


 そんな『もしも』が頭を離れないせいだと思う。


 短絡的な面があるけど、リーダーは人前で意見をはっきり言えるタイプ。ジャックは豊富な知識と洞察力で、二人とも方向性は違うけど、人を率いるような仕事が合う。


 穂乃花(ほのか)は『アスマちゃん、和服着せたら凄く映えると思いませんか?』と言っていた。その辺りはよくわからないけど、あの儚げな雰囲気は周りの目を惹きつける。


 ジョーカーも十三歳にしてモテ要素満載だ。中東独特の褐色の肌、彫りの深い幼い顔立ち。加えて少しだけ中性な印象を受ける(たたず)まい。……日本だったらショタなお姉さんが大量発生するだろう。


 そんな人生を送っていて欲しかった希望と、人殺しで金を稼ぐ傭兵という現実のギャップが、オレの中でせめぎ合っている。





「あ、藤堂さんじゃありませんか。偶然でございますねぇ」


 HV倉庫に足を踏み入れた直後、声をかけてくる男がいた。イラっとくる聞き覚えのある声だ。


「ちっ……わざとらしいな」


 周りに聞かれては困る話でもあるのだろう、彼は入口近くに積まれた木箱の陰から、コソコソと手招きをしていた。


「まあまあ、そう言わずに……」


 ――この男とは契約を交わしている。


 米軍の攻撃が始まったら、オレたちと一緒にここから脱出して『彼も捕虜の一人です』と偽証する。


 彼はその対価として、オレが藤堂堅治だとハリファに信じ込ませ、穂乃花ともども生き残るための情報を提供する、というものだ。


 生死がかかっているのだから、彼が慎重になるのも仕方がない。


「たった今、NATO(北大西洋条約機構)が軍事介入すると情報が入りました」

「……は?」

「予想の上を行かれちゃいましたねぇ」

「なんでそんな事になってんだよ。加盟国じゃないのに、武力介入してくるものなのか?」

「さあ、その辺りはよくわからないのですよ。そちらのジャックさんに聞けば教えてくれるのではないでしょうか。彼は博識ですからね」


 ……意外。ジャックの名前がコイツの口から出てくるとは思わなかった。


 この男とリーダーは、どういう訳かハリファから一目置かれている。贔屓(ひいき)というか、扱いが周りの人間と明らかに違うのは誰の目にも明らかだ。


 どんな場面でも平然としていたり、リーダーに至っては、むしろ挑発し、張り合ったりもしていた。

 

「傭兵部隊の事に詳しいんだな」

「三年ってところでしょうか。彼らとは、それなりにつき合いが長いのですよ」

「お前、何者だよ」

「あ、興味を持っていただけました?」

「別に……」

「ま、ただのしがない武器商人ですよ」


 手をひらひらさせながら、飄々と答える、いけ好かない男。武器商人なのは、今までの言動からわかっていた。


 この男を好きになれないのは、傭兵と同じく『人の命を金に変える』生業だからだ。それもコイツのさじ加減ひとつで何千という命が計りにかけられてしまう。


 ……とはいえ、今はオレたちの命も握られているのだから、迂闊な事を口にするわけにはいかない。

 

「それで、援軍の規模ってどのくらいなんだ?」

「米軍は想定通りの五千、NATOはその三倍ってところでしょう」

「ざっくり二万、こちらの十倍か。そんなの相手にしたら、勝ち目が全く見えねぇな」

「え……?」


 タブレットの男は驚いた表情で、オレの顔をまじまじと見てくる。


「勝つつもりだったのですか?」

「――っ」


 ハッと我に返った。オレは、いつのまにかこの戦争に勝つ気になっていた。


 HuVer-WK(ホーバーク)が、各国の軍用HuVer(フーバー)に引けを取らない性能を発揮しているという現実。全能感、とでもいうのだろうか。あの屈強さが気持ちの後押しをしたのかもしれない。


 ……オレは戦場の毒気に当てられて、いつの間にか感覚がおかしくなっていたんだ。


「まさか……オレが戦争する気になっていたなんて」


 好戦的な言葉が自分の口から出た事実に、呆然としてしまった。


 そんなオレを横目に、タブレットの男はさっさと倉庫を出ていく。オレは頭を振り『そんな訳がない』と自分に言い聞かせながら、倉庫の端を独りトボトボとHuVer-WK(ホーバーク)が固定されているハンガーまで歩いた。


 6.5メートルの白騎士を足元から見上げると、僅か数日の間についた傷と弾痕、そして塗装の剥がれが痛々しく見えてくる。


 脚装甲の傷に手を触れると、表面に付着した砂埃がパラパラと落ちた。手の平を当て、右へ左へと滑らせる。砂埃が落ち、その下からは鮮やかな白色が現れた。


 もちろん手の平で全体を綺麗になどできない。それでもオレは、その一部分だけでもと、落ちていたボロ布で磨き光らせた。


「綺麗……だよなぁ」


 ピカピカに光る装甲に、倉庫の風景が映り込む。頭上のライトや発電機のランプ、忙しく動き回るメンテナンススタッフ。そして、オレの顔。


 ……白い鏡に映る、情けない面構えに、溜息が漏れた。

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