第4話・問題はそこじゃない。
寝ていた事が功を奏したのか、この真っ暗な中でも周囲の状況がぼんやりと見える。壁は規則的に凹凸が並び、天井までの高さはHuVer-WKよりも2、3メートルは高い。
……間違いなく、HV専用コンテナの中だ。
「――っ」
しかしその直後、オレは無意識に息を飲んだ。頭の中に『拉致』という言葉が浮かんだ瞬間、急に恐怖が増した。真っ暗な密室、拘束された手足、不安で仕方がない。
どうすればよいのか全く思考が働かなかったが、それでも『まずロープをなんとかしなきゃ』って事だけは混乱している脳味噌でも判断できる。
オレは腰の後ろで縛られた腕を、暗闇の中でひたすら動かし続けた。
「痛ぅ……」
四分か五分か。突然手首に激痛が走った。オレの手足を縛っているのは、かなり粗末で荒い麻縄のような物だろう。動かすたびにザラザラちくちくした感触で痛みを感じる。
……いや、多分これは最初から感じていたはずだ。痛みが酷くなるまで全く注意が向かないほど混乱していたのだろう。
しかし、幸か不幸かその痛みのおかげで頭の中が整理され、少し冷静になれたようだ。
すでに手首は痣だらけに違いない。微かにヌルヌルするのは、血が滲んでいるせいか? 食いしばった歯からうめき声を漏らしなら痛みに耐え、もう少しで左手が縄から抜けそうというその時だった。
――ガチャガチャ、と、誰かがコンテナの扉を開けようとしている音が、微かに聞こえる。
拉致の犯人なのだろうか? オレは体を倒し、寝ているフリをしながら聞き耳を立てた。
「هل هذا عادي او طبيعي」
聞き取りにくいし、そもそもなにを言っているかわからない。それでも雰囲気からして、誰かに話しかけているみたいだ。
オレはそっと頭を上げた。HuVerの高さから見下ろすのは、大体マンションの三階から覗いているようなもの。この暗がりなら、覗き込んでも見つからないだろう。
――そこには、逆光で浮かび上がる三人の影があった。
一人はタブレットを操作しながら、視線を上げたり下げたりしている。画面と機体を見比べているみたいだ。
その隣には腕を組んで仁王立ちの大男。肩から細い棒が出ているが、多分あれは銃だろう。そして少し下がった所に小柄な男、立ち位置的に一番下っ端に思える。
「من فضلك أعطني مكافأة……」
「shut up‼」
振り向き、小柄な男を怒鳴りつける大男。
……って、英語じゃないか。これなら断片的にでも、逃げるための情報が得られるかもしれない。
「何度も言うな、金は着いてからだ」
イラついた口調の大男。どこの会社にも大抵一人はいる、なんでも力で押さえつけようとするパワハラ気質な印象。
「HVオペレーターも込みのハズですが、どこにいるのですか?」
タブレットの男が尋ねた。逆にこちらは冷静な口調、面倒な交渉事は大男に丸投げして、自分の仕事を優先している感じか。
「تناول الدواء والنوم」
「なるほど、操縦席に転がっているのですね」
そういいながら、タブレットの男は扉脇のスイッチに手を伸ばした。
――明りがつく。
咄嗟に身を屈める。そのまま音を立てないようにゆっくりと横になり、寝たフリをした。現状がわからないうちは、その方がよいだろうと思ったからだ。
コツコツと誰かの足音が近づき、タラップを登る。薄目を開けて顔くらい見てやろうかとも思ったが、起きている事に気づかれる方が面倒だ。リスクを考えると、このままでいるべきだろう。
スッと、オレの顏の上に影が落ちてきた。これは間違いなく覗き込まれている。なにをやっているんだ? なにを考えている? まったくわからない。恐怖の対象が――すぐそこにいる。
「ん~、まだ寝ているのですか。そんなに強力な睡眠薬は使っていないはずですが」
……この声は、タブレットを見ていた男のものだ。
「名前は、え~と……藤堂 堅治、ですか。ん~、日本人の名前は読みにくいですねぇ」
藤堂堅治は、本来ここにいるハズの社員の名前。
……これはおかしい、なにか変だ。
こいつの持っているタブレットには、社員の情報が入っているって事になる。さっきはHuVer-WKの検分もしていたみたいだし、会社の内部情報がもれているのかもしれない。
――いや、違う。問題はそこじゃない!
なんの疑いもなくオレを藤堂と認識した事、そしてさっき聞こえてきた『金は着いてから』『オペレーター込み』という内容。
察するに、HuVer-WKとそれを動かすHVオペレーターをセットにして、なにか取引の材料にしようとしているのか? だとしたら情報は、会社から意図的に提示されている可能性もでてくる。
……単なる拉致じゃないぞ、これは。




