第40話・ふざけんなよ!
「この部屋、好きにつかってくれ」
「サンキュ、助かる」
店舗スペースの真上に位置するこの部屋は、昭和時代の写真で見るような、よくいえばノスタルジック感満載のすすけた畳部屋だ。
時刻はそろそろ十九時をまわる。まだ陽は完全に沈みきらず、空を赤く染めている。
そんな中、店からガヤガヤザワザワと、大勢の声が聞こえてきた。
「なんか、店が騒がしくない?」
「ああ、商店街中のスケベ親父どもが集まってきてんだ」
「は? なんでまた……」
「そば処やがみに、超美人な娘が入ったって噂が広まってな」
噂が広まった……?
「おまえか!」
「あ、わかる?」
「当たり前だ。ったく、いつの間にそんな宣伝を……」
「ん? 二、三人の噂好きの人に話しただけだぜ?」
戦略家の八神。これは大学ラグビー部のころのあだ名だ。ポジションは、チームの要である司令塔のナンバーエイト。
「相変わらずだな」
だが、そんな八神だからこそ、今の俺たちには必要なんだと思う。
「それが例の通信装置なのか?」
「ああ、stealth-seed system、トリプルSで“トリス”だ」
「……もうちょいカッコイイ名前つけろよ」
俺が命名したんじゃないけどな……
ピコンッ……ピッ――ピッ――ピッ――
足元から酔っ払いの喧騒が聞こえてくる中、モニターにconnectionの文字が点滅表示し始めた。
どうやら中東のHuVerに隠れた種が届いたらしい。
トリスは一切外部の干渉を受けない完全秘匿通信。その電波は、一度アクセスしたルートと通信先を記憶し、二回目以降の接続にかかる時間を短縮してくれる。
あとは零士・ベルンハルトが、HuVerに乗り込みさえしてくれれば……メンテナンス作業でもなんでもいいから、早くきてくれる事を願うばかりだ。
「ふう……」
息が詰まり、溜息をひとつ。そして壁かけ時計に目を向ける。バジャル・サイーア共和国との時差は五時間。向こうは昼過ぎか。
零士・ベルンハルトは、妹を『全力で守る』と言ってくれた。直接の面識はなくても、信用できる力強い言葉だった。
――その彼の命を救う。それは、妹も、更には織田さんも救う事につながる。
HuVer操作のコツなんて、通信だけでどこまで伝えられるかわからないけど……なんとか、生き残る確率が少しでも上がってほしい。
「店は手伝わなくていいのか?」
「あの連中は蕎麦よりも酒と女だからな。今は用済みだよ」
「二代目がそれでいいのかよ……」
「いいんだよ、今日はお前が免罪符だから」
「お~い、俺をさぼる理由に使うな~」
八神は烏龍茶を投げてよこすと、ポテチを食べながらトリスを覗き込んだ。
「中東かぁ。ピンとこねえな」
「まあ、そうだよな」
よほど興味がなければ、8000キロも離れた国の事なんてわかる訳がない。
「で、今は、真理ちゃんのお相手待ちか」
「ああ……って、なんで名前呼びしてんだよ」
「店じゃみんな”真理ちゃん“だぞ?」
「マジか、織田さんって呼んでいるのは俺だけ?」
……なんかモヤモヤするな。
「しかし、そいつが羨ましいぜ。真理ちゃんにそこまで思われているなんてさ」
「あ、その事なんだけどさ……」
俺は、織田さんがスパイだと疑われている事を話した。もちろんその理由も。彼女の前で零士・ベルンハルトの話をして欲しくないと思ったからだ。
「はあ? ふざけんなよ!」
「いや、俺に怒られても……」
「あれだけ一生懸命な人を疑うとか、そいつ許せねえな」
零士・ベルンハルトが織田さんをスパイと思い込んでいる理由。それは、彼女から渡されたお守りの中に、発信器が仕込まれていたからだった。
突然の拉致、不安の極みにそんな事実を知れば、誰だって疑う。おそらく彼は、テロリストの話を鵜呑みにしているのだろう。
――俺は、それが誤解の根源だと確信している。
だから、直接話をしたり交流していけば、そんな事をする人じゃないってわかるはずだ。
「あのさ、拉致されるのはお前だったはずだろ?」
「まあ、そうだな……」
「それって、お前に発信器をつけるのならわかるけど、別人にわざわざ発信器をつける意味ってなくね?」
——!?
「そうだよ……まさしくそうだ。なんで気づかなかったんだ……」
零士・ベルンハルトに発信器をつける理由そのものが存在しない。
「だからさ、その零士とかってヤツにガツンといってやれよ」
「でもそれは……織田さんが望んでないんだ」
「はあ?」
「戦場にいる彼に、余計な迷いを与えたくないって」
「……」
彼女が悩んで出した答えだ。今はその通りにしてやりたいと思う。もちろん、むかつく気持ちはよくわかる。
「そいつ、零士だっけ? マジでぶん殴りてぇな」
「そう言うなって。一番辛いのは織田さんなんだからさ。だから彼女の前で触れないでいて欲しい」
「だけどよ、藤堂……」
八神は『ふう……』と、長いため息をひとつついた。
「お前の気持ちはどうなんだよ?」
……俺?
「なんで???」
「はあ……やっぱりおまえ、大概唐変木だよ」




