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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第四章:虚言・怨恨・逆恨み(日本)

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第39話・筋の通し方

 ここは千葉県柏市にある、古めかしい店が立ち並ぶ商店街。その一角にある蕎麦屋の前で、俺と織田さんは一人の男と会っていた。


「……んで、藤堂。お前、いったいなにをやらかしたんだ?」


 と、挨拶もそこそこに質問してきた男は、俺の大学ラグビー部時代の仲間、八神(やがみ)慶太(けいた)


 今の俺たちにとって、心強い味方になってくれるハズだ。


 ここに着いたのは、陽が傾きかけたころだった。いきなり押し掛けたにもかかわらず、八神は嫌な顔ひとつしない。そればかりか開口一番に『なにをやらかした?』と笑いながら聞いてくる。


 あの頃と変わらない憎まれ口。……相変わらずだけど、今はそれが嬉しい。


「いや、俺はなにもしてないのだが」

「じゃ、なにか? なにもしてないのにお前は拉致されたんか」

「俺じゃないけどな」


 わかっていてネタにする八神。でも、俺は俺でつき合ってしまっている。多分、学生の頃の空気感が心地よいのだろう。


「なにもしていないのにテロリストになって」

「いや、なってないって」

「なにもしていないのにこんな美人と羨ましい逃亡生活をしている。と?」

「まあ……そのへんで止めとけよ。あと、羨ましいは余計だ」


 織田さんは俺の後ろで小さくなっていた。八神の妙なテンションに押されて、どう対処していいのかわからなかったのだろう。


 ――そんな戸惑いを見た八神は、ニヤリと口角を上げて標的を彼女に切り替えた。


「こいつ、大学ん時も朴念仁で女っ気ゼロだったんですよ」

「は、はあ、そうですか」

「それが今さら美人と逃亡とか、成長したじゃん」


 八神は笑いながら、グリグリと肘で俺を押してきた。


「だからもう止めろって。……あと、ゼロじゃねぇ」

「あ、申し遅れました。コイツの腐れ縁の八神慶太です。気軽に慶ちゃんでヨロシク! ……あ、名前の最後に♡をつけてくれてもいいですよ」

「はぁ……初めまして、織田です」

「あ、八神(こいつ)は妻子持ちです」

「言うなよ!」

「言うだろ!」


 ほんと、昔に戻ったみたいだ。


 ――ガラッ


「おう、藤堂か」

「あ、お久しぶりです!」


 通りに面した引き戸が開き、八神の親父さんがヒョコっと顔を出した。手には暖簾(のれん)。”そば処やがみ“の文字。そろそろ夜の営業時間のようだ。


「また、美味いそばを食べにきました」


 八神の家は老舗の蕎麦屋で、親父さんが打つ(やぶ)蕎麦は一度食べるとクセになってしまう。


 入口に暖簾をかけながら、織田さんを鋭い目つきで……いや、眉尻が下がった微妙に柔らかい目つきで彼女を見ると、ボソッと口を開いた。


「入りな……」

「はい、突然すみません。おじゃまします」

「突然じゃない客なんていねぇよ」


 ……ごもっともで。


 普段から言葉数が少なく、ぶっきらぼうだけど情に厚い、昔気質(むかしかたぎ)の親父さんだ。


 俺たちが座敷席に座ると、親父さんは()()()八神慶太にお茶を運ばせながら、イスを引っ張ってきて座った。


「それで、なにをやらかしたんだ?」


 俺は順を追って、報道された内容がいかに嘘かを話し始めた。もちろん口にできない事が多く、あらかじめ織田さんと決めておいた一部フェイク込みの内容だ。


 話しながら、弟子の打った蕎麦をごちそうになった。明確な味の違いはわからないが、それでもやはり親父さんの方が美味い気がする。


『半人前が打った蕎麦で金はもらえねぇ』


 と親父さんは言ってくれたが、さすがにそれは気が引けた。半人前と評価された八神にもなんだか申し訳ない。しかし、無理にお金を渡すのも、親父さんの厚意を無にしてしまう。


「——でしたら、お店を手伝わせてください」


 どうしようかと思っていた所へ、織田さんが提案を投げかけた。これなら親父さんの顔も立つし、俺たちも気持ちよく恩返しができる。これは織田さん流の筋の通し方と言ったところか。


「藤堂さんはトリスをお願いします」


 織田さんは髪を縛りながら小声で話してきた。


「昼間にほんの数分繋がっただけで、まだなにもアドバイスできていないですよね?」

「ええ。でも、それなら織田さんも一緒の方がよくないですか? 零士君の声も聞きたいでしょう」

「私は……私は、いない事にしてください」

「え……?」


 せっかくスパイ容疑が晴れたのに……言問さんの件、報告するべきじゃないのか?


「零士クンは、私の事をスパイだと思っているのですよね?」

「ええ。テロ組織の人がそう言っていたと……」

「戦地にいる彼に……余計な悩みを与えるわけにはいきませんから。下手な事を言って惑わすくらいなら、今はまだスパイのままでいいので……お願いします」 

「織田さん……」


 なんだか俺には、この気丈さがとても悲しく感じられた。


 遠くにいて気持ちが届かなくても、相手の事を想い自制している。でもそれは、我慢を強いられているってだけだ。


 ……こんな残酷な運命は早く終わらせなければ。


「わかりました、俺も全力でやります。織田さん、彼が日本に戻ってきたら一緒に誤解をときましょう」

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