第39話・筋の通し方
ここは千葉県柏市にある、古めかしい店が立ち並ぶ商店街。その一角にある蕎麦屋の前で、俺と織田さんは一人の男と会っていた。
「……んで、藤堂。お前、いったいなにをやらかしたんだ?」
と、挨拶もそこそこに質問してきた男は、俺の大学ラグビー部時代の仲間、八神慶太。
今の俺たちにとって、心強い味方になってくれるハズだ。
ここに着いたのは、陽が傾きかけたころだった。いきなり押し掛けたにもかかわらず、八神は嫌な顔ひとつしない。そればかりか開口一番に『なにをやらかした?』と笑いながら聞いてくる。
あの頃と変わらない憎まれ口。……相変わらずだけど、今はそれが嬉しい。
「いや、俺はなにもしてないのだが」
「じゃ、なにか? なにもしてないのにお前は拉致されたんか」
「俺じゃないけどな」
わかっていてネタにする八神。でも、俺は俺でつき合ってしまっている。多分、学生の頃の空気感が心地よいのだろう。
「なにもしていないのにテロリストになって」
「いや、なってないって」
「なにもしていないのにこんな美人と羨ましい逃亡生活をしている。と?」
「まあ……そのへんで止めとけよ。あと、羨ましいは余計だ」
織田さんは俺の後ろで小さくなっていた。八神の妙なテンションに押されて、どう対処していいのかわからなかったのだろう。
――そんな戸惑いを見た八神は、ニヤリと口角を上げて標的を彼女に切り替えた。
「こいつ、大学ん時も朴念仁で女っ気ゼロだったんですよ」
「は、はあ、そうですか」
「それが今さら美人と逃亡とか、成長したじゃん」
八神は笑いながら、グリグリと肘で俺を押してきた。
「だからもう止めろって。……あと、ゼロじゃねぇ」
「あ、申し遅れました。コイツの腐れ縁の八神慶太です。気軽に慶ちゃんでヨロシク! ……あ、名前の最後に♡をつけてくれてもいいですよ」
「はぁ……初めまして、織田です」
「あ、八神は妻子持ちです」
「言うなよ!」
「言うだろ!」
ほんと、昔に戻ったみたいだ。
――ガラッ
「おう、藤堂か」
「あ、お久しぶりです!」
通りに面した引き戸が開き、八神の親父さんがヒョコっと顔を出した。手には暖簾。”そば処やがみ“の文字。そろそろ夜の営業時間のようだ。
「また、美味いそばを食べにきました」
八神の家は老舗の蕎麦屋で、親父さんが打つ藪蕎麦は一度食べるとクセになってしまう。
入口に暖簾をかけながら、織田さんを鋭い目つきで……いや、眉尻が下がった微妙に柔らかい目つきで彼女を見ると、ボソッと口を開いた。
「入りな……」
「はい、突然すみません。おじゃまします」
「突然じゃない客なんていねぇよ」
……ごもっともで。
普段から言葉数が少なく、ぶっきらぼうだけど情に厚い、昔気質の親父さんだ。
俺たちが座敷席に座ると、親父さんは弟子の八神慶太にお茶を運ばせながら、イスを引っ張ってきて座った。
「それで、なにをやらかしたんだ?」
俺は順を追って、報道された内容がいかに嘘かを話し始めた。もちろん口にできない事が多く、あらかじめ織田さんと決めておいた一部フェイク込みの内容だ。
話しながら、弟子の打った蕎麦をごちそうになった。明確な味の違いはわからないが、それでもやはり親父さんの方が美味い気がする。
『半人前が打った蕎麦で金はもらえねぇ』
と親父さんは言ってくれたが、さすがにそれは気が引けた。半人前と評価された八神にもなんだか申し訳ない。しかし、無理にお金を渡すのも、親父さんの厚意を無にしてしまう。
「——でしたら、お店を手伝わせてください」
どうしようかと思っていた所へ、織田さんが提案を投げかけた。これなら親父さんの顔も立つし、俺たちも気持ちよく恩返しができる。これは織田さん流の筋の通し方と言ったところか。
「藤堂さんはトリスをお願いします」
織田さんは髪を縛りながら小声で話してきた。
「昼間にほんの数分繋がっただけで、まだなにもアドバイスできていないですよね?」
「ええ。でも、それなら織田さんも一緒の方がよくないですか? 零士君の声も聞きたいでしょう」
「私は……私は、いない事にしてください」
「え……?」
せっかくスパイ容疑が晴れたのに……言問さんの件、報告するべきじゃないのか?
「零士クンは、私の事をスパイだと思っているのですよね?」
「ええ。テロ組織の人がそう言っていたと……」
「戦地にいる彼に……余計な悩みを与えるわけにはいきませんから。下手な事を言って惑わすくらいなら、今はまだスパイのままでいいので……お願いします」
「織田さん……」
なんだか俺には、この気丈さがとても悲しく感じられた。
遠くにいて気持ちが届かなくても、相手の事を想い自制している。でもそれは、我慢を強いられているってだけだ。
……こんな残酷な運命は早く終わらせなければ。
「わかりました、俺も全力でやります。織田さん、彼が日本に戻ってきたら一緒に誤解をときましょう」




