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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第四章:虚言・怨恨・逆恨み(日本)

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第38話・覚えていますか?

 俺たちは、とにかく姿を消そうと走った。駅へ向かい、千葉方面行きの電車に飛び込んだ。持っている物は貴重品とトリスのみ。いや、考えようによっては、トリスこそが一番の貴重品だろう。


 ……ちなみに、本日全力疾走三回目だ。


 妹が拉致された精神的ストレス。寝不足と自室サウナ化、栄養のない“しなしなレタス”。プラス格闘と拳銃。ありとあらゆる要素が混ざって(たた)ってヘロヘロ。電車に乗り込んだ瞬間、シートに倒れ込んでしまった。


「藤堂さん大丈夫?」

「平気ぃ。……です……」


 平日の昼間という事もあり、車内はガラガラ。もし怪しげな人がいれば、すぐにわかるのはありがたい。


「もう、大丈夫そうです」


 とりあえず、追手の心配はなさそうだ。俺のマンションや望月部長の家のように、会社にデータがある場所ならともかく、今、向かっている先まではわからないだろう。


「こんな醜態を晒してしまうなんて……情けない」

「あら、今更ですよ。お気になさらず」


 ……これって、励まされているのか? 


「それにしても、なぜ言問(アレ)が藤堂さんの住所を知っていたのです?」

「俺を訪ねて本社に行ったらしいんですよ。そしたら退社していたから、社員台帳で調べたそうです」

「——っ」


 絶句する織田女史。


「どうしました?」

「……はぁ」


 そして盛大なため息をひとつ。


 ……そこまであからさまだと、さすがにちょっと凹んでしまう。彼女の視線が妙に痛い。


「藤堂さん。ラーメン屋で質問した内容覚えていますか?」

「えっと……なんでしたっけ?」

「スパイの人物像です」

「人事部を通さないで、え~と……社員のデータを勝手に閲覧できるレベルにいる人。でしたよね?」


 人事部を通さずに社員台帳を閲覧できる者。厄介なのは、その権利は重役以上の社員に限定されているという事実。その為、“俺のデータをテロ組織に横流しした犯人”はある程度限定されるが、その肩書きが邪魔をしてなかなか調査する事が難しい。


 更には単独犯という事も考えにくく、組織的な……


「あっ……」

「気がつきました?」

「……はい」 

「富士吉田支社の、いち営業マンの言問(アレ)が、なぜ、本社で社員台帳の閲覧が可能だったのか、と」


 ――それだったのか。


 なにか大事な事を忘れていると思っていたけど、そこに引っかかっていたんだ。


「すみません。俺が最初に気がついていれば……」

「いえ、責めているのではありませんわ」


 ……なにをやってんだよ俺は。電話の時点で答えが出ていたじゃないか。


「ただ、逃げたのは失敗だったかもしれませんね。言問(アレ)に“データを閲覧させたのが誰なのか”を吐かせるべきでした」

「そうですね、なんかもう色々とすみません。あなたを助ける事ばかり考えてしまっていて……」

「いえ、それに関してはお礼をいわなければなりませんわ。それに……」


 といって、胸ポケットを指差す。そこには、(くだん)のUSBメモリが入っている。


「これに手掛かりが入っているかもしれませんから」

「なんのデータが入っているんですか?」

「三年前に角橋重工の視察団数十名が、エキスポ会場に行った時のものです」


 エキスポ参加国募集のために開催された、レセプションパーティー。そこには世界各国から企業関係者が集まったそうだ。


「あ、たしかその時、HuVer(フーバー)や、AIドローンの技術共有とかも行われたはずですよね?」

「ええ、調べる価値はあると思いません?」


 今回の拉致事件が、突発的な物ではない事はすでにわかっている。明らかに計画されたものだ。


 その事と、三年前のレセプションが直接関係あるかわからない。でも、どんな企業や人と関わりがあったのか、そこからテロ組織と繋がる事があるのか。織田さんの言う通り、調べる価値は十分にあると思う。


 しかし……


「ですが、織田さん。これって相当ヤバイですよ?」


 訴えられたら完全に負ける。たとえ会社がテロ組織と関りを持っていたとしても、法律上はこちらに非があるのだから。


「――望むところですわ! あんな連中を派遣するような会社、負けるわけにはいきません」


 世界的大企業が相手だ。正直、勢いや気持ちだけで勝てるような相手ではない。だけど、そこまで意思が固く、自ら危ない橋を渡るというのなら……少なくとも俺は、彼女が橋から落ちないように支えるまでだ。


「生活はどうする気ですか?」

「そうですね……」


 彼女は、心底楽しそうな笑顔で、冗談とも本気とも取れない事を言う。


「二人して、清里のペンションで雇ってもらいましょうか」

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