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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第四章:虚言・怨恨・逆恨み(日本)

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第37話・黒服

「藤堂さん、なぜ戻ってきたのです?」

「あなたの事は俺が守るって言ったじゃないですか」

「……それだけ?」

「他に理由がいりますか? それだけです。……多分」


 織田さんは一瞬目を伏せ、ふっと息を吐いた。


 「……ありがとうございます」


 俺は織田さんを立ち上がらせると、すぐにでも逃げる旨を伝える。たった今、閉じ込められるという異常事態を体験した彼女には、多くを語らずともその真意は伝わったようだ。


言問(アレ)は?」

「対策済みです」


 と、彼女の不安にサムズアップで答えた。


 ファミレスの言問さんはしばらく動けないだろう。彼がトイレに行っている隙に、『買い物に行ってくるので、連れに待っているように伝えてください』とウェイトレスさんに伝言を頼んでおいた。


 そしてメニューを片っ端から注文。ファミレスの人には申し訳ないけど、これで言問さんは会計を全部済ませないと出てこられない。運がよければ支払いでトラブルになり、警察沙汰になる。


 もっとも、トリス一式が俺と一緒に消えているのだから、彼は彼で手を打つだろう。


「急ぎましょう」


 この先、逃亡生活になるのは明白。財布にスマホ、通帳の類と、当面必要になりそうなものをバッグやポケットに詰め込んだ。


 しかし、部屋から出ようとした時、半開きの玄関から話し声が近づいてきた。

 

「あのバカはなにやってんだよ。アホすぎだろ」

「バカかアホかどっちなんスか~」


 声の主は二人。明らかにこの部屋に向かってきている。俺たちは再び洗面所に入り、聞き耳を立てた。


「じいさん怒らせちまって、言問(こととい)も終わりっスね」

「チッ、お前も終わりたくなきゃぁ仕事しろや」

「へいへい……」


 聞こえてくるのは二人分の声だった。相手の体格次第にはなるけど、これなら織田さんを逃がす事くらいはできそうだ。


「あ? なんだこれは」

「うわ~、ぐっちゃぐちゃ。もう誰もいないんじゃないんスか?」


 廊下に横たわるキャビネット。その上に乗っていた時計や本は散乱。おまけに、俺が土足のまま上がり込んで泥を撒き散らした直後だ。この部屋を見たら、小学生でも異常事態だと察するだろう。


「うるせえ、いなくても調べたふりをしとけ。あ~それから、逃げられた責任は全部あのアホになすりつけとけ」

「了解っス!」


 足元に散らばっている物を蹴飛ばす音が聞こえる。俺は足音と声を頼りに彼等の位置を探ろうと耳を澄ました。


 洗面所の前を一人目が通りすぎ、そして二人目の足音が近づいてきたその時――俺は、床を“コツッ”と爪先で叩いた。


 小さな音だが目の前にいる男には聞こえたはず。足音が止まり、洗面所のドアノブが回り始めた。


 俺は低く構えた体勢から、ドアがあいた瞬間を狙って――タックルを仕掛けた。もちろん手加減などしている余裕はない。腹部を狙って肩を入れて押し込むと、勢いそのまま、向いにある寝室のドアをぶち破って倒れ込んだ。


 男は、俺と扉に挟まれた時に『ぶほっ……』と声を漏らし、そのまま気を失った。


「おい、なにやってんだ!」

 

 ドアをぶち破った時の破壊音が響き、先に入ったの男の怒鳴り声が続く。俺はすぐさま立ち上がり、同じように腰を落として構えた。


 足音が近づき、壊れたドアの影から男が姿を見せる。そして再びタックルを仕掛けようと足に力をいれた。しかし……男の全身が見えた瞬間、俺はすくんでしまって一歩も動く事ができなくなった。


 ――男の手にあったのは、鈍く光る拳銃。


 初めて見る凶器。様々な映像や伝聞で、その恐怖は脳裏にハッキリと擦り込まれている。俺は、ついさっき言われた言葉を思い出していた。


『映画とかでよくあるでしょ。秘密を知った者を消す黒服とか』


 黒服は倒れている相方と俺とを交互に見ると、『チッ』と舌打ちをし、銃口を俺に向けてきた。黒く小さい穴から漂ってくるとてつもなく大きな恐怖が、俺の感情のほとんどを持って行ってしまった。足が震え、力が入らない。


「おい、女はどこだ。さっさと居場所を吐け」

「だ、誰の事ですか? 彼女とかいませんって。帰宅したら部屋が荒らされていて、もう散々です」

「知るかよ。会長がお呼びだ。女の居場所を吐かねぇならテメェは用済みだぜ」

「と、とりあえず、(それ)を下ろしてもらえませんか?」


 必死で誤魔化そうとしたけど、元々話術は苦手だし銃は怖いしで、なにひとつ気の利いた言葉が出てこない。


「時間の無駄だな」


  銃口が俺の額に向けられる。汗が一気に噴き出し、膝がガクガク震えた。息が詰まる。そして次の瞬間……


 ――バキッ!


 室内に響く破壊音、続けて“ドサッ”と倒れる黒服。……そしてそこには、スツールをもっている織田さんが立っていた。


「織田さん……」


 彼女は腰に手を当てると、俺にむけて“ビシッ!”とピースサインを決めた。しかし、相当無理しているのが伝わってくる。彼女の脚が震えていたからだ。


「さ、今のうちに二人とも縛り上げますわよ」


 黒服たちを後ろ手で縛り上げて風呂桶の中に放り込んだ。更には、簡単に動けないように二人の足を繋げて縛り、蓋をした。これなら風呂桶から出る事すら難しいだろう。


 ……ちなみに、これは織田さんの提案だ。


 あとは安全な所に逃げてから警察に電話をする。荒れた部屋と拳銃。どんな言いわけをしても、しばらくは留置所暮しになるだろう。


「こいつら、会長って言ってたけど……織田さん、なにか思い当たります?」

「思い当たる事、ですか」


 彼女は口に手を当てて目を瞑り、考え始めた。その時間およそ十数秒。


「あ~……」


 彼女は胸のポケットから小型のUSBメモリを取り出し、ストラップ部分を持ってプラプラと見せてきた。


「これ……かな?」

「それは?」

「業務データをコピーしてきました」

「は!?」 


 ……それ、横領になった気がするのですが?



※ 社内情報をコピー等で複製し媒体を持ち出した場合、状況により「窃盗罪」もしくは「業務上横領罪」に問われます。


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