第31話・義務感
「織田さん、朝ですよ」
「……ん。……」
俺の横で寝ぼけた声を出しながら、再度寝息を立てる織田女史。意外にも朝は弱いらしい。超女と言えど、弱点はあるものだ。
昨晩のニュースの後、俺はすぐにアタッシュケースを開いてトリスを起動させた。『機能説明』と名のついたファルダがあり、開いてみるとPDFファイルが三つ並んでいた。
一つは操作説明。しかしこの通信機は直感的にわかるユーザーインターフェースに加え、補足説明までがポップアップテキストで表示される。操作説明なんていじったあとに読めばいい。
二つ目はstealth-seed system理論。読む気にならない。そもそもこんな資料は開発データの方に入れておけばいいだろう。
そのうち暇したら覗くくらいか……ま、多分読まないな。
そして三つ目には補助機能概要。そこに書かれていたのは、バッテリーセーブモードの設定やインターフェースの位置調整等、使用者に合わせてカスタマイズするための説明だった。
その中でも特に使えそうだったのが、スマートフォンとのリンク機能。これはトリスが通信を開始した時、メッセージやスマホでの通信が可能になるものだ。
それだけ聞くと、どこにでもあるような特に珍しい機能じゃないと思ったけど、実はこの通信自体にもstealth-seed systemが採用されていた。
弱点は、トリスと繋がると他の通信電波は一切遮断されてしまう事。それでもこの機能があれば、二十四時間家の中にいなければならないという事態は回避できる。
俺があまりにもトリスの操作説明に没頭してしまったせいで、織田女史は暇を持て余したのだろう。テレビを見ながらいつの間にかウトウトし始め、俺の足を枕にしてソファで寝てしまった。
「もうちょっと警戒心持ってくれよ……」
これって、俺が男として見られていないって事にもなるわけで。……ちょっと悲しくなってきた。ブルッと身体を震わせる織田女史。俺は上着を脱いで、そっと彼女の肩にかけた。
気持ちを切り替えてトリスの慣熟に専念。NATO軍の攻撃が始まれば、今以上に零士・ベルンハルトが危険にさらされてしまう。そうなる前になんとかしなければ。
……しかし、そこまで思った時に俺の中でひとつの疑問が産まれた。
「俺は、なんのためにこんな事を……」
もちろん、自分の疑惑を晴らすため。普通の生活に戻るため。それは変わらない。でも、それだけなら時間が解決してくれる。
ならば、身代わりになった零士・ベルンハルトのため? 彼が生還すれば、真実が明らかになり、俺のテロリスト疑惑も大人しくなる。それとも、望月部長に頼まれたから?
……多分そのどちらも違う。
身代わりにさせてしまったのは申し訳ないけど、それはたまたま零士・ベルンハルトだったというだけで、別の誰かだったら望月部長も織田女史もここまで動いていなかっただろう。
それなら織田女史のため?
……いや、これはもっと無い。と、思う。
結局、義務感の正体がわからないまま、気がつけばテレビから『おはようございます』と聞こえてくる時間になっていた。
「織田さん、朝ですよ」
「……ん。……あ、おはようございます」
普通、どんな美人でも寝起きの顔なんて見られたものじゃない。だが、織田女史の寝起き顔は全く崩れておらず、“寝起きドッキリを仕掛けられたアイドルの如く”完璧な寝起き顔だった。
「起きました? そろそろ準備しないと始発に遅れます」
「……はい」
ぱさりと床に落ちる上着。彼女はぼーっとしたまま動かない。やはり朝は弱いようだ。生あくびをしながら、そのついでといった感じで聞いてきた。
「……藤堂さん、私が寝ている間になにかしました?」
「しません。人聞き悪いですよ」
脳が覚めきらず、まだ眠そうな目でじーっと俺を見てくる女史。なにひとつ引け目はないのに、目を逸らしてしまった。
彼女は俺の上着を拾うと、寝ている時についたシワを手で伸ばしながら、すでに定番化しつつあるひと言を口にした。
「意外と紳士ですね」
「ですから、『意外と』は余計です」
イタズラっぽく、ニコッと笑う女史。
「さすがにこの状況ですから、一回くらいは『仕方がない』で済ますつもりでしたが……」
……またそういう事を言いだす。
「歩きながら結構悩んだのですよ。犬に噛まれた事にしようとか熊に襲われるよりはましだとか」
「……酷い言われようですね」
スマホを見ながら無言になっていたのはそういう事だったのか。鉄面姫とあだ名される彼女が、自身と現状を量りにかけて悩んでいた、と。
しかしここまで言われながらも、普段と違う妙に人間臭い彼女に対して、嫌な気がまったくしなかった。
……まあ、俺が襲う前提になっていたのは大概にしてほしいけど。




