第27話・戦う理由
戦闘が終わった後も、クイーンは容赦なく虐殺し続けた。戦えなくなった者も逃げ出す者も関係なく、だ。
……なにが彼女を突き動かしているのだろうか?
だが原因がなにかは別として、あんな戦い方は止めさせるべきだろう。そもそも日本なら高校生だ。そんな年端も行かない少女が戦場に出てくるなんて間違っている。
「どんな理由があったとしても、あんな事はしちゃ駄目だと思う」
「——ああ? 理由がどうしたって?」
その瞬間、ブチ切れたのはリーダーだった。ジャックの制止も聞かず、オレの胸倉をつかみ、捻り上げた。
「知った風な口をきくんじゃねぇぞ。ぬるい生き方しかしていないお前になにがわかんだよ」
「は? ぬるくて悪いのかよ。人を殺して飯食ってるヤツらよりはずっといい」
リーダーの拳が飛んできた。ガツンッと頬に重い一撃が叩き込まれ、視界が一瞬、青白く染まる。
「もっぺん言ってみろ!」
鼻の奥がツンとして、目の前の男の理不尽さにプツリと切れた。
「何度でも言ってやるよ! 殺した金で食う飯は美味いか?」
オレは首元を締め上げている腕に噛みつき、リーダーのみぞおちに全力のひざ蹴りを叩き込んだ。ケンカなんてした事はないけど、殴られっぱなしは気分が悪い。
「痛っ! てめ、噛むのは反則だろが!」
「は? ぬるい事言ってんなよ、センスねぇな!」
リーダーが苦悶の表情を浮かべながらも、即座に反撃。オレの顔面に拳が直撃し、唇が切れた。
「世間知らずのガキがふざけてんじゃねぇ。人の恨みがそんな簡単に晴れるかってんだ」
「理由があれば人殺しが正当化されると思ってんのかよ!」
設計技師と傭兵のリーダー。毎日座りっぱなしの男と、鍛えている男。はなから勝負になるはずもなく、オレは殴り倒され、床に叩きつけられた。
「お互いに恨みをぶつけ合っていたら、永遠に終わらないだろ」
「アホかクソガキ。んなもん、敵を根絶やしにすりゃいいんだろが」
リーダーはオレを見下ろしながら、親指を立てて、首をかき切るジェスチャーをした。舌を出して殺される人の真似をしているのだろう、完全に馬鹿にしている。
「それにな、俺たちは傭兵だ。戦争がなきゃ食っていけねぇ。わかったか、タコ」
「その存在自体が歪んでるって言ってんだろ!」
甘く見られている。それはリーダーの態度からもわかる。だけど、そこにスキがあった。
――息を吸い、止めて、一気に蹴り上げる。
ゴリッ……
「は、あぅ……が……ぅ……」
リーダーの顔が一瞬で青ざめ、声にならない呻きが漏れた。ただ苦しそうに体を丸める。蹴り上げた足のつま先が、股間にめり込んだからだ。
転がり、悶絶する。そして十数秒後……
そこから本格的な殴り合いになった。オレはリーダーの足を払って蹴りを入れ、リーダーが即座に蹴り返してくる。拳を振り回し、互いに殴り合い、殴り返し。息もつかせぬ乱打戦が続いた。
「はっ……はぁ、てめ、クソガキ……」
「そんなんで、げほっ……よく傭兵なんてやっていられるな……おっさん」
「はあ? 大して変わらんだろ……くそが……」
床の上に倒れ込んだオレを、リーダーが見下ろす。息が上がり、辛うじて立っている状態だったが、それでも膝をつかないのは彼の意地だろうか。
「——さて、そろそろマジで怒りますよ」
タイミングを見計らったジャックが、静かに口を開く。
「でもね、No.10」
「……藤堂だ」
「じゃ、藤堂。君の主張ってさ、恨みや悲しみ、悔しさを我慢しろって言っているのと同じだよね?」
「でも、そうしないと連鎖はいつまでも続いてしまう。どこかで切らないと……」
「じゃあさ、それはクイーンに恨み晴らさせてから、相手に我慢するように言ってきてよ。どちらかが我慢すれば終わるってのはわかる。でもね、少なくとも僕は、僕たちは、仲間に我慢を強いるような真似はしないよ」
「でも、それじゃ……」
「――そう、なにも変わらないよ」
だけど、なぜかオレにはジャックの言い分が心地よく聞こえてしまった。見ず知らずの敵よりも、家族や仲間を大事にするのは当たり前だ。
オレだって穂乃花を護るために戦場に出て、挙句の果てに傭兵部隊に入ったのだから。
……結局、どちらが正しいかではなく、どちらも正しいのだろう。立ち位置が違うというだけの話でしかない。
「だけど、クイーンはまだ子供じゃないか」
「彼女は元々この辺りの出身なんだけどね。この国の戒律は女性に戦闘行為を禁止しているんだよ」
「それが?」
「つまりね……」
「——ったく、察しの悪いヤツだな」
またもや話に割って入るリーダー。常に見下した話し方をしてくるところを見ると、オレは相当嫌われているらしい。
「戒律を破って女を戦わせたら、たとえハリファといえども吊るし上げられる。それくらい重いんだよ、この国の信仰ってのは。だからアイツは国の外に出て、傭兵として戦ってんだ。ちったぁてめぇの頭で考えろや!」
「つまり、雇われ傭兵扱いなら“国民が生まれながらに享受している信仰に従う必要がない”って事?」
「なんだ、わかってんじゃねぇか」
……まるで子供だましだ。意味のない信仰。
「そんな程度の理由づけで戒律を回避できるなら、信仰なんて必要ないだろ。そうまでして戦う理由がどこにあるんだよ」
「はっ、お前の頭の中は温いとかのレベルじゃねぇな。いいか、ここバジャル・サイーアの国民は、みんな奴隷以下の扱いだ。人間扱いされるのは上級国民様だけだぜ」
彼らが反政府組織を名乗っているのは、奴隷扱いへの抵抗が根底にあるからか。圧政からの解放を目指す。道を間違えなければ国際世論を味方につけられたはずなのに……
「でも、奴隷なんて国際的に認められるはずがない」
「は? そもそも他国に対して、強制力のある内政干渉ができる国なんてどこにあんだよ」
「それでも、国連人権理事会とかから働きかけてもらう事とかできるはずだ。時間はかかるかもしれないけど、少しずつでも改善していけば……」
「——はあ? 少しずつだと?」
言葉を被せ、睨みつけてくるリーダー。
「その間にも人が殺されてんだろが!」
「——っ」
……だから武装蜂起するしかなかった、と。
広い視野で見れば、根本から解決していくのが多くの人を救う事になるのは確かだ。だけどその多くに含まれない人、今、目の前に危機が迫っている人からしてみれば、時間をかけて解決するなんて言っていられない。
「戦う力があるヤツはまだまし。それがなきゃ蹂躙されて死ぬだけだ。ちったぁ、てめぇの頭で考えやがれ!」
テロ行為は許せない。その考えは間違っていないと思う。だけど、自分の命を守るために狭い選択をしたとしても、それを咎める事は、誰にもできない。
今まで、こんな世界があるなんて考えた事もなかった。こんなんじゃ、甘いとか温いとかいわれても仕方ないのかもしれない。
「それに、クイーンが戦う理由つったよな?」
「リーダーそれはダメだって……」
慌てて制止に入るジャック。静観を決め込んでいたが、よほど口にするのはまずいのだろう。それでもヒートアップしているリーダーは止まらなかった。
「酔ったクソ兵士どもが家に押し込んできてよ。両親の目の前で姉ちゃん共々犯されたんだ」
「――っ!」
リーダーは怒鳴りながら、足元にあったゴミ箱を蹴飛ばした。勢いがついたそれは壁にぶつかり、中身を一面にぶちまける。
ゴロゴロと中身のない音だけが、虚しく部屋に響いた。
「そんときゃまだよ、あいつは十歳になったばかりだぜ? 挙句の果てに家族は全員殺されちまって……それでも許せっていうのか、てめぇは!




