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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第三章:汚れる覚悟(中東)

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第26話・静かな攻防

「は? ふざけんな、誰が傭兵なんかに……」

「てめぇ、あれだけの事やっといて断れると思ってんのか」


 リーダーは言葉を遮って、オレを蹴り飛ばしてきた。底が厚くゴツゴツしている靴で、踏みつけるようにだ。


「蹴る必要ねぇだろ!」

「はあ? うるせぇよ」


 コッ――コッ――コッ――……


 ハリファは、ひじ掛けを指先で小突いていた。その音は小さかったが、オレとリーダーの間に割って入るだけの凄みがあった。


 ため息をつきながら天井をチラリと見ると、机の上にある木製の箱を手に取った。中から高級そうな葉巻を一本取り出しマジマジと見る。


 そして、シガーカッターで吸い口を作り、気怠そうに肘をついた姿勢のままリーダーに差し出した。


「はっ、気前いいじゃねぇか」


 リーダーは葉巻をくわえると、『ん゙……』と、火を要求する。ハリファは机の上にあるガラスの卓上ライターを蹴飛ばし、自分でつけろと目配せをした。 


 しかしリーダーはハリファから視線を外さずに、なおも『ん゙~~』と唸る。意地でも火をつけさせるつもりなのだろう。


 それはハリファも同様だった。意地でも自分でやれという態度を崩さない。


 結局睨み合いの末、最後はハリファが腰から銃を抜いた。リーダーは両手を上げて降参のポーズを見せると、勝ち誇った笑みを浮かべながら葉巻をポケットにしまった。


 ……この二人の妙な意地の張り合い、いったい、なんなのだろう?


「ひとつ条件がある」


 オレは、二人のやり取りが終わるのを待って口を開いた。


「ああ? てめぇはそんな事をいえる立場か」


 当然ブチ切れるリーダー。彼の言う通り、オレは条件を出せる立場にはない。しかしここは引くわけにはいかない。


 この組織での傭兵はそこそこ立場が強く、士官クラスが使う部屋をあてがわれていた。そして傭兵になればオレもその部屋に移る事になる。


 そしたら穂乃花(ほのか)はどうなる? 一人牢屋に残すのか? 答えは否、そんな事はできない。


()()部屋を移れるように手配してくれ。もちろん傭兵としてではなく、特例としてだ」


 換気すらできない牢屋では、やがて身体を壊すのは目に見えている。なにより、自由に出入りできる部屋なら脱出する時に動きやすい。


 これらの条件を考えた時、オレが傭兵部隊に入ったとしても、今後有利に動けると判断したからだ。


「闘いもしねぇヤツはいらねぇよ」

「それができなければ牢屋に戻る。あんたら傭兵に協力はしない。オレも、HuVerもだ。妹の処遇はオレに対しての“それ”と思え」


 ハリファやリーダーが欲しているのは、HuVer-WK(ホーバーク)の防御力の高さだ。昨日の戦術に当てはめれば、サイドアタックを仕掛ける時HuVer-WK(ホーバーク)を先頭にして突っ込ませれば、初手から戦局は有利に働く。


 しかし、リーダーにはリーダーなりの意地がある。オレに対して譲歩するなんて、恥だと受け取るかもしれない。


 そこへ助け舟を出したのは、意外にもハリファだった。彼には、組織としてHuVer-WK(ホーバーク)を運用したいという下心があるのは間違いがない。


「かまわん。この建物はドゥラのものだ、誰がどの部屋に住むかは俺が決める」


 この一言を聞いたリーダーは、オレに向かって『ついてこい』とアゴでジェスチャーをすると、さっさと一人で部屋を出て行ってしまった。





 士官クラスの部屋とはいっても、日本に照らし合わせると『築四十年、バブル期に建てられた鉄筋家屋』といった感じの古い内装だった。壁はタバコのヤニで黄色く塗られ、むせるような、(いぶ)された草の臭いが染みついていた。

 

 それでも牢屋よりは格段に住みやすいし、中庭に面したここなら、逃げる時の導線を確保しやすいだろう。


「あ、きたきた。待ってたよ、No.10」


 顔を見るなり声をかけてきたのはジャック。オレと同じ二十代後半で、爽やかな印象の、いわばイケメンだ。その彼の腕には包帯が巻かれ、見るからに痛々しい。


 ――そしてこれが、オレが傭兵部隊に入れられてしまった原因だった。


「あの、大丈夫ですか?」

「ああ? 大丈夫なわけないだろ、アホかてめぇは」


 ジャックに聞いているのに、いきなり怒り出すリーダー。


「リーダー、口挟まないでって言ったでしょ」

「でもよう……」


 彼等を見ていると、上下関係はかなり曖昧な感じがする。もし、『リーダーはジャンケンで決めた』と言われても、素直に信じてしまうだろう。


「気にしないでいいよ。事故なんだから」


 事故というのは昨日の一件。HuVer-WK(ホーバーク)から跳弾したクイーンの弾丸がジャックの機体に当たり、かなり深いところまで食い込んでしまった。


 彼の機体は機動性重視の為に、正面以外の装甲を最小限にしていた事が仇となってしまったらしい。


「ただ、まあ……戦闘は無理だから、君に代わりを頼めないかと思ってね」


 口では『頼む』と言っているが……断る選択肢がないのだから、それは強制と同義だった。


「やるだけはやってみますが……」


 正直自信はない。戦闘どころか操縦も素人なのだから。ただオレには、それ以外に……いや、それ以上に気にかかる事があった。


 そんな戸惑いの気持ちが表情に出ていたのだろうか、ジャックはオレの顔を見て察したらしい。


「もしかして、クイーンの事?」

「あ、ええ。そうです。彼女は、なんであんな戦い方をするのだろう? って」


 聞こえてきた『死ね』という悲痛な声。オレには、まるで自分自身を傷つけながら戦っているようにも感じた。


「彼女はさ……あ〜、いや、僕がいう事じゃないかな」


 当たり前の話だ。いくら仲間でも、素性や過去の話を勝手にするのはタブーと言える。でも、それとは別に、ジャックの表情に戸惑いのようなものが見えた気がした。


 そしてこのあと、この一件が原因となってリーダーと殴り合いになるなんて……この時はまだ、想像もしていなかった。

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