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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第一章:身をもって知るは世界の現実(日本~中東)

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第2話・鉄面姫

 ――そして翌日。


「零士クン、遅い!」


 空港で本社の人からチケットを受け取るように言われ、オレは時間ぴったりに到着した。はずなのだが……開口一番に飛んできたのがこのひと言だった。


 よくよく考えてみれば、本社社員でオレが顔を知っている人ってそんなに多くはない。だから、彼女がここにいる可能性は十分に予測できたはず。


 だけど、疲れのせいで頭がふわふわしていて、声をかけられるまで全く気が回っていなかった。まさか、そこにいたのが鉄面姫(てつめんぴ)女史だったとは。


「いや、丁度ですし」

「社会人は五分前行動が原則です」

「遅刻してないんだからいいじゃないっすか」


 『面倒っすね』とつけ加えそうになって、すぐに言葉を飲み込んだ。ただでさえ厄介な人なんだから、余計な燃料は投下しないに限る。


 彼女はため息をひとつつくと、ショルダーバッグからクリアファイルを取りだす。中にはいろいろと……本当に必要なのかわからない書類が、ぎっしりと挟まれていた。


「はい、これチケット。ドバイ(向こう)で泊るホテルの住所や会場の連絡先、行動予定表も入っているから。パスポートと一緒にしておきなさいね」

「……はあ」

「ちょっとなによ、その覇気のない返事は」

「いや、なんでオレなのかな~と。HuVer(フーバー)動かせる人なんて、他にいくらでもいるのに」


 これは本音だった。東京本社だけでも五千人からの社員がいるのだから、始発に乗ってここまで来る必要が本当にあったのだろうか?


「ああ、それはね……」

「それは?」

「私が推薦したのよ」

「……あんたかよ」 


 昨晩、三日ぶりのシャワーを浴びようとしたところに、先輩からメッセージが入った。『本社スタッフと空港で待ち合わせして、チケットや注意事項諸々を確認してくれ』と。


「ちょっと、聞いています? 零士・ベルンハルト」

「ああ、はい。大丈夫です」


 その本社スタッフがこの人、織田 真理(おだ まり)女史。別名、本社人事部の鉄面姫と言われている。もちろん本人の前では禁句だ。


 聞くところによると、婚約者がいるのに浮気して別れて以来、男にちょっかいをだしては“社会的に”破滅させるらしい。逆に女性社員に対しては素っ気なく無表情で、誰からともなく“鉄面姫”と呼ばれるようになったそうだ。


「もう、ネクタイが曲がってるじゃない。しょうがないわね」


 と、彼女はオレのネクタイの位置を直し始めた。


 先輩は『気に入られたヤツは優しく接してくれるって話だぞ』といっていたけど、それが本当なら、オレは気に入られているのかもしれない。……かんべんしてくれ。


「髪の毛もボサボサで、もう、ほらちょっと、動かないで……」


 もちろん悪い人じゃないし、一般的に見ればかなりの美人だ。実際、今もチラチラと見てくる男が多い。無駄に注目を集めて、それでいてオレの世話を焼くとか周りの視線が痛い事この上ない。


 アーモンド形のクリクリとした目にプルンとした唇。黒髪のロングヘアはつやつやと輝き、シンプルな白いブラウスと七分丈のスキニージーンズをラフに合わせている。


 そして素足にカカトが高めのパンプス。身長はオレと同じくらいなのに、そのせいで170センチ以上あるだろう。


 ……おかげで小柄なオレは、必然的に見上げなければならなかった。


「ほら、背筋伸ばして。シャキっとしなさい、シャキっと!」

「はあ……」


 ただこの、なんというか……ものすごく子供扱いしてくるのが鼻につく。これがもう心底苦手で、関わりたくない人物の一人だ。


「ネクタイのタイってのはね、気持ちを引き締めるという意味と“人と人を繋ぐ”って意味があるのよ」

「そうっすか~」

「だから曲がっていてはダメなんです。貴方を引き立てる名脇役なのですから」

「100均のネクタイにそこまで求めては可哀想です」

「なにかいいました?」

「あ、いえ、なんでもないっす」


 ……だめだ、どうもノリが合わない。


「あの、急な渡航準備で昨日ほとんど眠れてないんすよ。搭乗前に軽く寝ておきたいんで……」

「あ、ごめんなさい。そうよね……」


 女史は、ゴソゴソとバッグの中に手を入れ、白い小さな袋を取り出した。


「えっと、その……これを渡しておくわ」


 そこには『御守り』と書かれている。普通こういう物は、同僚が、それも支社の社員が渡航する程度で渡す物じゃないと思う。


 さすがに断ろうと思ったけど眠気が先に立ち、黙って受け取ってしまった。頭の中は『早く寝たい』って事ばかりで、いろいろと面倒に感じてどうでもよくなっていたせいだ。


「頑張ってね」

「はあ、適当にやっておきます」

「そんな事を言わないの。戻ってきたら出世コースよ!」


 ……勝手に乗せないでくれ。オレはこのままずっと、気楽に設計だけしていたいのだから。


「遠慮します」


 ため息交じりに返事をして、さっさと搭乗者用のラウンジに向かった。実はその時、以前先輩に言われた言葉が、頭の中をよぎっていた。


『鉄面姫女史には気をつけろよ。間違って結婚なんかしたら、腰の振り方にまで文句いわれるぞ』


 ……くわばらくわばら、と。


※ 英語圏においてnecktie と言う表記は現在ほぼ使われておらず、tieを使うのが一般的です。意味は『縛る・繋ぐ・引き分ける』等。


※ 書き始めてから半年ほど経って、とある方から助言を頂きました。本作で使っている敬称の『女史』が今現在マスコミ間で差別用語となっているらしいです。ですが本作では“本来の意味”での敬称として使用しており、また、物語の展開上必要な呼び名となっていますので今現在はそのままの表記にしています。


 先日ちょっとしたキッカケがあって2012年のドラマ、リーガル・ハイ(堺雅人主演)を視聴してみました。そこでは作中で『女史』という敬称を普通に使っています。ちなみに共同通信社が『女史』を差別用語だと指定したのが1997年。2012年のドラマで普通に使われている所から、特別気にする必要がない語句だと判断しました。ところで、リーガル・ハイ面白い(2024/8/16)

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