第1話・矜持
――事件の始まりは三日前、過密スケジュールの案件が終わってすぐの事。
居酒屋で飲んでいる時に会社から着信があった。押しつけられたプロジェクトがやっと終わり、定時退社して気を緩めた直後だった。
時間外の電話なんて、いつもならガン無視を決め込むところだ。しかし、店内に響きわたるアニソンのイントロに焦り……とっさに通話ボタンを押してしまった。
「あっ……」
溜息をひとつ。スマホを耳に当てると、聞きたくもない先輩の声が聞こえてくる。ほんの三十分前に『お疲れ様でした』と声をかけたばかりなのに……
〔おい、今の『あっ』ってなんだよ〕
「いえいえ、残念な事に拒否と間違えて応答を押してしまっただけです」
〔ったく、お前だけだぞ、会社からの電話を秒で拒否するのは〕
「だってろくな事ないじゃないっすか。それをわかっててかけてくる先輩も大概っすよ」
会社命令の電話なのはわかる。だけど、小鰭の粟づけを肴に呑む“至福の時間”を邪魔されて、オレはぶつけ所のないモヤモヤを先輩に向ける事にした。
〔零士、お前さ、どこか具合悪くないか?〕
「……なんすかそれ」
〔腹が痛いとか水虫が痒いとかない?〕
「マジわけわかんね~っす。取り合えず、今から会社に戻って先輩のキーボードの上にマヨネーズぶち撒ける位の体力はありますよ」
〔そうか、ならばよかった〕
……いいのかよ。
〔角橋重工本社から、お前に、零士・ベルンハルトへ名指しの指示だ〕
「本社から名指し? オレに???」
やっぱりろくな事ないじゃないか。と、うな垂れながら小鰭に乗っている刻み柚子を箸の先でつついた。押しつけられたプロジェクトの尻拭いが今日やっと終わったばかりで、明日の代休は布団から出ない覚悟だったのに。
「あの~、不備とクレームだらけでマジここ一か月間休み無しだったんすけど?」
〔ああ、労基には友人がいるから安心してくれ〕
「それ、イマジナリー労基っすよね。それで、なにをやらせる気ですか?」
〔明日お前、ドバイ行きな〕
「……は?」
まさしく『は?』しか言葉が出なかった。『サッカーやろうぜ、ボールはお前な!』的なノリで言う話じゃない。
〔喜べ。たった今、会社の代表としてお前の世界デビューが決まった〕
「あ~、あの、髪の毛ボサボサなんすよぉ」
散髪にすら行けなくて、今は伸びきった髪を束ねて我慢している。165センチの小柄な身長、見る角度によっては女性そのものらしい。
「イケメンが世界デビューするには時期尚早かと」
〔そのイケメンのお前が設計したHuVerあるだろ?〕
……軽く流しやがって。
「一年前のヤツっすね。被災地支援特化性能のやつ……ってあれ、ドバイってまさか」
〔そう、そのまさかだよ〕
ドバイでは、来週末から工業機械の展示会[Industrial Expo in DUBAI]が開催される。
そこへ角橋重工が出展するのは、被災地支援特化型として発表したロボット。
人型汎用重機(Humanoid Versatlity Heavy Machinery )
――通称:HuVerだ。
オレが設計したのは一般に流通している機体よりも小型で、肩までの高さは6.5メートルほどだ。売りの一つであるマニュピレーターシステムは、生卵を割らずにつかめるほどの精密性を誇っている。
これは地震をはじめとする自然災害での救助活動を想定した設計。より狭い場所に入り込み、瓦礫の下に閉じ込められた人を速やかに助ける事に特化した性能。
一年を通して自然災害が猛威を振るう、日本ならではの視点から設計した、次世代の機体だ。
「だってあれは、営業とHVオペレーターが行くって話でしょ?」
〔そのオペレーターが急病でぶっ倒れたらしくてな。代役が必要なんだが、スペックを把握しているヤツですぐに渡航できるのってお前くらいしないないんだよ〕
「うわ、なにその酷い扱い」
〔とりあえずHuVerは会社の船で送ってあるんだけどさ。動かせるオマエが行かないと搬入できないんだわ〕
「……はあ、仕方ないっすね」
角橋重工は、HuVerの世界シェア30%を握る超一流の大企業。その割に末端社員はブラック労働真っ只中だ。
世の中、なにか間違っていると思うのはオレだけだろうか?
〔お、さすがの零士君。頼むよ、未来のエース! 営業やメンテナンススタッフは二日後に行くから。搬入終わったらそれまで遊び放題だぞ。わー、やったね、うらやましいなー!〕
「……壊滅的なほど感情こもってないっすね」
渋々引き受けたのは確かだった。しかし、自分が設計したマシンの評価を直に聴く機会なんて滅多にないから、そういった意味では学びもあるだろう。
それにあのHuVerは外観にもこだわっている。アニメ畑のメカデザイナーに、鎧をモチーフにした外装デザインを描き起こしてもらった。その辺りの感想も楽しみだ。
イメージは“民を守る騎士”、鎧を着た白い騎士。名付けてHuVer-WK。
――そう、オレの設計したHuVer-WKは、人の命を守るマシンなんだ。
※ HVオペレーター:HuVerの操縦者の事。
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