第22話・依頼!?
地平線に光が見えてから、わずか数秒。大地は燃え上がり、黒く焦げ臭い煙を吐き出していた。
――オレもあの炎の中にいたかもしれない。
むせるほどの暑さの中、首筋から背中に冷たい汗がツーッと流れた。呼吸と鼓動だけが、頭蓋の中で爆音のように反響する。
戦場なのに——周囲の爆音も銃声も、まるで水の底のように遠い。
「ふう……ぅ……」
〔チッ、なにやってんだよ藤堂〕
……舌打ち混じりの悪態、ハリファの声だ。上空を飛ぶ数台のドローン。そのカメラが、こちらを見ていた。
〔南西400メートルに味方本隊だ。死にたくなかったら動け〕
「あ、ああ……」
認めたくはないけど、オレはこの声に救われた。意識を引き戻され、そこから逃げるようにアクセルを踏み込んだ。
ハリファの指示通り南西へ。40メートルか、50メートルか。突然、左肩の辺りに“ガンッ”と強い衝撃を受けた。
「——!?」
メインモニターには、警告の点滅文字。機体が右に大きく流され、姿勢制御が一瞬遅れる。
サブカメラが政府軍のHuVerを補足しズームで表示。灰色の機体がHV用大口径ライフルを構え、銃口からは細く白い煙が立ち昇っていた。
タンカーの上で浴びた、“カンカンカン”という軽い音とは比較にならない、別次元の重い一撃だ。
――それでも、HuVer-WKの装甲は弾を弾いた。衝撃は受けたがびくともしていない。
溶岩流の中でも稼働できる耐久性。剛性を極めた装甲。被災地支援機らしからぬオーバースペックがここで活きた。
しかし、この機体は軍用じゃない。コクピット周りは大きく開き、防弾ガラスをはめ込んだ視認性重視の仕様。人間がつかう銃ならまだしも、HuVerが持つライフル弾が直撃すれば、貫通してしまうだろう。
一瞬で視界が真っ赤になるか、首から上が消えるか。考えるだけでクラクラしてくる。
〔くくっ……、直撃を受けても本体は無傷とはな。素晴らしいじゃないか!〕
ハリファの声は妙に楽しげだ。通信越しなのに、愉悦が滲んだあの顔が浮かんでくる。
……こっちは死んでいたかもしれないのに、なにを面白がっていやがる。
〔ふむ、いいぞ。依頼通りの出来栄えだな〕
――今、なんて!?
依頼通り……? HuVer-WKがハリファの……?
つまり、オレがここに放り込まれた事も、藤堂穂乃花の拉致も、全部——角橋重工がテロリストに出した『見積書』通りの結果だって事か。
「なにやってんだよ、クソ会社が!」
日本の世界的企業がテロリストの兵器を作っていた。
これだけでも、日本経済がひっくり返るほどのスキャンダルになるだろう。そして、オレや藤堂穂乃花が拉致された事と無関係ではない。
彼女は自分が置かれた状況を理解していた。『そのまま逃げちゃってもいいから』――あの気丈な声が、まだ耳に残ってる。
もし逆の立場だったら、間違いなくオレは、その一言を飲み込んだままだったと思う。
角橋重工は、そんな性根の優しい女性を犠牲にして、一体なにを得ようというのだろうか?
見返りが大きかったとしても、その代償として彼女を差し出すなんて良心の欠片も持ち合わせていないんじゃないか?
「許せねぇ……」
だけど、オレに人殺しなんてできない。撃たれても撃ち返せないだろう。戦場にいながら、いまだに迷いの中だ。
――ピピピピピ
警告音が響く。向けられた照準器のレッドポイントを検知したようだ。
「くっ、またかよ……!」
怒りと葛藤が、大きなうねりに飲まれて消える。考える時間すら与えてもらえない。
オレは咄嗟に、左の廃墟へ機体を滑り込ませた。崩れたコンクリートの陰に身を寄せた瞬間、ドンッ……と背後で爆音が轟く。
着弾した衝撃で廃墟の壁が粉々に砕け、土煙が舞い上がった。
その時――
〔ねぇねぇ、あれ破壊していい?〕
ドゥラのオープンチャンネルに、雑音混じりの声が飛び込んできた。初めて聞く、まだ幼い少年のような声だ。
〔おまえはアホか。本隊に気づかれたらどうすんだよ。これだからガキは……〕
得体のしれない声に、どう対処するべきか躊躇していると、また別の声が聞こえた。こちらは野太い大人の声だった。
〔え〜、アホはそっちじゃん。放っておいたら連絡されるよ? おっちゃん〕
〔二人ともそのくらいで。ジョーカー、すみやかにやって下さいね〕
さらに別の声が、二人の間に割って入った。安心感のある、落ち着いた声だ。
〔オッケー、ラジャったよ!〕
それからわずか十数秒、オレを撃ったHuVerがいた辺りから、破壊音と、続けて大きなものが倒れる音が聞こえてくる。
〔状況終了〜っと〕
〔おら、さっさと戻ってこい、ガキ〕
〔もう、仲よくして下さいよ……〕
そのあとも続く会話を拾いながら、声が明瞭になる方向に移動すると、その部隊は思ったよりずっと近くにいた。
HuVer五機の小部隊。装備に一貫性がなく、機体色すらバラバラだ。
その最後尾に位置する漆黒機の肩に、オペレーターとおぼしき人影が座っていた。華奢な体つきで、暇そうに足をブラブラさせている。
こんな銃弾が飛び交う場所で、あまりに異常だ。……しかしオレが驚かされたのは、その行動ではなく、容姿だった。
「あの顔は……」
……見覚えがある。
あれは、トラックでオレの手を引いた――ターバンの少女だ。




