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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第三章:汚れる覚悟(中東)

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第21話・頭と心

 うなりを上げる白騎士。エンジンが回転数を上げて叫び、微振動が空気を震わせる。


「これでもう、戻る事はできない……」


 起動を確認したスタッフが、メンテナンス用の固定アームロックを解除する。膝が少し沈み、HuVer-WK(ホーバーク)の全重量が脚にかかった瞬間、ズシリとした重みが機体から伝わってきた。


 右手でライフル銃を持ち上げると、100キロ近い塊が機体を右に傾ける。そして左腕にはバランサーウエイトを装着。これは装甲を兼ねた重り。


「これで、取り回しがよくなるはずだ」


 片手にだけ重い物を持った人が真っすぐに走れないように、HuVer(フーバー)もバランスが悪い状態では性能を発揮できない。だから武器や道具を持たせる場合、反対側の腕にも同程度の重りを取りつける必要があった。


 左右の重量バランスが取れた途端、機体がスッと安定した。重量は増すが、関節への余計な負担が減る。民間、軍用関係なく、HuVerは、バランスが命だ。


 しかし――


「クソッ、HuVer-WK(ホーバーク)に武器を装備させるなんて……」


 わかっていたはずなのに、イライラと無意味な怒りがこみ上げ、口をついて出てしまった。

 

 オレの白騎士は人の命を守るマシンなんだ。人殺しのためじゃない。 

 

 何度も、何度も。オレの頭が、オレの心に、そう言い聞かせていた。





 HV倉庫から一歩外に出た瞬間、取り巻く空気が一変した。火薬の臭いに混じって、どこか気持ち悪く、嫌な感じが漂ってくる。


「これが、戦場か……」


 銃声が響き渡り、爆発が起こり、それでもどの方向から聞こえてきているのかすらわからない。一角には廃墟と化している街の残骸が広がり、地平線の太陽が血の色に染めていた。


 ザザザ……と雑音(ノイズ)をイントロにして通信が入ってきた。コクピットシートの支柱にくくりつけられた通信機からだ。


〔藤堂~早く中央の隊と合流して下さーぃ〕


 わざと間延びした口調で連絡を入れてくるタブレットの男。今は一番聞きたくない声だ。


「うるせえ、オレのHuVer-WK(ホーバーク)通信機(こんなもの)勝手に取りつけてんじゃねえよ」

〔それはハリファに言って下さいよ〕

「さっさと用事をすませてくれ。こっちはそれどころじゃないんだ」


 不安しかない状況からくる恐怖感が、オレの気持ちを(あせ)らせていた。ましてや人殺し前提の出撃なんて納得ができないのだから、頭の中はぐちゃぐちゃでまったく考えがまとまらない。


〔——あの、零士さん?〕


 聞こえてきたのは藤堂穂乃花(ほのか)の声だった。


〔無理はしないでくださいね。絶対に死なないで。えっと……そのまま逃げちゃってもいいから〕

〔あ~、なるほど。その手がありましたか〕


 タブレットの男がいちいち口を挟んでくる。頼むからオマエは黙っていてくれ。大体、なにが『なるほど』だ。そんな事は“小指の爪先”ほども思って”いないくせに。


 ……オレが逃げないとわかっていてトボけていやがる。


〔まあ、この(むすめ)がどうなるか知りませんけど〕

「おい、彼女に触ったらてめえを殺すぞ」

〔はいはい。鉄格子の向こうですからね。触れませんよ。今はね……〕

「覚えておけよ。……人質ってのは無事だから意味があるんだ」


 いつか漫画で読んだようなセリフを言いながら通信を切った。そして、ひとつの筋道に気がつく。


 ()()()()()()()()()()()HuVer-WK(ホーバーク)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事に。


 ――生き残るための、これ以上ない明確な理由ができた瞬間だった。



♢ 



 通信を切ってすぐに、地平線から空へと一直線に伸びる光の軌跡が見えた。


「まさか……」


 空に伸びた光の軌跡が、重力に引っ張られて弧を描き、こちらに向かってくる。


 ——止まっていてはダメだ。


 アクセルを踏み込み、機体が前傾する。関節が軋んで、心臓が喉まで跳ね上がる。ニュース映像で観た事がある。あれは、ミサイルの光だ。


 遠くに伸びた光はゆっくり見えても、近づいてくるにつれて猛スピードとなる。物理法則の初歩。そしてそれは、視認してから避けたのでは遅いという事。


 つまり――勘で動いて、運で避けるしかない。


 その瞬間、“ゴオオオオオ……ッ”と空気を震わせて、巨大な物体が(わず)か数メートル横を猛スピードで通りすぎて行った。圧倒的な風圧が襲い、機体がよろける。


 ――ほんのわずかな時間で分かれた明暗。


 直後、後方から大地を揺るがす破壊音が轟いた。つい数分前までオレがいたHV倉庫に、ミサイルが撃ち込まれた爆発の音だ。


 建物は跡形もなく吹き飛び地面は(えぐ)れ、炎と煙が残る黒く焦げた更地(さらち)になっていた。

 

「マジ……かよ……」

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