第21話・頭と心
うなりを上げる白騎士。エンジンが回転数を上げて叫び、微振動が空気を震わせる。
「これでもう、戻る事はできない……」
起動を確認したスタッフが、メンテナンス用の固定アームロックを解除する。膝が少し沈み、HuVer-WKの全重量が脚にかかった瞬間、ズシリとした重みが機体から伝わってきた。
右手でライフル銃を持ち上げると、100キロ近い塊が機体を右に傾ける。そして左腕にはバランサーウエイトを装着。これは装甲を兼ねた重り。
「これで、取り回しがよくなるはずだ」
片手にだけ重い物を持った人が真っすぐに走れないように、HuVerもバランスが悪い状態では性能を発揮できない。だから武器や道具を持たせる場合、反対側の腕にも同程度の重りを取りつける必要があった。
左右の重量バランスが取れた途端、機体がスッと安定した。重量は増すが、関節への余計な負担が減る。民間、軍用関係なく、HuVerは、バランスが命だ。
しかし――
「クソッ、HuVer-WKに武器を装備させるなんて……」
わかっていたはずなのに、イライラと無意味な怒りがこみ上げ、口をついて出てしまった。
オレの白騎士は人の命を守るマシンなんだ。人殺しのためじゃない。
何度も、何度も。オレの頭が、オレの心に、そう言い聞かせていた。
♢
HV倉庫から一歩外に出た瞬間、取り巻く空気が一変した。火薬の臭いに混じって、どこか気持ち悪く、嫌な感じが漂ってくる。
「これが、戦場か……」
銃声が響き渡り、爆発が起こり、それでもどの方向から聞こえてきているのかすらわからない。一角には廃墟と化している街の残骸が広がり、地平線の太陽が血の色に染めていた。
ザザザ……と雑音をイントロにして通信が入ってきた。コクピットシートの支柱にくくりつけられた通信機からだ。
〔藤堂~早く中央の隊と合流して下さーぃ〕
わざと間延びした口調で連絡を入れてくるタブレットの男。今は一番聞きたくない声だ。
「うるせえ、オレのHuVer-WKに通信機勝手に取りつけてんじゃねえよ」
〔それはハリファに言って下さいよ〕
「さっさと用事をすませてくれ。こっちはそれどころじゃないんだ」
不安しかない状況からくる恐怖感が、オレの気持ちを焦らせていた。ましてや人殺し前提の出撃なんて納得ができないのだから、頭の中はぐちゃぐちゃでまったく考えがまとまらない。
〔——あの、零士さん?〕
聞こえてきたのは藤堂穂乃花の声だった。
〔無理はしないでくださいね。絶対に死なないで。えっと……そのまま逃げちゃってもいいから〕
〔あ~、なるほど。その手がありましたか〕
タブレットの男がいちいち口を挟んでくる。頼むからオマエは黙っていてくれ。大体、なにが『なるほど』だ。そんな事は“小指の爪先”ほども思って”いないくせに。
……オレが逃げないとわかっていてトボけていやがる。
〔まあ、この娘がどうなるか知りませんけど〕
「おい、彼女に触ったらてめえを殺すぞ」
〔はいはい。鉄格子の向こうですからね。触れませんよ。今はね……〕
「覚えておけよ。……人質ってのは無事だから意味があるんだ」
いつか漫画で読んだようなセリフを言いながら通信を切った。そして、ひとつの筋道に気がつく。
オレが無事で、なおかつHuVer-WKが健在でいる間は、彼女の安全が保障されるという事に。
――生き残るための、これ以上ない明確な理由ができた瞬間だった。
♢
通信を切ってすぐに、地平線から空へと一直線に伸びる光の軌跡が見えた。
「まさか……」
空に伸びた光の軌跡が、重力に引っ張られて弧を描き、こちらに向かってくる。
——止まっていてはダメだ。
アクセルを踏み込み、機体が前傾する。関節が軋んで、心臓が喉まで跳ね上がる。ニュース映像で観た事がある。あれは、ミサイルの光だ。
遠くに伸びた光はゆっくり見えても、近づいてくるにつれて猛スピードとなる。物理法則の初歩。そしてそれは、視認してから避けたのでは遅いという事。
つまり――勘で動いて、運で避けるしかない。
その瞬間、“ゴオオオオオ……ッ”と空気を震わせて、巨大な物体が僅か数メートル横を猛スピードで通りすぎて行った。圧倒的な風圧が襲い、機体がよろける。
――ほんのわずかな時間で分かれた明暗。
直後、後方から大地を揺るがす破壊音が轟いた。つい数分前までオレがいたHV倉庫に、ミサイルが撃ち込まれた爆発の音だ。
建物は跡形もなく吹き飛び地面は抉れ、炎と煙が残る黒く焦げた更地になっていた。
「マジ……かよ……」




