第19話・華奢な手
――織田女史がスパイ!?
「まさか……」
唖然とするオレを見下ろしながら、タブレットの男は然も見てきたかのように言う。
「お守り、と言いましたか。日本の神札を持っていますよね?」
「それがなんだよ」
「中に発信機が入っていますよ」
「——っ」
慌ててスーツのポケットに手を突っ込み、空港でもらった白い袋からお守りを取り出した。“旅守”と書いてある。紫から濃赤にグラデーションが掛かった色の極々普通のお守りだ。
オレは半信半疑のまま触診を始めた。上から下へと、少しずつ指をずらしていく。
「……」
底の辺りに小さくて硬い物が入っている感触。お守り袋の口を開いて中身をぶちまける。そこには白い紙に包まれた御札とともに――黒く、小さいチップが転がり出てきた。
「嘘だろ……」
社員の身を案じてお守りを渡すふりをして、拉致目標がわかるように発信機を持たせたのか。
筋が通った女性だと思っていた。苦手だけど、人間としては真っすぐな人だと。でも実際は……ドゥラのスパイだった。
「残念ですが、そういう事です」
「くそっ、『残念ですが』じゃねぇよ」
コイツのニヤニヤとした顔を見ると無性に腹が立つ。断言できる。鉄格子がなければ殴りかかっていた。
「他にも何人か……いや、何十人ですか。ドゥラと繋がっている者がいますが、まあ、それはアナタが約束を果たすまでの保険としておきましょう」
考えるまでもなく当たり前の話だ。織田女史一人が繋がっているだけで、どうにかできるものじゃない。
「では、これで契約成立ですね」
タブレットの男は、オレの顔色を見て満足したのだろう。得意満面の笑みで去ろうとしたその時、遠くの方から“ズドンッ”と爆発音が聞こえてきた。
――直後、建物内に響き渡る警報。
「……これは」
「おや? どうやら政府軍が砲撃をしてきたようですね。もうそろそろ陽も沈むというのに、まったく忙しない事です」
「ここは攻撃されないのか?」
「ええ、今は大丈夫です。ドゥラは支配地域を広げていますから」
「でも……」
悔しいが、不安な気持ちを見透かされてしまった。タブレットの男は鼻をフンッと鳴らし、オレが考えている事を先読みして答え始める。
「居住区が攻撃を受けたのは三年前です。今はこの辺りに政府軍の砲撃は届きません。ご・あ・ん・し・ん・を」
直後、続けざまに二つ三つ四つと爆発音が聞こえ、小さな振動が地面から伝わってきた。それだけでも経験した事のない事態なのに、建物内にけたたましく響く警報が、恐怖心を煽ぎ立てる。
……改めて、嫌でもここが戦地なんだと認識させられてしまった。
「ちょっと規模が大きいみたいですね。もしかしたら藤堂サンの初陣かもしれませんよ」
「は? ふざけんな。人殺しの手伝いなんてしねぇよ」
「困りましたね。アナタが出撃しないと、妹さんがどうなるでしょう?」
その瞬間、自分の中に憎悪を感じ、目の前にいる男を睨みつけた。効果がないのはわかっているが、そうでもしないと気が済まなかった。
「おっと、私を睨まないで下さいよ。ハリファがどう出るかって話です」
タブレットの男は軽くのけ反って両手のひらをこちらに向け、口を“への字”に曲げながら顔をそむけた。
彼は自身のスタンスを崩すことなく、すべての行動原因を他人に押しつける。
「結局どちらを選択しても人殺しになるのですから、アナタもその娘も生き残る方を選ぶべきだと思いますが?」
「簡単に言いやがる。昨日の今日でいきなり戦争できるわけないだろ」
しかし、争いが日常と化しているこの国では、そんなオレのぬるい考えが通用するわけもない。
ハリファの指示なのだろう。二人の兵士が現れ、そのうち一人が鍵を開けて『牢を出ろ』と顎で示してきた。もう一人は少し距離を取ってオレに銃を向けている。
「では、頑張って生き残ってください。そうして頂かないと私も困るので」
「黙ってろ……最低野郎が!」
タブレットの男は苦虫をかみつぶしたような顔を向けてくる。わざとらしい表情が一層オレのイライラを刺激してきた。
「さっさと歩け!」
オレの注意が、タブレットの男に向いているのが気に喰わなかったのだろう。すぐうしろにいた兵士が、銃のストックでオレの背中を殴ってきた。うめき声が漏れ、よろけながら二、三歩進んで膝をついてしまった。
「クソッ……オレがお前らになにかしたかよ」
♢
建物の外にでると、小型トラックが数台停まっていた。荷台には兵士が乗り込み、すし詰め状態で隙間がない。
「走れ。乗れなくなるぞ」
「どう見ても乗る場所ねぇだろ」
荷台から溢れた者は、ボンネットの上や荷台の支柱にぶら下がっている。隙間がないどころの話じゃない。
「勝手にするがいいさ……」
それだけいうと兵士は視線をトラックの方に向ける。つられてオレが目を向けた時には、ゆっくりと動きだしていた。
「乗らなかったら撃てと言われているからな。悪く思うな」
後ろから、カチャリと銃の安全装置を解除する音が聞こえた。
「——っ」
オレは、考える間もなく走りだした。わずか十数メートル。命がかかった距離。しかし、あれだけの人数を載せていながら、トラックの速度が思ったよりも早い。
必死で走りながら荷台の縁に手を伸ばしたが、指先が触れるかどうかという所で足がもつれてしまった。転びかけた視界の隅に、先ほどの兵士が銃を構えているのが見える。
——こんなところで終わってしまうのか?
そう思った瞬間、手首に暖かいものを感じた。視線をむけると兵士の一人がオレの手首を掴み引っ張ってくれている。おかげで無理矢理走る速度があがり、なんとか荷台の縁にしがみつく事ができた。
「ふう……|シュクラン・カティーラン《(どうもありがとう)》」
兵士はチラリと視線を向ける『英語で大丈夫です』とだけいうと荷台に腰かけた。オレを掴んでくれたのは、潰れたマメだらけの華奢な手。
ターバンから垣間見えた褐色の目元と声は、まだ幼さの残る少女のものだった。




