第18話・聞いていいですか?
「そうか、それで……」
オレとこの娘が兄妹だと思っているから、同じ牢に入れたのか。
そしてタブレットの男は、会話内容から見知らぬ者同士と判断した。この娘は奴隷でも道具でもなく人質。藤堂堅治を従わせるための手札だったんだ。
今までの話から、多分ハリファは、ベテランHVオペレーターが駆る最新式のHuVerを、内戦に投入するのが目的なのだろう。
……だから藤堂堅治の情報しか必要なかったんだ。
「くそっ、ふざけんな。オレのHuVer-WKはそんな事のためにあるんじゃない!」
その瞬間、藤堂穂乃花はビクッと体を震わせると、オレを心配そうに見てきた。
「あっと、ごめん。色々考えていたら頭にきちゃって」
「……いえ、仕方がないですよ。こんな状況ですから」
タブレットの男は、『娘のために生き残らなければならない』と言った。それは、この娘を見捨てたら、その先は真っ当に生きていけないという脅しだ。
……生きて日本に帰れたとしても、地獄のような日々だろう。
そして、そのひと言だけで、この娘をオレへの枷に仕立て上げた。狡猾なやり方だ。
端から見捨てて逃げる選択肢はないから、結果はなにも変わらない。それでも、あの男の手のひらの上は至極気分が悪い。
「今の、どう思う?」
「ここから逃げるって話ですよね」
「うん」
「判断はお任せします」
……は?
「任せるって、自分の生き死にに関わる事だろ……なんでそんな投げやりなんだよ」
「別に、投げやりでも人生捨てているのでもありません。私は英語もアラビア語もわからないし、ふーばーという物も兄が動かしているって事位しか知らないし」
「だからって……」
「世の中なにがきっかけになって、どう転がるかなんてわからないのですから、そんなものに怯えるのは損です」
確かにその通りだけど、そこまでスッキリと達観できるものなのか? ……それもこの若さで。
「私は、わからない事に悩む人間になりたくないんです。もちろん、なにか気がついたらちゃんと話しますよ。それに……」
「それに?」
「任せた以上は結果に文句は言いません」
……驚いた。まさしく大和撫子だ。物語に出てくるような、凛として折れない、めちゃくちゃ筋の通った漢だ。
「それに、失敗したら二人共死ぬのですから、文句を言いたくても無理ですね」
「そりゃそうだ」
不思議と笑みがこぼれた。藤堂穂乃花という女性の気丈さは、どことなく織田女史と重なって見えた。日本を離れて数日しかたってないけど、あの子ども扱いしてくる面倒臭さが凄く懐かしい。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「名前を……」
「あ……」
なにをやってんだオレは。彼女の名前を聞いておきながら、自分の紹介を完全に忘れてた。
「零士・ベルンハルトです」
「ベルンハルトって、ドイツの方です? あれ、でも日本人っていってましたっけ?」
「親父がドイツなんだ。まあ、オレが成人するころには死んじまってたから、国籍を日本にした感じ。だから戸籍上はちゃんと母方の姓ですよ。会社に、……」
今、“会社”と口にした瞬間、オレの中で警告音が鳴り響いた。
「……どうかしました?」
「ああ、いや、会社に無理いって、親父の姓で登録してもらっているんで」
そもそも、会社が藤堂堅治とHuVer-WK、更にはこの娘をテロ組織に売ったのは間違いがない。あれだけの大企業が、いったいなんのために人事売買の真似事をするのか。
そしてそれは、確実に社内に内通者がいる事を示唆している。
オレは、牢番をしている兵士に断片的なアラビア語と英単語で話しかけた。『タブレットを持った男を呼んでくれ』と。
♢
十分ほどたっただろうか。タブレットの男は、鉄格子の前に現れると同時に呆れ口調で悪態をつく。
「頭大丈夫ですか? あなたとの関係を変に勘繰られる事はして欲しくないのですが」
「なあ、角橋重工の中にいる、あんたらの仲間は誰なんだ?」
「なんともストレートな質問ですね」
タブレットの男は“そんな事で呼びだしたのか?”といった感じで腕を組み、苦笑する。
「それを教えてどうなるのです? 会社に戻って捕まえますか? 牢屋の中で? どうやって?」
事あるごとにイライラさせてくるヤツだ。だけど今は、こいつに乗せられている場合じゃない。
「あんたの提案を飲む条件だ、そのくらいは教えてくれてもいいだろう?」
「……そうですね。ではヒントを教えましょうか」
そういうと、男は人差し指でこめかみをトントンと小突く。
「本来ならば、本物の藤堂堅治がここにいるはずだった。しかしそれが叶わなくなったと判断した我々の仲間は、アナタに白羽の矢を立てた」
そんな事はわかっている。それが誰なのかを問題にしているのに、わざわざ焦らしてくる。間違っても友人にしたくないタイプだ。
「では、なぜアナタだったのでしょうね? 他にベテランHVオペレーターがいたはずですが?」
――だが、このひと言に“はっ”となった。
オレ自身が一番気になっていた事。予定が空いているのがオレだけだったとしても、スケジュールの調整なんていくらでもできるはず。
ぼんやりとしか考えていなかったけど『なぜオレなのか?』という問いは、思いの外重要な要素だったんだ。
「反政府組織:ドゥラとつながりのある人物、それは藤堂堅治の代役としてアナタをこの地に送り込む事ができた者ですよ」
「——っ」
その時オレは、空港での会話を思い出していた。
『ちょっとなによ、その覇気のない返事は』
嘘だろ……?
『ああ、それはね』
まさか……だよな。
『私が推薦したのよ』
織田女史が……スパイなのか?




