第17話・交渉
「君は、いったい……」
こんなところにオレ以外の日本人が捕虜になっているなんて。この娘も拉致されたって事なのだろうけど……身代金目当てなのか?
「あ、あの、ここはどこなんですか?」
「バジャル・サイーア共和国だそうです。中東の」
「中東……?」
「そこのテロ組織に拉致されたんです、オレら」
呆然とする女性。当然の反応だ。ほとんどの日本人にとって“中東の国”なんてのは、テレビの中の単語でしかない。ましてやテロとか内戦とかいわれても、それこそファンタジーって程度の認識だと思う。
……まあ、オレもついさっきまで同じだったけど。
テロ組織が拉致するのは、身代金目的か、もしくは“戦力”として兵士にするため。そしてもう一つ。あまり考えたくないけど、奴隷や、子供を産ませるための“道具”としてだ。
もちろんこれはオレの知識ではなく、以前観た番組の受け売りだった。
だがおかしい。もし仮に、この娘が性的な意味での奴隷だとしても、わざわざ日本から連れてくるなんて手間をかける理由がないだろう。
……それに、こんなタイミングでオレと同じ牢に入れるのも意味不明だ。
「私たち、これからどうなるのですか?」
「う……ん……」
聞かれても、なんて返事をすればいいのか正直困る。
「とりあえず、ヤツらの目的がわからないってのがね。オレもなにもわからなくて……ごめん」
「いえ、私こそごめんなさい。そうですよね、こんなのおかしいですもん」
そう言いながら、彼女は胸の前で腕を交差させて、震える肩をギュッと掴んでいた。どこか現実逃避気味な態度を見せてはいるが、内心不安だらけなのが伝わってくる。
「——おやおや、やはりあなたは”藤堂堅治ではない“という事で確定のようですね」
声に驚き振り向くと、いつの間にか鉄格子の向こうにタブレットの男が立っていた。たどたどしくも日本語で話しかけてきたのは、今の会話内容を理解しているのだろう。
「……だったらなんだよ。アンタこそ、最初から違うって知っていたんじゃないのか?」
「ええ、勿論です」
もしやと思って鎌をかけてみたのだが、こいつ……あっさりと認めやがった。あたかも『その程度の事は知っていて当然』という顔で。
「なんでその事をハリファに言わないんだよ」
最初に浮かんだ疑問がこれだった。組織のTOPに報告していないとか違和感しかない。ましてやあの男の事だ、隠し事がバレたら即処刑だろう。
「う~ん、そう言われましてもねえ……」
あのタブレットにどこまでのデータが入っているのかわからないけど、少なくとも別人と判断できるだけの材料は持っているのだろう。
「報告する義務はないので。あ、私は言わば契約社員なんですよ。依頼された人材を連れてくるのが仕事です」
「……それを拉致っていうんだろ!」
「世間的にはそうとも言いますか」
気分が悪い。この男はハリファとはまた違った意味で厄介だ。
「ところで……まあ、藤堂さんという事にしておきましょうか。どうです、私と手を組みませんか?」
「……は? ふざけてんのか?」
「とんでもない。私はまだ死にたくないだけですよ」
こんなテロ組織に組していながら『死にたくない』だと?
――直接ではないにしても、人の命を奪ってきたヤツが
――残された家族にまで苦悩を与えてきたヤツが
「いったいどの口が言ってんだ?」
怒りに脳味噌が沸騰しそうなその時、黙って聞いていた女性が、オレのスーツの裾を引っ張ってきた。
「――っ」
理不尽な目にあわされた恨みと、人の命を軽んじる言葉に、オレはかなりイライラしていて周りが見えていなかった。彼女は、そんなオレの感情を読み取ってくれたのかもしれない。
「ありがとう、もう大丈夫……」
彼女がいてくれてマジで助かった。オレだけだったら、この男のペースに乗せられてただろう。冷静に、できるだけ冷静に。……これは交渉なんだ。
「……あんたと組むメリットは?」
「ハリファに、あなたが藤堂だと信じ込ませましょう。とりあえず無闇に殺されることは無くなりますよ。あなたも、そこの娘も」
さすにあんなものを見せられては、処刑対象から外れるのは好条件に思える。それに対して『なにを要求してくるのか』と身構えていたオレに、この男は意外なひと言を口にした。
「この戦争は負けます。ドゥラの壊滅をもってね」
「最高だな」
「米軍が重い腰を上げたんですよ。半月もしないうちにここは焼け野原でしょう」
「はっ、ざまぁみろだ。こんなテロ組織さっさと潰れてしまえ」
「そうですね。ですがそれは無差別に空爆されるという事なのですが。その意味はおわかりで?」
……くそっ、いちいち言い方がムカつくな。そして言われるまで事の重要さを理解していなかった自分自身にもっとムカつく。
ミサイルはオレたちを避けて飛んでくるわけじゃない。この辺り一帯にぶち込んで終わりだ。いるかいないかわからない捕虜なんて、すでに殺されていたって事にしてしまえばいい。
……人権なんてのは、生きていないと主張できないのだから。
そしてタブレットの男は、“折を見て脱出する事”を提案してきた。そのまま米軍に保護してもらうというものだ。
「そしてその際、私も捕虜の一人だったと証言してくれるだけでいいのです」
脱出のための隙作り、組織の監視等の誘導はこの男がする。確かに、近くに政府軍や米軍が陣取っていれば逃げ切る事はできるかもしれない。
……だけどこの男を信用してよいのか、それが一番の問題だと思う。
「アンタにとって都合のいいだけの条件を、オレが飲むと思っているのか?」
「ええ、飲みますよ、あなたは」
……なんだこの自信は? オレがこいつと手と結ぶ根拠があるとでもいいたいのか?
「あなたは生き残らなければなりません。そこの娘のためにも」
……この娘?
「とりあえず一晩ゆっくり考えてください。返事はまた明日聞きにきますよ」
「おい、待てよ。この娘はなんで拉致されたんだ」
「名前を聞けばわかると思います」
それだけ言い残して、タブレットの男は兵士にアラビア語でなにかを伝えて去って行った。
「私は……」
女性が、ゆっくりと口を開く。
「私の名前は……藤堂穂乃花です」
「——えっ、藤堂!?」
……まさか。
「藤堂堅治は私の兄です」




