第16話・生存ゲーム
「ここではな……」
ハリファは気怠そうに部屋に戻ると、イスに倒れ込むように身体を預けた。年季の入った革張りのイスから、ギシッと軋む音が聞こえてくる。机の上に足を投げ出し、人を殺した事なんて全く意に介していないようだ。
「死体は、三日もあればカラカラになって臭いすらしなくなるんだぜ」
すぐそこには、頭から石灰をかぶった死体がひとつ。白い粉が風に舞い、まるでその魂を運んでいるかのよう。
確かに中東の照りつける太陽と乾燥した熱風の中では、水分の一滴も残らないかもしれない。
「――?」
――その時、視界のすみに奇妙なものが見えた気がした。
指を切り落とされた傷痕が、徐々にふさがっていく。腕からはまだ血が流れているのに、手の傷は閉じ、血の一滴も流れなくなっていた。
見間違いなのか幻覚なのか、それはわからない。不思議な現象だが、今は気を取られている場合じゃない。
目の前の男が、そう告げている。
「それで藤堂、お前はどうするんだ?」
これにはどう返事をすればよいのだろうか。わざわざ処刑をして見せたのは、選択を間違えるとオレも“ああなる可能性”があるって事を示唆しているのだろう。
だけど、そもそも意味がわからない問い、に答えが見つかるはずがない。
質問を投げたあと、彼はずっと黙ったままだ。エアコンから噴き出るゴーッという風の音が、オレに『早く答えろ』と催促している。
ピチャリ……ピチャリ……と、血だまりに落ちる血の一滴一滴が、まるでカウントダウンに聞こえてきた。そして、それよりも早く鼓動する心臓。口から心臓が飛び出そうな感覚に、オレは呼吸すらもできなくなっていた。
「おい」
「——はっ、はい」
「オマエ、藤堂じゃねぇのか?」
ハリファが兵士に目配せをすると、オレは左右から腕をガッチリと捕まれた。
「まて、ちょっと待って、オレ、あれだ、藤堂だってば!」
ハリファはうしろに立つ兵士のホルスターからサバイバルナイフを引き抜き、その刃身を指でツーっとなぞった。
「アイ、アイアム、トードゥ。フ、フロム、ジャパ……」
しかし一度出た命令は覆らないという事なのかもしれない。ハリファは、爪の間に入った汚れをナイフの先端で掻き出して『ふーっ』と息を吹きかけていた。
その時、『どうにかしなきゃ』とグルグル回る頭の中に、ふと先ほど見た光景が横切った。
「——あの白いHuVerは、オレにしか動かせねぇぞ!」
咄嗟に出た言葉。この時、ハリファがピクリと反応して見えた。
「アイツは何重にもセキュリティ対策がしてあるんだ。オレが死んだらただの鉄くずになるぜ!」
ハリファは兵士に『待て』と命令し、タブレットの男を横目でにらみつける。
「そんな事、なにも書いていませんよ~」
と、タブレットをひらひらさせて見せた。データ不足だと主張しているのだろう。
「そもそもそちらから貰ったデータですからねぇ。これ以上の事はわかりません」
ハリファはそのひと言を聞くと、机に“ドカッ”とナイフを突き刺し、溜息混じりに口を開いた。
「説明しろよ、ガキ。嘘だとわかったら即撃つぞ」
そう言って無造作に置いてあった拳銃を手に取ると、オレに銃口を向けてきた。『ここに来てこんな事ばかりじゃねぇか』と思うのと同時に、なぜかタンカーの時よりも恐怖心を感じていない事に気がつく。
オレは一切の嘘を交えずに、それでいてできるだけオーバーにセキュリティシステムの事を話しはじめた。
♢
「……つまり、そのシステムをぶっ壊せばいいって話だ」
と、短絡的なハリファ。
「やれよ、7メートルのオブジェができるぜ」
「ならばOSを入れ替えればいいだけだ」
「会社をなめるなよ。あの白い機体の性能を最大限に引き出す為の専用オリジナルOSだ。入れ替えたりなんかしたら、アンタらが使っている旧式以下のスペックにしかならない」
……そもそも軍用じゃない。奪うためじゃない。人の命を守るためのHuVerなんだ。
「ならばライセンスカードってのを偽造すりゃいいんだろ。その程度の事はガキでもわかる」
「カードのDNAデータは、OSにリンクする断片プログラムが入ってる。解析するには量子コンピューター級のマシンが必要だ」
「——ならばオマエを殺して、コクピットにその血をぶちまければ動くだろ」
本気で殺すと言っているのがわかる。だけどなんだろう、さっきから恐怖心があまり出てこない。
「ああ、動くかもな。だが、それも一回で終わりだ」
ハリファはわざとらしく舌打ちをすると、諦めたように『ぶち込んでおけ』と兵士に指示を出した。
ここに連れてこられた時に、旧式の軍用HuVerが並んでいるのを見かけた。明らかにメンテナンスをしていないのが、ありありとわかるくらいボロボロだった。
そもそもがどこかの国から調達した中古品なのだろう、装甲は錆が浮き出て、その上オイル漏れが酷い。多分この様子だと関節部分が砂を噛んで可動するたびにガタガタいっているはずだ。
だから、妙にHuVerに拘るハリファを見て、喉から手が出るほど欲している。と、予測できた。
……この情報が無ければ、生存ゲームに負けていたかもしれない。
♢
「大人しくしていろ!」
オレは蹴り飛ばされ、牢に放り込まれた。そこは、高い位置に採光用の窓が一つあるだけの薄暗い空間。最初から捕虜用の牢屋として作られた一室なのだろう。
「くそったれが。覚えていろよ!」
なんかもう半分死んでいる気分で自暴自棄な面もあったと思う。オレは無意識に思いっきり悪態をついていた。
……まあ、相手に通じないように日本語でだけど。
その時、後ろの方から物音がした。最初は気がつかなかったが、奥の暗い所に誰かいる。一瞬焦ったけど、そもそも牢に入っている位だ、オレと同じような境遇なのだろう。
そう考え凝視していると、その人は恐る恐るオレに語り掛けてきた。
「あの、日本人……なのですか?」
――日本語!? オレ以外にも日本人が囚われているのか。
それは、日本のどこにでもいるような、二十歳くらいの普通に可愛らしい女性だった。
※ OS オペレーションシステム。パソコンや機器類を動かす為の基本プログラム。WINDOWSやMacOS、Tron等の事。




