第15話・処刑
※閲覧注意。♦~♦の間はセルフレイティング・R15レベルの残酷描写が含まれます。♦の間は、読み飛ばしても話は繋がるように構成してあります。
生暖かい砂埃が舞い、オイルの臭いが漂ってくる。建物には内戦の爪痕が残り、壁のない病院や天井の無い民家が立ち並んでいた。
そこにいる人々の目には、とても生気と呼べるものは宿っていない。日々を無為に過ごすだけで精一杯なのだろう。
ここは中東、バジャル・サイーア共和国内にある、反政府組織:ドゥラの占有地。ギラギラと照りつける太陽とは裏腹に、陰鬱で活気の欠片もない街だ。
オレはタンカーの上で拘束されて、このアジトの地下牢に放り込まれた。堅く、味のないパンを与えられ、そのまましばらく放置された。
――そして今、ある男の前に引き出されている。
擦り切れた革椅子に、ふんぞり返る男。彼がドゥラの最高指導者らしい。粗暴で残忍、そんなイメージを具現化したような人物だった。
偉そうに反政府組織なんて言っているけど、単なるテロリスト集団だって事は彼らのやり口からわかる。
ボロボロの建物、壁に大きな穴が開いている部屋。イメージだらけの先入観だけど、いかにもテロリストのアジトって感じだ。
「お前が藤堂か、歓迎するぜ」
男が口にした藤堂という名前は、本来拉致されるはずだった”会社の同僚“だ。オレは彼の代わりにドバイに渡航し、彼と間違われて拉致され、今この場にいる。
『オレは藤堂じゃない、零士・ベルンハルトだ』何度も言いかけた。しかし、そのたびに口をつぐんだ。
状況がわからないうちは、こちらから動くべきではないと、頭の片隅でなにかが警鐘を鳴らしていたからだ。
「ハリファ、女も連れてきますか? それとも……」
兵士の一人が彼を『ハリファ』と呼び、段取りの確認をしようとした時だった。左手を上げて言葉を制止し、くわえている葉巻で一人の男を指し示した。
「その前に、こいつの始末だ」
そこには腕と足に包帯を巻いた、体格のよい男が立っていた。オレがタンカーの上で恐怖を感じた、怒鳴り散らしながら仲間を殺したあの男らしい。
「始末って、俺は仕事をちゃんと……」
「ちゃんと?」
「——っ」
「やってねぇよなぁ!?」
ハリファと呼ばれる男の雰囲気が――突然変わった。
兵士たちは無言のまま進み出て、包帯男の腕と肩を掴み、壁の穴から外へ引きずり出した。雑草の中にポツンと置かれた粗末な木の椅子。包帯男を縛りつけ、ハリファを待つ。
頭上には最新型ドローンが数台。監視なのか記録なのか。
不吉な予感しかしない。だけどオレは黙って見ているしかなかった。下手に口を出して、自分まで同じ目に遭うわけにはいかないからだ。
……なにより、目の前に並ぶ兵士たちの銃が、心底怖い。
「待ってくれ。アレを壊したのは俺じゃねぇ」
包帯男が叫ぶ。しかし彼の懇願を全く意に介さないハリファ。むしろなにも聞こえないといった態度で、男の頭にボロ袋を被せた。
♦
兵士の一人がスマホくらいの大きさのケースを開け、中から注射器を取り出す。針を上に向けて少し液体を出しながら、側面を指ではじいて空気を抜く。
兵士は、そのまま包帯男の腕に針を突き刺した。手慣れた動き。
「ハリファ、頼むよ、頼むって!」
「おいおいおい、俺は傷をつけずに持ってこいと言ったはずだ。それがなんだあれは。傷だらけだよな?」
「でも、俺がやった訳じゃ」
「じゃあなにか? お前が輸送するだけの簡単な指示すら守れない能無しって事か」
包帯男は頷きながら『そうです』と繰り返し口にしていた。とにかくその場から逃れたい、そんな必死さだった。
自分が能無しだと認め、許しを願おうとしたのだろう。しかし……
「つまりお前は、能無しに仕事を任せた俺のせいっていってんだよな?」
「そんな事は言ってねぇ!! ……です」
ハリファは振り返り、机の上の置時計をチラリと見た。
「そろそろか」
「え?」
「お前、なんで外にいるかわかっているよな」
「それは、その……」
ベルトポーチからナイフを抜き、尖さを確認するかのように刃先に親指をあてる。
そして――
「答えろや!」
怒鳴りつけながらくるりと逆手に持ちかえ、包帯男の腕に振り下ろした。
その瞬間オレは目をつむり、悪夢から醒めてくれと願っていた。とにかく恐怖と狂気を感じ、本能的に見る事を拒んだのだと思う。
しかし数秒後、なにか違和感を覚えた。悲鳴が聞こえてこなかったからだ。
そっと目を開けると、目隠しをされた包帯男の腕から真っ赤な血がダラダラと流れている。しかし痛みを感じていないのだろうか、『頼むから許してくれ』と懇願を続け、腕を刺し貫かれている事に気がついていない。
さっきの注射は麻酔、それもかなり強力なものなのだろう。
兵士が目隠しのボロ袋を取ると、そこで初めて包帯男は体の異常を目の当たりにし――悲鳴を上げた。
「俺のせいだよな?」
「い、ひぃ、たす、助けて下さい……」
身体をガタガタと揺らし、逃れようとする包帯男。しかしハリファは彼の目の前で、痛覚の死んでいる指を一本切り落とす。
「ま、待ってうああ……」
ハリファは包帯男が口を開く度に、指をナイフで一本また一本と切り落としていった。
身体は縛りつけられ動けず、しかし脳は完全に覚醒している。痛みも感触もなく、自分の手から指が無くなり、血が流れ続けるのを見る事しかできない恐怖。
心臓の鼓動に合わせて血が滴り流れ、包帯男はブツブツと呟くだけになり、やがて沈黙した。
……涙と涎、そして漂う糞尿の臭いを残して。
「おい、粉撒いとけ」
♦
目の前で行われた残酷な処刑。オレは目の前の人間だった塊から、目を離す事ができなかった。
正直『そこまでやる必要があるのか?』と思いもしたが、それがここのルールなのだと、刷り込まれる力の方が圧倒的に強い。
結局、普段安全な場所に居る日本人のモラルなんて、ここでは便所の紙よりも役に立たないと思い知らされただけだった。
※ ハリファ/ハリーファ
イスラム政治学の用語で、継承者・代理人の意味。本作では反政府組織:ドゥラの最高指導者の名前として使用。




