第13話・来訪者
――白いHuVerを動かせるのは、零士・ベルンハルトしかありえない。
「そして、零士を救い出せる可能性があるのも、あのHuVerなんだ」
部長は、力強く断言した。
「どういう事ですか?」
「あの機体にはもう一つ革新的な秘密があってな」
「え……それは初耳です」
「独自に開発した通信システムを、あいつに載せてあるんだ」
本来は俺が乗るはずの機体だ。当然マニュアルと仕様書は熟読してある。しかしそれのどこにも、そんな通信システムの表記は無かった。
「あれ? 『秘密』って事は、もしかして会社には……」
「うむ、言ってない」
「それヤバいですよ。会社に黙って勝手に仕様を変えるとか、バレたら首……あ、いや、いいのか」
「ま、置き土産にと思ってな」
「相変わらずの力技ですね……」
そのひと言に、ニヤリといたずらっぽく笑う部長。
「——それで、その通信システムで零士クンと連絡が取れるのですか?」
織田女史は、もっとも気になる一点だけを、部長にぶつけた。彼女にとって、未申告なんてどうでもいい話だ。
「取れるといえば取れる。だが、保証はないぞ、運次第だ」
「運……ですか?」
「stealth-seed system、開発名はトリプルSで“トリス”。地球上の反対側にいても通信が届くとんでもないものだ」
「でも、ラジオの短波放送とか、そんな感じですよね?」
短波は、大気の電離層に反射させれば地球の裏側くらいまで届くはず。それを考えたら、特別なシステムとも思えないのだが?
「そこに決定的な違いがある。こいつはラジオ電波のように誰でも拾えない。特定の受信機のみに届く、一対一の通信システムなんだ」
織田女史は首をかしげる。
「それって、スマホのメールとなにが違うのかしら?」
「スマホやパソコンは必ずプロバイダーを経由する。要は足跡が残る。だから条件があるとはいえだ、他人が見る事も可能だ。だがトリスは一切の痕跡も残さずに直接相手に届く」
そこまでの話で、俺は、通信システムの特殊性に興味が沸いていた。特に、どうやって地球の反対側に届かせるのかが気になり、部長の話をうながした。
「でも、問題は通信エリアだと思うのですが?」
「トリスは通常の電波とは全く異なる周波数帯域と変調方式を使っていて、普通の受信機ではノイズにしか聞こえない。だがな……」
またもや部長はニヤリと……いやむしろこれはドヤ顔だ。
「電波にな、乗るんだよ」
「……は?」
「電波の海を渡って目的の受信機だけに到達する。誰にも傍受されず、痕跡も残さない……それがトリスだ」
「――なんですかその、とんでもない技術は!?」
つまり、条件がそろえば地球の反対側はもちろん、低軌道の衛星近辺や、宇宙船が電波を出している範囲内まで届く可能性があるって事になる。
「特許をとって発表しないのですか?」
「実はエキスポの場で、世界に向けて大々的に発表すると同時に特許申請を出す予定だったんだよ。それがまさか、こんな形で使う事になるとは思わんだろ」
もっとも効果的な場所で、最大のプロモーションを打つ。宣伝費ゼロでとんでもない経済効果を得られる作戦。そこまで考えていたなんて。
……退社が決まっているせいもあってか、以前よりもやる事が大胆になっている。
「あと、気になるのは『保証がない』って部分ですが。どういう意味でしょう?」
「電波を渡り歩く電波。その弱点はなんだと思う?」
「そうですね……電波の無い所、ですか?」
「そうだ。あまりに微弱な電波では、トリスが乗る事ができない。浮き輪で車は浮かないだろ?」
「つまり、零士・ベルンハルトと通信ができるかどうかは、HuVerがある程度の電波が飛んでいる場所にいる必要があるって事ですか」
部長は頷くと、黒くガッチリとしたジェラルミンケースを机の上に置いた。中には仰々しいまでの通信装置が入っている。赤や青の配線が見え、よくわからないパネルが並んでいた。
子供の頃のアニメに出てきた、ケースと一体化したパソコンのような物体だ。
「こういうの、めちゃくちゃ好きでした」
「だろ? この厨二病め」
「それはお互いさまで……」
――ピンポーン!
その時、玄関のチャイムが響いた。
「あら、こんな時間に誰かしら?」
立ち上がろうとした美郷さんの腕を掴み制止する部長。口に人差し指をあて俺たち全員に視線を送ると、スマホをテーブルの真ん中に置いた。
インターホンと連動させている画面に映っているのは、空色のポロシャツに黒いベストを着用した二人の男だった。
※ 電離層 大気の上層にあって、電波を反射する層。近年では電離圏という呼び名が一般的になっている。




