第14話・やるんだよ
「——警察!?」
織田女史が驚き囁く。
部長は壁に設置してあるインターホンの子機に近づくと、俺たちに目配せをしてから通話ボタンを押した。子機のスピーカーから声が聞こえてくる。
〔夜分失礼します。少々お聞きしたい事がありまして、お伺いしました〕
「あの、どういったご用件でしょう?」
〔インターホン越しではちょっと。お時間は取らせませんのでお願いします〕
ここで時計を見る望月部長。考えているフリをする時間を計っているようだ。
「とりあえず、もう一度警察手帳見せてもらえます? 最近は偽装犯罪もあるみたいなので」
〔ああ、すみません〕
「あなた、こんな時間に誰ですか。非常識ね!」
と、美郷さんはわざと声が入るように話しながら、部長と入れ変わるようにインターホンの前に立った。
〔すみません、夜遅くに。えと、手帳見えます?〕
「はあ、なんとか。でもそれ、本物なの?」
〔もちろんですよ〕
彼女は疑り深い人を演じ『警察に電話確認してかまいませんよね?』と、取り留めのない内容で時間稼ぎをしてくれている。
その間に部長はジェラルミンケースを閉じながら、俺と織田女史に裏口から出るようにと指差した。
「いいか、これを使って零士と連絡を取れ」
「みなさんはどうするのですか?」
この状況でも元同僚夫婦を気遣う織田女史。葵ちゃんの事も気がかりなのだろう。しかし部長は『大丈夫だ、気にするな』とだけ返事をして、俺の肩に手を乗せ諭すように続けた。
「藤堂、お前が零士にHuVerの動かし方を教えるんだ。あいつは操縦に関しては素人同然。生き残るにはその方法しかない」
「できるでしょうか?」
「——やるんだよ、できなくてもだ!」
軍用HuVerとの戦い方、戦争を生き抜くための操縦なんてわからない。当たり前の話だ。俺はただのオペレーターであって、軍人じゃないのだから。
……それでも、やるしかないのはわかっている。
「だがな、気負い過ぎてもだめだ。お前はガタイのわりに真面目過ぎるところがあるからな。半分くらい適当でもいい」
「はあ……」
「気楽にやれよ。Take it easyってやつだ」
いつもながらの部長の発破を浴びながら、俺と織田女史は勝手口からコッソリと外に出た。『この時間ならまだ終電はあるはずだ』という部長の言葉を信じて、真っ直ぐに駅を目指す。
「あの警官はどう考えても、俺たちと無関係じゃないですよね」
「そうね、タイミングがよすぎるわ」
……こちらにとっては最悪のタイミングだけど。
ちなみに、織田女史の考察では『あの警官は通報を受けて来訪しただけ』だそうだ。もし計画的に動かしたのなら、簡単に裏口から逃げられるはずはないのだから。
――あれは犯人側からの“警告”と受け取るべきなのだろう。
しかし、これではっきりしたことが一つある。俺をテロリストに仕立て上げようとし、零士・ベルンハルトを拉致したテロリストのスパイは社内にいる。
それも本社、もしくは富士吉田支社の社員に絞られた。
俺たちはホームセンターに駆け込み、靴を買った。勝手口にあるペアのゴムサンダルで逃げてきたからだ。
織田女史は『このままでいいじゃない』なんて言っていたけど……私服の彼女と違って、俺はスーツ姿にサンダルという怪しさ満点の恰好。下手すると職質で声をかけられてしまう。
駅の明りが見えてきた時、背後からパトカーのサイレン音が聞こえた。俺たちは顔を見合わせ、息をひそめる。近づいてくる赤いランプ。俺は無意識に織田女史の手を引き、身体で隠した。
しかし危惧と緊張は無駄に終わったようだ。パトカーは俺たちの前をスッと走り抜けると、先の方に見える赤提灯の前で止まる。酔っ払い同士のケンカかなにかだろう、人騒がせな事この上ない。
「ふう……急ぎましょう」
ギリギリ電車の到着時間に間に合い、文字通り飛び乗った。ローカル線特有のBOX席に座り、急いでロールカーテンを降ろす。ひと呼吸待ってスキマから外を確認したが、どうやら追いかけてくる者はいないようだ。
――発車のベルが鳴り、車両がガタンッと動きだした。
「はぁ~……」
これでやっと一息入れる事ができる。改札口近くの自販機で買った缶コーヒーを開けて、ゆっくりと香りを吸い込んだ時、織田女史が真剣な眼差しを俺に向けた。
「藤堂さん」
「なんでしょう?」
「今この場で辞表を書いて下さい」
……はい? なにを言い出すんだこの人は!?
「いつトリスの通信が繋がるかわからないのですから、部屋に引きこもって下さい」
「さすがにそれは……」
いや、彼女の目は真剣だ。『恋は盲目』とは言うが、ここまで回りが見えなくなるものなのか? 零士・ベルンハルトに向ける気持ちの0.1%でいいから、俺の生活の事を考えてくれ。
そもそも、角橋重工ほどの大手でHVオペレーターをやっているなんて、恐ろしく高い社会ステータス。そんな簡単に辞めるわけにはいかない。
「テロリスト報道にストレスを感じたといえば、誰もが納得するでしょう」
「ちょっと待って下さいって」
「食事や生活の面倒は私が看ますのでご心配には及びません」
……めちゃくちゃ心配です。
ご覧いただきありがとうございます。
作風が気に入って頂けましたら、この”あとがき”の下にある☆☆☆☆☆をポチっと押していただけるとありがたいです
ブックマークも是非是非よろしくお願いします。
今後とも続けてご覧いただけると幸いです!
©2019 幸運な黒猫 All Rights Reserved.無断転載・引用禁止。
著作権は作者に帰属しています。




