第11話・デマ
「……それで、二人がきた理由は、藤堂、お前と零士の件だろ?」
「いえいえ、仕事ですってば……」
俺と織田女史は別々の理由を装ってるのに、部長はもうバレバレだと決めつけている。相変わらず鋭い。でも部長がスパイの可能性を完全に消せない以上、ここで本音は出せない。
織田女史と決めた通り——全員を疑う。
……はずだった。
「藤堂さん、大丈夫ですよ。望月部長はスパイじゃないので」
しかし、織田女史はあっさりと手の内を明かしてしまう。
「なんだ藤堂、俺を疑っていたのか」
「すみません……」
「いや、やるじゃないか」
部長は嫌な顔ひとつしないばかりか、嬉しそうに俺の背中をバンバンと叩く。
――それにしても部長がスパイではないとどこで判断したのだろうか?
「私、くじ運が最悪に悪いのです。こんな所で当りを引く事はありません!」
………………。
「……は?」
「ちょっと真理、藤堂君が固まっているじゃない」
子供を寝かしつけて戻ってきた美郷さんが、呆れて目じりを下げる。
「藤堂君、真理のいった『くじ運』って、真に受けないでね」
「えっと……?」
「真理ったら最初、私まで疑って警戒してたのよ。会社辞めてもう五年もたっているっていうのに」
話を聞くと、織田女史は今日一日、美郷さんが拉致事件に関与しているかどうかを探っていたらしい。
「仕方ないでしょ。誰が敵なのか見当つかないんだし、完全に白とわかるまで話せないからね」
最初に美郷さんを探ったのは、信頼できる味方が欲しかったから——そして彼女から得た情報で、部長の潔白が確定したらしい。
「望月部長はね、今年いっぱいで退社するんだって。家業のペンションを継ぐためにね」
「え……そんなの、聞いてないですよ」
「春先に決まってたけど、引き継ぎできる社員がいないらしいのよ。だからまだ上の方の人しか知らないみたいよ」
「まあ、あれだけ特殊な業務だと、なかなかいないでしょうね」
なにより望月部長は、零士・ベルンハルトを高く買っていて、将来に期待していた。だから出世の足掛かりになるドバイ行きには大賛成だったそうだ。
「それに部長は裏でコソコソするような人じゃないよ。そんな事は美郷が許さないし」
「そうだね。もしうちの人がそんな事やってたら、とっくに葵を連れて家出てるって」
部長は俺を見ながら、ぼそっと『女は怖いぞ』と肩をすくめた。
「真理は昔から男を見る目だけはあったからね」
「だけってなによ、だけって」
「……あれ?」
「どうしたの?」
「男を見る目があるのに、婚約破棄っておかしくないですか?」
リビングが一瞬にして凍る。……やばい、また思った事を口にしてしまった。
――しかし次の瞬間、三人が吹き出して笑い始めた。
「おい藤堂、お前まだそんな噂を信じていたのかよ」
「ほんと、アップデートしようよ、藤堂君」
「えっと……どういう事です?」
「浮気して婚約破棄ってのはね、真理にフラれた男が流したデマよ」
……なんだって!?
「当時は真理にいい寄ってくる男って凄く多かったのよ。その中の一人がちょっと難アリ物件ってヤツでね。フラれたはらいせに、社内メール使って嘘をバラ撒いたのが真相」
美郷さんの言葉を聞きながら、だまってうなずく織田女史。
「じゃあ、なんで弁解というか……訂正しないんですか?」
「一応したよ、ほとんど効果なかったけど。でも結果的に変な男が寄ってこなくなってさ。面倒事が減ったからそのままでいいかな~って」
なるほど、ものすごく彼女らしい理由だ。そのひと言に納得していた俺に、部長が諭すように言葉を投げて来た。
「一度流れてしまった情報は、その真実がどこにあっても100%元には戻らない。それは藤堂、お前も身に染みているだろ」
……その通りだ。
いつまでたっても俺がテロリストと思っている人がかなりいる。ネットではフェイク画像や動画が拡散され、死ぬまで否定し続けてもなくなる事はないだろう。
「さて。ここから本題だ」
部長が表情を引き締める。
「零士を助ける作戦会議を——始めよう」




