第9話・本音
――織田女史の話は続いた。仮説とはいえ信憑性は高い。なにより、俺が巻き込まれているのは事実だ。
「角橋重工は、国内だけでも七万人もの人が働いています。その中からピンポイントで藤堂さんのデータを抜き出すには、ドバイに渡航予定の人員を知らなければ不可能です」
「だけど現実的に考えると、今回の報道のために全社員のデータを流出させるなんてリスク高くないですか? そんな事実があったらマスコミだって公表するかもしれないし」
どんな組織でも完全な一枚岩なんてまずありえない。ましてや、スクープと数字が最重要なマスコミの世界ではなおさらだろう。世界に誇る日本企業から、七万人分もの社員データが流出する事それ自体が、スキャンダルとして報道されてしまう可能性は高い。
「ですので私は、藤堂堅治という個人のデータだけをリークしたのではないかと考えています」
「——っ」
背中を冷たい汗がツーっと流れていく。誰かの恨みを買った覚えはないが、いずれにしても俺が狙われていたのは間違いがなさそうだ。
「寄生虫さんに感謝ですね」
「アニサキス……さんです」
真顔で冗談いわないでくれ。アイツに敬称つけてしまったじゃないか。
「それで、俺はどうすれば?」
「犯人捜しを手伝って欲しいのです」
――それは、憶測の延長線上にある、存在するかもわからない幻影のような存在。
とはいえ、悪意を向けてきた犯人を見つけようって話だから、むしろこの申し入れはありがたくもある。人事部の情報を使えるのなら、一人でやるよりも断然効率がいい。
……しかし、少々引っかかる部分がある。
「本音を言いましょうよ。犯人を捜しても、織田さんにメリットはないですよね?」
それでも動く理由があるはず。それがわからないと信用できないのは当然だ。
なにかを言いかけ、口を閉じる織田女史。彼女は話し辛そうな表情を見せながらも、信頼構築の為にと白状し始めた。
「実は……あなたの代役として、零士クンを推薦したのが私なのです。出世のチャンスになるかと思って。でも、あんな事になって……だからなんとか助けられないかと」
「なるほど。つまり俺は、彼のついでって事ですね」
と、笑ってみせる。これは嫌味という訳ではなく、こちらも思う事を口にする事で”腹を割る“姿勢を表すためだ。
「当たり前じゃないですか」
顔を赤らめてカウンターを言い放つ織田女史。……あなどれん。
彼女の目的が見えなくて疑いの目を向けていたけど、今のひと言で全部スッキリした。原動力が“それ”ならば疑う必要はなさそうだ。
「織田さんがそこまで言うって事は、すでに計画があるのですよね?」
「もちろん。明日、富士吉田支社に行きます」
「それはまた急ですね」
「技術開発局から、あの新型HuVerのデータがどこに提出されているかを調べたいのです」
「あ~、でも……」
急に二人で富士吉田支社になんて行ったら、いろんな意味で怪しまれるだろう。……と思ったが、彼女の中ではすでに織り込み済みだった。
「藤堂さんは明日、『エキスポ出展機の代替品の検証』という名目で富士吉田支社に出張です。運行安全推進部には申請済みです」
そこまで手配済みなのはさすがといいたいけど……俺が協力しなかったらどうするつもりだったのだろうか。
「私は有給取って実家の法事予定かな」
「はは……すでにそこまで」
乾いた笑いしかでてこない。でも現実的にはその線から調べるのが妥当だろう。マスコミに流れた情報元や社内のスパイを探すのは、今はまだ不可能だと思うから。
「ところで、ひとつ聞きたいのですが……俺がスパイだとか考えなかったのですか?」
思いつきの質問だが、これは結構重要な事だ。
「可能性としては考えましたよ、最初は」
「最初だけ?」
「例えばあなたがスパイだったとして、疑いの目を逸らす為の工作をするのは当然ですが……」
そこまで言って織田女史は笑いを堪えながら……いや、半分吹き出しながら俺の疑惑解消の理由を続けた。
「だからって、寄生虫は食べないでしょ」
「アニサキスさんです!」
……なんてこった。あの野郎に二回も救われるとは。
※友人曰く、極々稀に“痩身効果を狙ってサナダムシを食べる人”もいるらしいのですが、寄生虫食に興味があっても体に障害が残るリスクがあるので絶対に止めましょう。




