↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/20

第18話 引き継ぎの指輪


「命令は聞かなくていい。自分で考えろ」


鏡花が凛に新型指輪を渡した。


管理局の地下指令室。モニターが十二面。今日は全部青い。警報なし。平和な日に、授与式をやる。当たり前のことだが、この三人にとって、平和な日は貴重だった。


凛が指輪を受け取った。両手で。茶道の作法みたいに、丁寧だった。


「はい」


即答した。


「今のは、命令ではない」


「はい」


「だから、はいと答える必要はない」


「はい」


「聞いているか」


「はい」


鏡花が口を閉じた。無限ループだった。前回の訓練から、進歩していない。



ひまりが次に、あおいの前に立った。


新型指輪を手のひらに乗せた。銀色の細い輪。旧型と形は同じだ。重さも同じ。だが、中身が違う。代償を生まない指輪。白城が一ヶ月半で作り上げた、指輪だ。


「あおいちゃん。この指輪は、あなたを壊さない。約束する」


あおいが指輪を見つめた。目がきらきらしている。十四歳の目だ。十三歳の自分も、こんな目をしていただろうか、とひまりは思った。たぶん、していた。


「先輩」


「なに」


「一つだけ、先輩命令、してもらっていいですか」


「先輩命令って何? そんな制度ないよ」


「今、作りました」


「作らないで」


あおいが笑った。ひまりも笑った。


「何でも言ってください。先輩の言うこと、聞きます」


ひまりは少し考えた。


「年齢を聞かれたら、正直に答えること。嘘ついても、バレるから」


「先輩って、本当に二十九歳なんですか」


「免許証、見せようか」


「大丈夫です。信じます」


あおいが真顔になった。


「信じますけど、見た目は信じません」


「後輩、手厳しい」


あおいが指輪を薬指にはめた。光った。白い光。新品の光だ。旧型の光とは、微妙に色味が違う。こちらのほうが、澄んでいた。



るるがほのかの前に膝をついた。目線を合わせるためだ。ほのかは百四十八センチ。ひまりより、少し大きい。


「ほのかちゃん」


「はい」


ほのかの目が潤んでいた。まだ何も言っていないのに、泣きそうだった。


「この指輪、大切にしてね。でも、指輪より大切なものがある」


「なんですか」


「仲間。隣にいる二人。あおいちゃんと、凛ちゃん。この子たちを、大事にして。指輪は外せるけど、仲間は外せないから」


ほのかの涙がこぼれた。


「泣かないの」


「だって、先輩が」


「泣かせてない。まだ泣かせること、言ってない」


「先輩が優しすぎて、泣くんです」


るるが困った顔をした。ひまりが横から「るるさんの遺伝子だ」と言った。血は繋がっていない。


ほのかが指輪をはめた。光った。


三人の新型指輪が光っている。白い光が、三つ。


次に、コンパクトを渡した。


新型コンパクト。デザインは旧型と似ている。だが、軽い。薄い。鏡の面が、澄んでいる。


あおいがコンパクトを開いた。鏡に、自分の顔が映った。


「先輩たちも、こうやって始まったんですか」


「そう。十六年前に。同じように開いた」


「どんな気持ちでしたか」


ひまりは、覚えている。十三歳の自分が、コンパクトを開いた瞬間。光が溢れた。体が変わった。空を飛べると思った。何でもできると思った。


「怖くて、嬉しくて、全部がきらきらしてた」


あおいがコンパクトを胸に抱いた。


凛がコンパクトを静かに閉じた。鏡花と、同じ動作だった。師弟は、所作が似る。


ほのかがコンパクトを両手で包んだ。るると、同じ持ち方だった。


赤城が部屋の隅で、腕を組んで見ていた。何も言わなかった。目が少し赤いように見えたが、照明のせいだと言い張るだろう。



授与式が終わった。


後輩三人が帰っていった。あおいが廊下で「変身していいですか」と叫んで、鏡花に「施設内での変身は禁止だ」と制止された。凛が「家でやります」と言って、鏡花に「家でもやるな。屋上か公園でやれ」と指導された。ほのかがるるに手を振って、振りすぎて、指輪が光りまくって廊下が眩しくなった。


先輩三人が残った。


鏡花が赤城を見た。


「局長。少し、話がある」


「なんだ?」


「二人きりで」


ひまりとるるが、顔を見合わせた。鏡花が赤城と二人で話したいと言うのは、初めてだった。


「外で待ってて。すぐ終わる」


鏡花が廊下の方を顎で示した。


二人が出た。ドアが閉まった。


廊下で、ひまりがるるの腕をつかんだ。


「何、話すんだろ?」


「聞こえないよ、防音だし」


「気にならない?」


「なる。すごく、なる」


二人でドアに耳をつけた。聞こえなかった。防衛省の会議室の防音性能を、なめてはいけない。


五分後、鏡花が出てきた。


何も言わなかった。


「何、話したの?」


「秘密だ」


「秘密って。三人で共有するんじゃ、なかったの」


「これは個人的な頼みだ。赤城に。迷惑はかけない」


ひまりは追及したかったが、鏡花の目が「これ以上は聞くな」と言っていた。十六年間の付き合いで、覚えた目だった。



管理局を出た。


ひまりとるるが、駅に向かった。


鏡花は、別方向に歩いた。


「どこ行くの?」


「施設。週三の日だ」


「煎餅は?」


「鞄に入っている」


鏡花が歩いていった。背中が、夏の西日に細長く伸びていた。


ひまりとるるは、駅前のカフェに入った。


「るるさん、今日この後、予定ある?」


「うん。藤野さんと会うの。三回目」


ひまりの顔が輝いた。


「行ってらっしゃい。報告、待ってる」


るるが出て行った。


ひまりは一人で、カフェラテを飲んだ。一人は、久しぶりだった。最近、いつも三人でいたから。


スマホを見た。


白城からメッセージが来ていた。


『明日が、最終戦闘です。残存する次元裂けの痕跡を、全て掃討します。三人の、最後の出動になります。よろしくお願いします』


明日。


最後。


ひまりはカフェラテを飲み干した。



三時間後。


るるから電話が来た。


「ひまりちゃん」


声が弾んでいた。声のトーンで、デートの成否がわかる。弾んでいるから、成功だ。


「どうだった?」


「楽しかった。すごく」


それだけ言って、るるは少し黙った。言葉を探しているようだった。


「あのね。前は、お見合いに行く前、いつも緊張してたの。失敗しないようにって。相手に合わせなきゃって。でも今日は、行く前にね、楽しみだったの」


「楽しみ?」


「会いたいなって思った。失敗するかもじゃなくて、会いたいなって。それ、生まれて初めてかもしれない」


ひまりの目が、熱くなった。


「るるさん、それ」


「うん。わかってる。たぶん、そういうことなんだと思う」


るるの声が、少し照れていた。


「指輪も、ずっと光ってた。藤野さんといる間、ずっと。帰り道も、まだ光ってる」


「よかったね。るるさん」


「うん。ありがとう。ひまりちゃん」


電話の向こうで、るるが笑った気配がした。自然な、やわらかい笑いだった。


電話を切った後、ひまりはスマホを見つめた。


アプリを開いた。


白城のプロフィールが、まだ残っている。削除ボタンは、画面の右上にある。指を伸ばせば、消せる。


消せなかった。


気づいてた。消せていなかった自分に気づいた。


なぜ消せないのかは、もう、わかっている。


許したいのだ。


まだ許していない。でも、許したいと思っている。許したいと思うことは、すでに半分、許しているのかもしれない。


明日、最終戦闘。


明日で、全部終わる。


コンパクトを返す日が来る。指輪を外す日が来る。魔法少女でなくなる日が、来る。


怖い。


でも、怖さの向こうに、何かがある気がする。あの夜、星が見えなくても星はあると思えた、あの夜と同じ感覚。


今は、違う。


見えなくても星はある、ではない。


星はあるのだ。見えないなら、見えるところまで行けばいい。


ひまりはカフェを出た。


夏の宵の東京。日が落ちて、街の灯りがともり始めている。駅前の広場に、夏祭りの提灯が連なって揺れていた。浴衣の若者が、笑いながら通り過ぎていく。風に、屋台のソースの匂いが乗っていた。


来年の夏は。


考えて、やめた。


まず、明日を終わらせる。


スマホが鳴った。鏡花からだった。


「施設から戻るところだ。姉さんが煎餅を三枚食べた。自己ベストだ」


「薫さんも自己ベスト出してるね」


「明日の準備はできているか」


「もちろん。鏡花ちゃんは?」


「できている」


「るるさんは?」


「連絡した。できていると返事が来た。語尾にハートマークがついていたから、機嫌がいいのだろう」


「るるさんがハートマーク。相当、機嫌いいね」


「藤野という男のおかげらしい。借りを作った」


「それ借りって言わないよ。恋っていうんだよ」


鏡花が三秒、黙った。


「明日、六時に管理局集合。遅れるな」


話題を変えた。恋の話になると逃げる癖は、まだ治っていない。


「了解。遅れない」


電話を切った。


明日の朝。


最後の変身。


最後の戦闘。


最後のフォーメーション。


ひまりはポケットのコンパクトに触れた。


ピンクゴールドの角が、指先に当たった。十六年間、いつもポケットにあった感触。


明日で、この感触ともお別れだ。


寂しい。


でも、寂しさの奥に、ほんの少しだけ、楽しみがある。


魔法少女でない蓮見ひまりは、何者になるのだろう。


それを知るのが、少しだけ、楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。