第12話 次の魔法少女
『魔法少女は結婚したい 〜最強すぎて婚活全敗のアラサー三人娘、今日も世界を救ってから合コンに向かいます〜』
第12話 次の魔法少女
「本日はお集まりいただき」
白城がプロジェクターの前に立った。
管理局の会議室。地下二階。窓がない。長机が一つ。パイプ椅子が七脚。プロジェクターの投影面が、やけに白い。会議室というより、取調室に近い雰囲気だった。
三人が並んで座っている。
白城の肩書きは、もう「フリージャーナリスト」ではなかった。正確には、その名刺がいちばんの嘘だったのだ。五年前に調査課が表向き潰された時、白城は管理局を去らなかった。代償をなくすという、調査課が果たせなかった目的のために、彼は海外へ渡った。代償の出ない魔法少女システムを実用化している、海外の魔法少女組織。そこへ留学し、新型指輪の理論と、代償の出にくい適性者を選び出すスクリーニング技術を学んだ。それを日本の制度へ移植する研究を続け、二年前、極秘裏に帰国した。表向きはジャーナリストを名乗りながら、その裏で国内の大学や研究機関と非公式に連携し、新型指輪の設計と次世代候補の選定を進めてきた。今の彼の正式な立場は、管理局の「新世代魔法少女計画」計画主任である。ジャーナリストという顔は、現役世代の代償が実際どこまで進んでいるのかを、当事者から直接知るための隠れ蓑だった。だから彼は今、開発と人選の両方を、この場で語る資格を持っている。皮肉な話だが、三人を最も深く傷つけた男が、三人を救う技術にいちばん近い男でもあった。
ひまりが白城を見ている。目が据わっている。その事情を聞かされてなお、簡単に許す気にはなれない、という目だった。
白城が咳払いをした。
「えー、まず資料を」
「前置きはいいから、本題に入ってください」
ひまりの声が冷たい。白城が一瞬、たじろいだ。世界最強の魔法少女に睨まれる恐怖を、この男は身をもって学んでいる最中だった。
「では、本題に入ります」
スライドが切り替わった。
タイトル。『次世代魔法少女育成計画』。
鏡花が腕を組んだ。るるが背筋を伸ばした。赤城は部屋の隅で、壁にもたれていた。局長なのに、隅にいる。この会議の主導権が自分にないことを、理解しているのだろう。
「次世代の魔法少女候補が、三名います」
スライドに写真が出た。制服を着た少女が三人。
「宮前あおい、十四歳。倉橋凛、十四歳。園田ほのか、十三歳」
「中学生じゃん」
ひまりが呟いた。
「全員、魔力適性検査で最高レベルの数値を記録しています。訓練すれば、半年で実戦投入が可能です」
「半年」
鏡花が繰り返した。
「ただし」
白城がスライドを切り替えた。指輪の断面図。旧型と新型が、並んでいる。
「旧型の指輪では、代償が発生します。あなたたちと同じことが起きる。だから、新型指輪が必要です」
「新型はいつ完成するの」
るるが聞いた。
「三ヶ月後を、見込んでいます」
「三ヶ月」
「その間は、現チームに戦闘を継続していただく必要があります」
会議室が静かになった。
エアコンの音が、やけにうるさい。管理局のエアコンは、常にうるさい。予算が設備に回っていないのだ。怪獣を倒す予算はあるのに、エアコンを直す予算はない。国の組織らしい。
「三ヶ月で新型指輪が完成して、次世代に引き継いで、私たちは引退する。その理解でいい?」
ひまりが確認した。
「はい。引退すれば、代償の進行は止まります」
白城がるるを見た。
「るるさん。あなたには、タイムリミットがあります」
「私の?」
「引退すれば、失われた感情の大部分は戻ります。今なら、九割以上回復可能です。ただし代償は加速的に進行するため、三ヶ月後は七割。半年後は、五割を切ります」
数字が空気を切った。
るるは自分の左手を見た。指輪がかすかに光っている。箱根の夜から、少しずつ光が戻っていた。でも、まだ暗い。
「七割」
「三ヶ月後に引退した場合の、回復見込みです」
「笑えなくなる?」
「笑うことは、できます。ただし、感情の深度が浅くなる。大笑いはできるが、静かな幸福を感じにくくなる可能性があります」
静かな幸福。
一人分の弁当を食べること。温泉に入ること。頭を撫でてもらうこと。
それが、感じにくくなる。
誰も、すぐには口を開けなかった。
ひまりは膝の上で、拳を握っていた。三ヶ月持ちこたえれば、見知らぬ中学生に代償を背負わせずに済む。でも、その三ヶ月で、るるの感情は削れていく。どちらを守っても、どちらかが欠ける。そういう天秤だった。「頑張ろう」とも「やめよう」とも、簡単には言えなかった。
しばらくして、ひまりが顔を上げた。
「その三ヶ月……短くできないんですか」
絞り出すような声だった。
鏡花は黙っていた。
るるも黙っていた。
白城がスライドを進めた。
「候補の三名は全員、自ら志願しています。強制ではありません。ご家族の同意も得ています」
るるの椅子が鳴った。
体が前に出ていた。無意識に。テーブルに手をついていた。
「十三歳の子供の志願を、大人がそのまま受け取っていいの」
声が硬かった。
会議室の空気が変わった。るるの声が硬いことは、珍しい。るるの声は、いつも柔らかい。丸い。温かい。
今は、違った。
「私たちは十五歳の時に志願した。何も知らずに志願した。代償のことも知らなかった。十六年経って、やっと自分たちが何を失ったか知った」
るるが白城を、真っ直ぐに見た。
「あの子たちに、同じことをさせるんですか」
白城の手がわずかに震えた。資料を持つ手。プレゼンの最中に手が震える男を、ひまりはどこかで見たことがある気がした。カフェで。あのカフェで。薫の話をする時に震えていたのと、同じ手だ。
「新型指輪には、代償が発生しません。それが旧型との、決定的な違いです」
「ゼロですか」
鏡花が初めて口を開いた。
「ゼロです。代償のメカニズムは、指輪の構造に起因する。新型では、その構造を根本から変えました」
「その根拠は」
白城がスライドを切り替えた。設計図と数式が画面を埋めた。鏡花が目を細めて読んでいる。ひまりには、一文字も読めなかった。
「海外では、すでに実用化され、代償ゼロが確認されています。ただし、日本人の魔力特性で同じ結果が出るかは、まだ実証されていない。完成後に、国内での検証が必要です」
「日本では、まだ実証されていない。そう言いましたね」
鏡花の声が低い。
「はい」
「ゼロでなかった場合の責任は、誰が取る」
白城が答えた。
「僕が取ります」
赤城が壁から背を離した。
「最終判断は、お前たちに委ねる。これは命令ではない」
三人を順番に見た。ひまり、るる、鏡花。
「引退するかどうか、いつ引退するか、次世代を認めるかどうか。全部、お前たちが決めろ。十六年間、お前たちから選択肢を奪い続けた。これ以上は、奪わない」
赤城の声は、静かだった。
ひまりは赤城の目を見た。上司の目では、なかった。もっと個人的な目だった。父親の目に、似ていた。不器用で、後悔を抱えた、大人の目だった。
白城が付け加えた。
「一つだけ。るるさんの代償について」
全員の視線がるるに向いた。
「今のペースで戦闘を続けた場合」
赤城が引き取った。
「鏡花。お前は現状維持が可能だ。ひまりは外見固定型なので、戦闘の影響は小さい」
「るるは」
「感情応答値が、現在の六割まで落ちる可能性がある」
「それは何を意味する」
「笑えなくなる、境界線だ」
るるが自分の頬に手を当てた。笑う時に動く筋肉。今はまだ、動く。三ヶ月後は、わからない。
「六割って数字、どこから出したんですか」
ひまりが聞いた。
赤城が一瞬だけ、目を伏せた。
「薫のデータだ。薫が笑えなくなった時の数値が、五十八パーセントだった」
鏡花の拳がテーブルの下で握られた。ひまりの手が、鏡花の膝に触れた。大丈夫、と伝えるための手だった。
会議が終わった。
白城がプロジェクターを片付けている。赤城は、すでに部屋を出ていた。
三人は管理局を出た。
夕方の空が赤かった。東京タワーが見えた。ビルの隙間から、先端だけ覗いている。
三人で歩いた。
無言だった。
信号待ちで、止まった。
ひまりが口を開きかけた。
その前に、るるが言った。
「私が、先に引退する」
ひまりの言葉が止まった。
「一人だけ先に抜ける。そうすれば、二人で三ヶ月持たせられるでしょ」
信号が青になった。誰も歩き出さなかった。
「るるが抜けたら、浄化ができなくなる」
鏡花が言った。
「鏡花ちゃんの斬撃と、ひまりちゃんの砲撃があれば、浄化なしでも倒せる。私がいなくても」
「それは戦術の話だ。私が聞いているのは、別のことだ」
鏡花がるるの前に立った。長身が夕日を背にしている。
「一人にしないと、約束しただろう」
「約束したよ。でも、このまま三人で戦い続けたら、私の感情がなくなる。そうなったら、約束の意味もわからなくなる。約束を守れるうちに、抜けたいの」
「それは」
「自己犠牲じゃないよ。自分のために言ってるの。笑えなくなるのが、怖い。ひまりちゃんの冗談に笑えなくなるのが、怖い。鏡花ちゃんのメモに泣けなくなるのが、怖い。だから、抜けたい」
ひまりが二人の間に入った。
百四十センチが、百七十三センチと百五十六センチの間に割って入る。物理的に、無理がある。だがひまりには、無理を押し通す才能があった。
「るるさんの気持ちはわかる。でも、一人で先に抜けるのは反対」
「ひまりちゃん」
「るるさんの感情が減るのは嫌だ。でも、三人がバラバラになるのも嫌だ。どっちも嫌なの。だから、別の方法を探す」
「別の方法って」
「三ヶ月を、短くする。白城さんに、新型指輪の完成を早めてもらう。二ヶ月。いや、一ヶ月半。それなら七割じゃなくて、八割以上戻るでしょ」
「早められるか、わからないよ」
「わからないけど、聞いてみなきゃわからない。聞きもしないで諦めるのは、るるさんの悪い癖だよ」
るるが黙った。
鏡花が隣に並んだ。
「ひまりの案を支持する。白城に交渉する。完成を前倒しさせる。それでも間に合わなければ、その時に改めて三人で決める。三人で」
信号がもう一度、赤になった。一回分の青を全部使って、三人は信号の前で立ち話をしていた。
「三人で、決める」
るるが繰り返した。
「一人で決めない?」
ひまりがるるの顔を覗き込んだ。
るるの目が潤んだ。泣きそうだった。泣けることに、毎回安堵する。まだ泣ける。まだ感情がある。
「一人で、決めない」
小さな声で言った。
信号が青になった。
今度は三人で、歩き出した。
ひまりが携帯を取り出した。白城にメッセージを打っている。
『新型指輪の完成を、前倒しできませんか。一ヶ月半。理由は説明します』
送信した。
三秒で、既読がついた。
十秒後に、返信が来た。
『やります』
二文字だった。
ひまりが画面を二人に見せた。
「やるって」
「根拠も計画もなく、やりますと答える男だな」
鏡花が眉をひそめた。
「でも、やるって言ってるよ」
「無責任とも言う」
「鏡花ちゃん、厳しくない?」
「事実を述べている」
るるが笑った。
声を出して、笑った。
「二人とも、ありがとう」
「礼はいい。白城が間に合わなかったら、殺す」
「殺さないの。るるさん、もう一回言って。殺さないの」
「殺さない。たぶん」
「たぶんは不安だよ、鏡花ちゃん」
三人の声が、夕焼けの街に混ざった。
帰り道、るるが鞄から紙袋を出した。
「これ」
焼き菓子。施設に持っていった、手土産の残りだ。
「薫さんは甘いものが嫌いだったから。二人で、食べよ」
三人で歩きながら、クッキーを食べた。
バター味だった。
るるが「おいしい」と言った。
おいしいと感じた。おいしいと、言えた。
まだ、間に合う。
信号が三つ変わる間に、クッキーはなくなった。




