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想う

 どうした山田? 今日は特に委員会の仕事はないはずだが。


 古雅について?

 ああ。そういうことか。


 まず本当のことを言わなかったのを謝らないとな。

 嘘はつかないように気を付けたつもりだが、真実を告げなかったのならそれは虚言も同然だろう。

 すまなかった。


 それで俺が知っている昔のあいつのことだが。


 一言でいうなら地味な人間だな。

 居るかいないのか分からない。成績もいいし運動もそこそこできるが目立つほどではない。

 だが任せられた仕事はきっちりやるし、周囲への配慮も欠かさない。


 普段は目立たないのに困ったらいつの間にか頼ってる。

 貧乏くじをひく典型的なタイプだな。あいつ自身が意図してそう振る舞っていたのもあるんだろうが。


 まあそんなやつだから、友人にはなれても親友にはなれないと断言できる。


 何故かだと?

 今の古雅の姿が演技だというのは知ったな。

 でも俺が知っている地味な古雅だって、あいつの本性を隠す演技でしかない。

 現に今の女装をやめた古雅だって、俺の知ってる昔の古雅とは違う。


 お互いに友人だと思ってる。

 打算で友人やるほどあいつが薄情な人間ではないと信じてる。

 だが、あいつが俺に本性を見せることはないとも確信してる。


 あいつが踏み込むなと言えば俺は踏み込まない。

 その程度の関係でしかないわけだ。




 九重葵さんとのお話は、結局お互いの立場を確認する程度で終わってしまった。

 彼女が何を言いたかったのか、言葉の端々に感じるものはあったけれどはっきりとしない。


 ただ単純に私へ牽制に来たというよりは、忠告をしに来たという方が近いのかもしれない。

 本当に古雅稜という人を好きでいいのかと確認するような、そんな気遣いともいえるような優しさを含んでいた。


 一方の私は、それらの話をどこか他人事のように聞いていた。

 歌舞伎役者の妻とはなるほど大変だと思ったし、確かに九重さんのような女性ならそれを背負うこともできるだろうと納得する部分もあった。


 その話を聞いて「私には無理そうだなあ」という以外の自身への感情が浮かばなかったことに、しばらくの間気付かなかった。


 どうしてだろうと思い、結婚なんて学生の分際で実感がわくものではないと一般論に逃げそうになる。

 他ならぬ九重さんの存在こそが、そんな逃げを戒めるための楔だというのに。


 古雅稜という人はどんな人だろうか。

 以前までの真実を知らない私だったら、優しくて笑顔が素敵で何事にも余裕があり何でもできる凄い人。

 そんな賛辞の言葉が止まることなく溢れだしたに違いない。


 でも今の私にとって、古雅稜という人はどういう人だろうか。


 自分に厳しく、他人にも厳しい人。

 周囲を安心させるよう笑うのではなく、周囲の喧騒に呆れたように苦笑する人。

 そばに居ると背筋が伸びるような、張り詰めた空気を纏った人。


 それらの評価の頭に「意外に」とつけてしまうのは、私が未だに古雅稜という少女の姿にとらわれているからかもしれない。

 私のよく知る少女の姿は仮の姿で、まるで見知らぬ他人のように思える少年の姿こそが真実の姿だと受け入れることができていない。

 どちらも古雅稜という人間なのだと受け入れる。それこそが古雅先輩の望みだと分かっていても、割り切ることができない。


 そうやって苦悩する私をに対する周囲に人たちの評価は様々だった。


 藤絵先輩は素晴らしいことだとこちらが呆れるほど素顔に称賛した。

 桧さんは苦しいだろうけど古雅先輩のためにと応援した。


 月島先輩は否定も肯定もせず、ただ眉間に皺を寄せて苦々しい顔をしていた。

 蘇芳くんは「おまえ阿呆だろ」と言わんばかりの呆れた視線を向けてきた。


 そしてそうやって悩む私に道を示したのは、意外と言えば意外な人だった。


 お、どうかした山田さん?

 え、古雅さんのこと? それなら何度か話したじゃん。


 ……ああ、そういうこと。

 古雅さんじゃなくて古雅くんのことってわけね。

 うーん、話していいのかな。絶対山田さんの中の古雅さんのイメージ壊れると思うんだけど。


 大丈夫だって?

 ああ、うんそうだよね。

 古雅さんは別に隠すつもりはなかったし、山田さんだって知りたがってる。

 私たちがやってたことは大きなお世話だったって自覚したはずだったんだけどな。


 古雅さんとの付き合いは結構長くてね。

 私が物心ついて道場で転がってる頃には居たんじゃないかな。

 よく覚えてないけど。


 子供ガキの頃の古雅さんは、何というかいじめられてそうな子供だったね。

 見た目は華奢で、いつも何かに怯えてるみたいにビクビクしてて、子供心に何この情けないやつって思ってた。


 今思えば当たり前だったんだよね。

 親元離れて大人に囲まれて習い事のオンパレード。

 うちの親父はお客様扱いなんて絶対しなかったし、きっと他のお稽古のお師匠さんたちもそうだったんだろうし。


 でも逃げることは絶対しなかった。

 怪我しても、泣いても、次の稽古には絶対にでてきた。

 本人は逃げるっていう発想自体がなかったって言ってたけど、それってもう洗脳とか虐待の域だよね。

 そりゃ性格も歪むわ。


 え? うん。めっちゃ歪んでると思うよ古雅さん。

 一度聞いたことあんのよ。そんな縛られたままの人生って辛くないんですかって。

 そしたら「義務は果たす。俺の幸不幸は関係ない」って。


 うん。中二病かよっていうか、普通なら自分に酔ってんのかとつっこみたくなるセリフでしょ。

 でも違うんだよ。あの人平気で嘘つく人だけど、そのときは違うって分かった。

 そう言ってるとき、本当に感情なんて綺麗さっぱり消えてたんだよ。

 もうやると決まってる。なら他は邪魔だみたいな。


 うん。普段はそんな素振り見せないんだよ。

 山田さんに人間関係で思考が止まってるって言ったらしいけどさ、古雅さんはお家のことになると思考が止まるんだと思うよ。

 そうしないと耐えきれなかったんじゃないかな。


 だからさ、古雅さんが女装してイキイキしてるのって、そりゃ演技もあるだろうけど半分素なんだと思うよ。

 女装してるときの自分は別人だって。一度言ってたから。


 だからさ。あの古雅さんの姿は偽物だけど、その全部が全部嘘だってわけじゃないと思うよ。



「もう見てらんない。私副会長殴って来る!」

「うん。ちょっと待って」


 何故か放課後の見回りに付いて来て、ずっと私を観察していた桐生さんが突然ぶちギレて走り出しそうになる。

 いきなりのその行動を、私は自分でもビックリするくらい冷静に引き留めた。


「いきなりどうしたの?」

「だってリオン苦しそうだし! それって副会長が雌雄同体なせいっしょ! だから原因を〆る」

「うん。色々おかしいからちょっとよく考えよう」


 雌雄同体なんて言葉よく知ってるね桐生さん。

 使い方が思いっきり間違ってるけど。


「これは私が悪いだけだから。私が古雅先輩を受け入れられないから」

「だからそれがおかしいんだって! 何で秘密ぶっちゃけた副会長はすっきりしてんのに、リオンは苦しまないといけないの!?」

「それは私が受け入れられ……」

「うがああああ!! だからそこがおかしいんだってば!?」


 私が我ながらぐだぐだと言い訳をしていると、桐生さんが咆えた。

 それはもう通りすがりの生徒たちが身を竦ませるレベルで。


「そうやって自分の中にためこんで、自分が悪いと思い込むのリオンの悪い癖! この場合は副会長を『てめえ紛らわしい趣味してんじゃねえ!』って殴っても誰も文句言わないから!」

「殴るのはダメだと思うよ!?」


 あんまりな言い様に思わず叫び返す。

 しかし桐生さんはまだ言い足りないのか、通りがかった中庭のベンチにドスンと腰かけると言葉を続ける。


「大体リオンの気持ちが分かんない。何で受け入れようと苦労してんの? 受け入れずに『気持ち悪い。無理』って切り捨ててもいいじゃん」

「でもそれだと古雅先輩が……」

「だから! 古雅先輩の気持ちの前にリオンの気持ちはどうなの!?」

「……え?」


 私の気持ち。

 私は古雅先輩が好き。

 泣いていた私を救ってくれたあの人に憧れて、あの人のようになりたいと思った。


 その思いは今でも変わりない。

 古雅先輩が男だとしても、私が救ってくれたあの人が偽りなわけがない。

 そこまで分かっているのに、何故私は前に進むことができていないのだろう。


「大体受け入れようってのが無理なんじゃないの? だって好きな人が実は女じゃなくて男でしたって、衝撃の事実ってレベルじゃないっしょ」

「うん。でも男だって分かってホッとしたところもあるというか」

「うーん。そこは分からないでもないけど。自分がレズかと思ったらノーマルだったってことにもなるもんね。でもさリオン。そうやって無理やり納得しようとしてない? 女の副会長を好きになるのは変だったから、男の副会長を好きになるのが当然だって」

「……」


 そんなことない。

 その短い一言が出てこなかった。


 初めて古雅先輩が男だという可能性を思い浮かべたとき、私は何を思っただろうか。

 私は変じゃなかった。

 そう安堵しなかったと言いきれるだろうか。


 もしそうなら――。


「ねえリオン。アンタ今の副会長を好きだって、胸を張って言える?」


 ――私は古雅先輩が男でよかったと思い込み、かつての古雅先輩への好意を無理やり捻じ曲げてしまったのではないだろうか。



 あ? 何だよ山田。もう護衛なら必要ないだろ。

 古雅さんについて?

 ああ。ようやくちゃんと向き合う気になったのか。


 どういうことだって?

 おまえ自分で古雅さんに依存してたことぐらい分かってんだろ。

 桧は単に恋に恋してるとしか思わなかったみてえだけどな、古雅さんのこと話してるときのおまえ目が危なかったぞ。

 そんなだから古雅さんが男だと分かっても平然と「信じなかった」んじゃねえのか?


 いや、そうだろ。

 古雅さんは自分のことでいっぱいいっぱいで気付いてなかったみてえだけど、あの時のおまえ古雅さんの方見てるようで見てなかったぞ。

 お得意の思考停止してんなあと思ったよ。


 だから今になって理解し始めて混乱してんじゃねえのか。

 古雅先輩が実は男だって表面的な事実だけ受け入れて、肝心なことは考えないようにしてたんだろ。


 古雅さんが男だったてのは、おまえの知ってる古雅さんに新しい事実が追加されるだけなんて単純なことじゃねえ。


 ――おまえが惚れた古雅稜なんて女は居なかった。


 そんな自分にとって一番大切で受け入れたくない事実を、おまえはいつもの悪癖で受け流して考えなかったんじゃねえか?


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