終わり
「古雅さん。アンタ山田のことどう思ってるんだ」
「藪から棒に何だ?」
桧の道場での稽古も終わり、帰宅の途についていた最中。
蘇芳は男の姿をした古雅の背中を見つけると、追いつくなりそんな問いを口にしていた。
「今時珍しい真面目で素直ないい子だな」
「いや、そういうこと聞いてんじゃなくて」
それ以前にアレのどこが真面目で素直なのか。
もしかして自分だけ別のものが見えているのか。そんなことを蘇芳は考える。
「女として好きか嫌いかって聞いてんすよ」
「そりゃ……好きに決まってるだろう。何だ改まって」
「じゃあなんで何もしないんすか?」
「……は?」
蘇芳の言葉に、古雅は本当に何を言われているのか分からないといった表情を返す。
「だから、一緒にどっか遊びに行くとか」
「行ってるぞ。たまにだが」
「それ女装してとか言わないでしょうね?」
「……」
蘇芳の確認に無言で顔を反らす古雅。
あ、こいつダメな奴だ。蘇芳はそう理解した。
「何やってんすかアンタ」
「女装モードじゃないと何を話したらいいのか分かんねーんだよ」
「いや。それじゃあ女装バラした意味ねえだろ」
予想外にヘタレだった先輩の姿に、蘇芳も他人事ながらイラついてくる。
同時にそりゃ山田も踏ん切り付かないはずだと、僅かながら同情心もわいてきた。
山田が古雅の性別をうまく認識できていないうちに、男の姿に慣らしておけばよかったものを。
このまま無駄にメリハリつけて女装と男装を使い分けていたら、山田も両者を別人のように認識してしまうかもしれない。
本人の混乱っぷりを見る限り、既に手遅れかもしれないが。
「どうすんすか。このままじゃ山田までアンタのこと生徒会長みたいに扱いだすっすよ」
「う……それは」
ある種のトラウマをつかれて、古雅は言葉に詰まる。
心当たりはあるのだろう。しかしそれでも動こうとしない。
「はあ。まあここまできたら仕方ねえか。古雅さん」
「何だ?」
「明日山田に呼び出されると思うけど、何を言われても冷静に対処しろよ」
「何されるの俺!?」
あまりに不吉な忠告に、古雅は女装しているときの面影など欠片も見えないほど狼狽えて見せる。
もっともこれが本来の古雅なのだ。身に着けた教養や技能はあれど、性根はそこらの男子生徒とそう変わらない。
「てめえの都合じゃなくて山田のことを考えてください。それが多分一番マシな結果になる」
「……善処する」
蘇芳の本心からの助言に、古雅は釈然としないながらも頷いた。
・
・
・
「もう荒療治しかないんじゃない?」
そんな提案を受けたのは、古雅先輩という存在をどう捉えたらいいのかと悩んでいる最中だった。
多少不自然な形であれど、何らかの方法で古雅先輩との関係に一つの区切りをつけた方がいい。
形が整ってから付いてくる感情もあるのだと。
だから私は、放課後になるなり古雅先輩を呼び出した。
放課後になると人気がなくなる。初めて会った校舎のすぐそばに。
「こんにちは。山田さん」
「こんにちは」
どうやら蘇芳くんに任せた伝言はちゃんと伝わっていたらしく、約束の場所に行くと既に古雅先輩は居た。
見慣れない。男子制服を纏った姿で。
その姿に距離を感じる。
それはきっと私の気持ちのせいだけでなく、古雅先輩が意図したものでもあるのだろう。
明らかに、男の姿の古雅先輩は私と接するときに遠慮がある。
「聞いてほしいことがあるんです」
「うん。何?」
どこか緊張した様子で答える古雅先輩。きっと私も似たようなものだろう。
だけどこのままでは話すことができない。
一つの区切りをつけるためには、この古雅先輩では駄目なのだ。
だから私は、それまでずっと後ろ手に隠していたそれを徐に古雅先輩の頭にかぶせた。
「……」
「……いや。何故に無言でカツラをかぶせたの。というかいつの間にこれ持ってきたの?」
「藤絵先輩に頼みました」
「ああ。これ藤絵さん絡んでるんだ」
私の言葉に何故か思いっきり納得する古雅先輩。
やはりウィッグをかぶせただけでは、あの私が憧れた古雅先輩にはならない。
やはり古雅先輩の演技は凄かったんだなと改めて認識し、そしてそれが悲しい。
私は今から古雅先輩が一番してほしくないことをしようとしている。
でもそうしなければ、私と古雅先輩の関係は歪なまま。
「古雅先輩……大好きです」
「……え?」
「綺麗で、いつも余裕があって優しくて、いつも輝いて見える。そんなあなたが」
「……」
私が言葉を紡ぐたび、古雅先輩の顔から光が消えていく。
そして出てくるのは別の輝き。
きっと古雅先輩も私が何を言うのか察したのだろう。
だからこうやって、最後まで付き合ってくれる決意をしてくれた。
「そんな……素敵な古雅先輩が憧れで、大好きでした。そんな女性である貴女が、好きだったんです」
「……」
目の前に居て、目の前に居ない人へ。私は私の思いを告げた。
絞り出した声は震えていなかっただろうか。
ろくに役目をはたしていない目はちゃんと古雅先輩を見ていられているだろうか。
言ってしまった。
私は古雅先輩の性別なんて気にしないと言ったのに、それを裏切る言葉を言ってしまった。
きっとこれは罰だ。
蘇芳くんの言う通り、ろくに考えずに気軽に古雅先輩への思いを言葉にしてしまった私の罪。
そしてそんな罪を終わりにして前に進むために、私は古雅先輩に断罪されなくてはならない。
それが古雅先輩にとっても辛いことだと分かっていながら。
「山田さん」
「……はい」
しばらくして私の名を呼んだ声は、聞き慣れた女性の声だった。
それに淡い期待を抱いて、すぐに自らの恥知らずな想いを嫌悪する。
「ありがとう」
私を見る古雅先輩の顔はよく見慣れた優しげな少女のもので、そして悲しげにその整った顔は歪んでいた。
「そしてごめんなさい」
ああ、よかった。
古雅先輩は分かってくれた。
私の迷いも、こんなことをした意図も理解して――
「あなたが愛した古雅稜という女は居ないの」
――期待通りに、聞きたくない言葉を言ってくれた。




