第9話 森には道がある
第9話です。
一本の木を切ったあと、森の奥へ続く細い道のような跡を見つけた主人公。
もしかすると、人がいるのかもしれない。
そんな期待を抱きながら、翌朝、その先を確かめに向かいます。
翌朝、目を覚まして最初に思い出したのは、昨日見つけた細い道のことだった。
「……やっぱり気になるな」
焚き火へ薪を足しながら森の端へ視線を向ける。
昨日、一本の木を倒したあとに見つけたもの。
草が細い筋のように踏み倒され、そのまま森の奥へ続いていた。
もしあれが人の通った跡なら、その先に誰かがいるかもしれない。
「村とか……町とか」
そこまで都合よくいかなくてもいい。
人が一人いるだけでも、俺にとっては大きなことだ。
ここへ来てから、建物も煙も、人工物らしいものさえ見つけていない。
「期待しすぎるのも良くないけどな」
昨日作った石斧を持ち上げる。
木を切った時の衝撃で、石を固定している蔓が少し緩んでいた。
「もうか」
巻き直す。
軽く振って確認する。
「武器としては……」
少し考える。
「頼りないよな」
一本の若木を切るのに半日近くかかった道具だ。
大きな獣が出てきたところで、これで立ち向かえるとは思えない。
「戦わないのが一番だな」
危険なら逃げる。
今日はそれを忘れないようにする。
長い枝を杖代わりに持ち、帰り道を失わないよう目印に使えそうな枝も何本か用意した。
「よし」
昨日見つけた場所へ向かう。
改めて見ても、道のように見える。
人一人が通れる程度の幅で草が倒れ、ところどころ地面が露出していた。
「何かが通ってるのは間違いなさそうだな」
一歩踏み込む。
少し歩いたところで振り返る。
まだ空き地が見える。
分かりやすい木へ目印の枝を引っかけ、さらに進んだ。
道のない場所よりずっと歩きやすい。
「人ならいいんだけどな」
そんなことを考えながら歩いていると、足元の湿った土に跡が残っていることに気付いた。
「ん?」
しゃがみ込む。
二つに割れた形。
「蹄……」
水源の近くで見たものと同じように見える。
少し先にも同じ跡がある。
さらに、その先にも。
「…………」
立ち上がる。
「ああ……そういうことか」
期待がしぼんでいく。
「人の道じゃないな」
おそらく、これは獣道だ。
動物が何度も同じ場所を通ることで草が倒れ、道のようになったのだろう。
「そんな都合よくはいかないか」
かなり残念だった。
それでも。
「獣道なら、それはそれで情報にはなるよな」
動物が何度もここを通る理由がある。
水。
餌。
寝床。
あるいは、ただの移動経路。
「もう少しだけ」
太陽はまだ高い。
危険を感じたらすぐに戻る。
そう決めて先へ進んだ。
しばらくして、一本の木の前で足が止まる。
「これ……」
幹に傷があった。
縦へ伸びる、深い傷。
「爪痕?」
空き地の近くで見つけたものと似ている。
だが。
「こっちの方が深いな」
傷の位置も高い。
腕を伸ばしても届かないところまで続いている。
「嫌な感じだな」
石斧を握り直す。
この辺りで引き返す。
その選択肢が頭へ浮かんだ。
でも、周囲に何かがいる様子はない。
「あと少しだけ」
ほんの数歩。
さらに数歩。
そこで足が止まった。
「…………」
地面。
「何だ、これ」
大きな跡がある。
丸みのある形に、肉球のような跡。
さらに、その先には爪らしき細長い線まで残っている。
自分の手を横へ置く。
「……でかすぎないか?」
俺の手のひらより明らかに大きい。
しかも一つではなく、同じ跡がさらに森の奥へ続いている。
「…………」
木々の向こうを見る。
暗い。
何も見えない。
でも。
この足跡を残した何かがいる。
それだけは分かる。
手元の石斧を見る。
昨日、若木一本を切るだけで半日。
「これで戦う?」
想像する。
「無理だな」
即答だった。
この先がどうなっているのか知りたい。
何がこの跡を残したのかも気になる。
でも。
「知りたいけど、死にたいわけじゃない」
立ち上がる。
「今日は戻ろう」
迷わず踵を返した。
目印を辿り、森を戻る。
途中で一度振り返る。
何もいない。
さらに歩き、もう一度振り返る。
やはり何も見えない。
「気にしすぎかな」
そう呟いてから首を振る。
「いや、これくらいでいい」
何かあってからでは遅い。
森の中では、自分で判断するしかない。
やがて木々の向こうが明るくなり、見慣れた空き地が見えてきた。
「あ」
巨大な倒木。
焚き火から上がる細い煙。
「……戻った」
自然と息が抜ける。
「ここ、ちゃんと拠点になってるんだな」
まだ倒木と寝床、焚き火くらいしかない場所なのに、森から戻ると安心する。
地面に描いた地図へ向かった。
「道がこっち」
枝で線を伸ばす。
「蹄の跡」
さらに先へ。
「爪痕」
そして最後に、大きなばつ印をつける。
「ここは危険」
文字を書く必要はない。
俺しか使わない地図なのだから、意味さえ分かればいい。
「しばらく行かない」
行けない、ではない。
「準備ができるまで行かない」
もっと森を知って。
道具を増やして。
逃げる方法や獣への対策を考えられるようになってから。
「その時だな」
人の道ではなかった。
先へ進むこともできなかった。
でも。
「危険な場所が分かったのも成果か」
探索というのは、先へ進むことだけではない。
近付かない方がいい場所を知ることも、生きるためには同じくらい大切なのだろう。
昨日より少しだけ増えた地図の線を眺める。
「一個ずつだな」
今はそれでいい。
森の奥には、俺が知らない大きな何かがいる。
そのことだけは、よく分かった。
第9話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
人の道かもしれないと期待した跡は、残念ながら獣道でした。
そして、その先に残されていた大きな爪痕と巨大な足跡。
主人公は好奇心より安全を優先し、今回は引き返すことを選びました。
危険な場所を知ることも、森で生きていくための大切な成果です。




