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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第一部「森に居場所を作る」第一章「森で目覚めて」

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第8話 一本の木

第8話です。


この場所を当面の拠点にすると決めた主人公。


次に必要なのは、落ちている枝を拾うだけではなく、自分の手で木を加工するための道具でした。


知識としては知っていても、実際に作った経験はありません。


今回は、最初の石斧作りに挑戦します。

「斧が欲しい」


 朝、焚き火を眺めながら考えた末、最初に欲しくなったものがそれだった。


 水はある。


 火もある。


 食べられそうな実も見つけたし、寝床も雨漏りはするが一応ある。


 ここを当面の拠点にすると決めた以上、次は少しでも暮らしやすくしていきたい。


 そう考えた時、真っ先にぶつかったのが木を自由に加工できないという問題だった。


「枝を拾うだけじゃ限界あるよな」


 空き地を見回す。


 落ちている枝ならいくらでもあるが、欲しい長さや太さ、形のものが都合よく転がっているとは限らない。


 森の縁へ目を向ければ、細い木から見上げるほど太い木まで、材料そのものはいくらでも生えている。


「切れれば一気に変わるんだけどな」


 屋根の骨組み。


 寝床。


 薪。


 もっと先なら、柵のようなものだって作れるかもしれない。


 問題は、その木を切るための道具がないことだ。


「斧……」


 欲しい。


 ものすごく欲しい。


 とはいえ、当然ながら店も鍛冶屋もない。


 鉄どころか、金属らしいものすら今のところ一つも見つけていなかった。


「となると……石斧か」


 言葉だけなら知っている。


 昔の人が使っていた道具で、石を刃のように加工し、木の柄へ取り付ける。


 博物館か本か、それともテレビだったか。


 どこで見たのかまでは覚えていないが、形くらいなら頭に浮かんだ。


「作れる……よな?」


 口にした瞬間、自信がなくなった。


 完成した石斧を見たことがあるのと、自分で一から作れるのとでは話がまるで違う。


 ましてや、使える石の種類さえまともに分からない。


「まあ、考えててもできないか」


 試すしかない。


 俺は立ち上がり、昨日改めて確認した岩場へ向かった。


 大小さまざまな石が転がっている。


「石なら山ほどあるんだけどな」


 問題は、どれが使えるのか。


「割れた時に鋭くなるやつ……だったよな」


 石器に使われる石として、黒曜石という名前くらいは知っている。


 割れると鋭い刃になる、黒くてガラスのような石。


 辺りを見回す。


「……ないな」


 目につくのは灰色や茶色、白っぽい石ばかりで、それらしい黒い石は見当たらない。


「あるものでやるしかないか」


 一つ拾う。


 丸い。


「これは違う気がする」


 戻す。


 次は少し平たい灰色の石。


 別の石を持ち、軽く打ちつける。


 ごっ。


「痛っ」


 思った以上の衝撃が腕へ返ってきた。


 肝心の石には、ほとんど傷がついていない。


「硬すぎる」


 もう一度叩く気にはならなかった。


 次は茶色がかった石。


 こん。


 変化なし。


 もう一度、少し力を入れて叩く。


 ぱき。


「おっ」


 割れた。


 期待しながら欠片を拾い上げる。


「…………」


 細かく砕けているだけだった。


「砂利だな、これ」


 刃物どころではない。


「違う」


 次。


 叩く。


 割れない。


 また次。


 今度は粉々になる。


「石選びからこんな難しいのかよ……」


 前世なら、斧が欲しければ斧を買えばよかった。


 ナイフが欲しければナイフを買う。


 その道具を作るために、まず材料となる石を探すところから始めるなんて考えたこともない。


「便利だったんだな、本当に」


 何度目か分からない感想を漏らしながら、それでも石を試していく。


 一つ拾っては叩き、駄目なら脇へ寄せる。


 それを何度も繰り返しているうちに、太陽はかなり高くなっていた。


「腹減った……」


 一度休むことにする。


 見つけておいた橙色の実を少しだけ食べる。


「酸っぱい」


 相変わらず酸味は強い。


 それでも、何も食べられなかった時に比べれば十分ありがたい。


 そのまま水源へ向かい、湧き出した水で喉を潤す。


「……よし」


 空き地へ戻り、石探しを再開した。


 そして何個目になるのか分からなくなった頃、一つの石を拾い上げる。


「……これ?」


 手のひらほどの大きさをした灰色の石。


 一部が欠けており、その断面だけが薄くなっている。


 指先で慎重に触れてみる。


「ちょっと鋭そうだな」


 これまでの石とは少し違う。


 平らな岩の上へ置き、別の石を構えた。


「頼むから粉々になるなよ」


 なぜか石へお願いしてから軽く叩く。


 こん。


 変化なし。


 もう少しだけ強く。


 こんっ。


 ぱき。


「おっ」


 薄い欠片が一枚、剥がれるように落ちた。


「これだ」


 初めて、ただ砕けるのではなく、刃になりそうな割れ方をした。


「慎重に……」


 端を狙い、少しずつ叩いていく。


 こん。


 ぱき。


「あ」


 余計なところまで欠けた。


「…………」


 一瞬、嫌な気分になる。


 でも、石を裏返してみる。


「いや、まだ使える」


 頭の中で想像した綺麗な形へ無理やり近付ける必要はない。


 今ある形から、使えるものにすればいい。


 何度か失敗しながら、それでも形を整えていく。


 やがて。


「……刃物っぽい?」


 左右非対称で、厚さもばらばら。


 博物館に並んでいるような綺麗な石器とは比べるまでもない。


 それでも枝へ当て、軽く擦ってみる。


 ざりっ。


「お」


 樹皮が削れた。


「いける」


 たったそれだけなのに、思わず笑ってしまう。


「次は柄だな」


 森の縁を歩き、使えそうな枝を探す。


 できるだけ真っすぐで握りやすく、石を取り付けても簡単には折れなさそうなもの。


 何本か試した後、ようやくちょうど良さそうな枝を見つけた。


「これならいけそう」


 作った石の刃で、余計な小枝や表面のでこぼこを削っていく。


「切れるけど……遅いな」


 金属製の刃物なら、もっと簡単に削れるのだろう。


 それでも、自分で作った石器を使って木が削れているというだけで少し楽しい。


「次は石をつける場所か」


 柄の先へ石を当てる。


 そのまま縛っただけでは、すぐにずれそうだった。


「溝があった方がいいよな」


 石片を使い、柄の先端を少しずつ削る。


「硬っ……」


 かなり時間はかかったが、ようやく石を差し込めそうな窪みができた。


「こんなもんか?」


 そこへ石を当ててみる。


「お」


 思ったより収まりがいい。


「固定しないとな」


 そこで次の問題。


「紐がないんだよな」


 周囲を見回す。


 目に入ったのは、木へ巻き付くように伸びている細い蔓だった。


「これ使えるか?」


 一本採り、両手で引っ張る。


「結構丈夫だな」


 ただ、そのままでは硬く、石と柄へ細かく巻き付けるには扱いにくそうだった。


「水につけたら柔らかくなる……とか?」


 聞いたことがあるような気はするが、自信はない。


「試せば分かるか」


 蔓を持って水源へ向かい、水へ沈める。


「行ったり来たりしてるな……」


 そのうち、水を持ち運べる容器も本当に欲しい。


 毎回水源へ来るのは、思った以上に面倒だ。


「でも今は斧」


 少し時間を置き、蔓を引き上げる。


「……柔らかくなった?」


 気のせいかもしれないが、さっきより曲げやすい気はする。


 空き地へ戻り、柄へ石を合わせ、蔓を何重にも巻き付ける。


「ほどけるなよ……」


 知っている範囲で結び、余った部分も重ねるように巻き付けた。


 持ち上げる。


 石は落ちない。


「おお」


 形だけなら。


「斧だ」


 嬉しくなり、試しに軽く振ってみる。


 ぶん。


「お」


 もう一度。


 ぶん。


 ぽん。


「…………」


 石だけが飛んでいった。


 手元には、ただの枝。


 数歩先に石。


「……ですよね」


 そんな簡単に完成するわけがない。


 石を拾い、柄を確認する。


「何が悪かった?」


 石をはめる窪みが浅い。


 蔓も上から巻いただけなので、振った時の力で前へ抜けたらしい。


「もう一回」


 窪みをさらに深く削り、今度は薄く剥いだ樹皮を石と木の間へ挟む。


「滑り止めになればいいけど」


 正しいかどうかは分からない。


 それでも試す。


 蔓もさっきより強く引き、何重にも巻き付けた。


「これでどうだ」


 持ち上げる。


 軽く振る。


 大丈夫。


 もう一度。


「抜けない」


 少し期待が高まる。


「じゃあ……実戦」


 空き地の端に、俺の腕より少し太い程度の若木が一本生えていた。


 大木なんて無理だ。


 まずはこれくらいだろう。


 若木の前へ立ち、幹へ手を触れる。


「悪いな、使わせてもらう」


 石斧を両手で握り。


「ふっ」


 振り下ろす。


 ごっ。


「…………」


 木を見る。


 樹皮がほんの少し削れている。


「え、これだけ?」


 もっと、ざくっと入ると思っていた。


「舐めてたな」


 もう一度。


 さらにもう一度。


 何度も振る。


「はぁ……はぁ……」


 木は普通に立っている。


 傷は少し深くなった。


 でも、倒れる気配なんて全くない。


「金属の斧って……すごかったんだな」


 その場へ座り込む。


 手を見ると、柄を握っていた掌が赤くなっていた。


「休憩」


 無理はしない。


 今の身体は以前よりずっと丈夫だが、ここには医者も薬もない。


 怪我はできるだけ避けた方がいい。


 水を飲み、手を冷やしてから戻る。


「たった一本なんだけどな」


 前世なら、機械を使えばあっという間なのかもしれない。


「だからって諦める理由にはならないか」


 少し休み、また若木の前へ立つ。


 今度はただ横から叩くのではなく、少し斜めから同じ場所を狙ってみる。


 反対側からも斜めに。


「確か……こんな感じだったよな」


 正しいかどうかは分からない。


 でも。


「あ」


 さっきより削れている。


「これか?」


 何度か続けては休む。


 腕を振り、水を飲み、また斧を握る。


 本当に大仕事だった。


 腕は痛い。


 汗も流れる。


 それでも、不思議とやめたいとは思わなかった。


 昨日までは見ることしかできなかった木へ、自分の手で働きかけている。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが、形が変わっていく。


「あと少し」


 何度目か分からない一撃。


 ごっ。


 みしっ。


「……ん?」


 木が揺れた。


「来た?」


 少し押してみる。


 みし。


「おお……」


 まだ繋がっている部分へ斧を当てる。


「ふっ!」


 ごっ。


 みしっ。


 若木がゆっくり傾き始めた。


 葉が周囲の枝へ擦れ、大きな音を立てながら倒れていく。


 そして最後に。


 どさっ。


「…………」


 急に静かになった。


 鳥の声。


 葉擦れ。


 焚き火の小さな音。


 その中で、俺は地面へ倒れた一本の木を眺めていた。


「……切れた」


 思わず声が漏れる。


「切れた……!」


 たった一本。


 腕より少し太い程度の若木。


 それを切るだけで、ほとんど半日を使った。


 石を探し、何度も失敗した。


 柄を作り。


 石が飛び。


 作り直し。


 何十回も斧を振った。


 効率なんて、悪いどころの話ではない。


 それでも。


「俺が切ったんだよな」


 倒れた木へ近付き、幹へ触れる。


 切り口はざらざらしている。


 綺麗に切ったというより、何度も叩き潰したような跡だ。


 それでも確かに倒れている。


「……はは」


 笑いが出た。


「やった」


 思っていたより、ずっと嬉しかった。


 前世なら、一本の木を切ることなんて大した作業には見えなかっただろう。


 でも今の俺には、これは大きな一歩だった。


 倒れた木の枝を少しずつ落としていく。


 太い幹。


 細い枝。


 葉。


 樹皮。


「一本でも結構取れるんだな」


 何に使えるのかは、まだ全部分からない。


「とりあえず残しとこう」


 そんなことを考えながら作業していた時だった。


「ん?」


 視界の端に、少し妙なものが見えた。


 空き地の外。


 森の縁。


 草が細い筋のように倒れている。


「何だ、あれ」


 近付いてみる。


 誰かが何度も通ったように、草の倒れた跡が木々の間へ続いていた。


「……道?」


 胸が少し高鳴る。


「人の……?」


 一歩、森の方へ踏み出しかける。


 そこで止まった。


 空を見る。


 太陽は既に傾き始めている。


「駄目だ」


 今から森の奥へ入るには遅い。


 それに今日は、石斧を作って木を一本切っただけで、思っていた以上に身体を使っている。


「明日だな」


 気になる。


 ものすごく気になる。


 もし本当に人の道なら、この先に誰かがいるかもしれない。


「明日、明るいうちに調べよう」


 もう一度だけ、森へ続く細い跡を見る。


 今は今日手に入れた一本の木を片付ける。


「一個ずつだな」


 石斧を握り直す。


 ただの一本だったはずの木が、今の俺には、この空き地へ初めて自分の手で加えた大きな変化のように見えていた。

第8話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は石斧作りと、初めての伐採でした。


完成した道具の形を知っていることと、一から自分で作れることは全く別。


何度も失敗しながら、ようやく一本の木を倒すことができました。


そして最後に見つけた、森の奥へ続く細い跡。


次回、その先を確かめます。

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