第7話 この場所にしよう
第7話です。
初めての雨を経験したことで、主人公は寝床だけではなく、この空き地そのものを改めて見直すことにしました。
ここに居続けるのか、それとも別の場所を探すのか。
初めて自分の意思で「拠点」を選びます。
雨が上がった翌朝、倒木の下から這い出した俺は、朝日に照らされた森を見て思わず目を細めた。
「……いい天気だな」
昨日の雨が嘘のようだった。
葉の先には水滴が残り、朝日を受けてきらきらと光っている。
湿った土の匂いが漂い、時折どこかで雫が落ちる音が聞こえた。
「昨日は散々だったけどな」
振り返り、自分で直した屋根を見る。
枝を組み、大きな葉と樹皮を重ねただけの簡素なものだ。
最初よりは多少まともになったとはいえ、「屋根」と胸を張って呼ぶにはまだかなり怪しい。
「次に雨が来るまでには、もう少し何とかしたいな」
そう呟きながら足元を見る。
「……あれ?」
思ったほどぬかるんでいない。
昨日はかなり強く降っていたはずなのに、空き地には大きな水たまりがほとんど残っていなかった。
しゃがみ込み、地面を指で押してみる。
表面は濡れているが、泥だらけというほどでもない。
「ここ、水はけいいのか?」
今まで気にしたこともなかった。
というより、そんなことを考える余裕がなかった。
水を探し。
火を起こし。
食べ物を探す。
まず今日を生きるために必要なものを手に入れるだけで精いっぱいだった。
「一回、ちゃんと見てみるか」
ここへ来てから、何となくこの空き地を使い続けている。
理由は単純だ。
目を覚ました場所の近くで、巨大な倒木があり、その下へ身体を潜り込ませることができた。
それだけだった。
「別に、ここじゃなきゃ駄目ってわけじゃないんだよな」
荷物と呼べるものもほとんどない。
寝床だって枝と葉を組み合わせただけだ。
今なら別の場所へ移ること自体は、それほど難しくない。
「なら、決める前に確認しとこう」
まずは水。
岩の隙間から湧き出している水源までは、普通に歩けば数分程度だ。
何度も往復したおかげで、今では迷うこともない。
「近い」
それでいて、水辺そのものに寝ているわけではない。
水場には動物が集まりやすいし、雨が続けば周囲が水浸しになる可能性もある。
そう考えると、案外悪くない距離だった。
「次は日当たりか」
頭上を見る。
森の中なのに、この場所だけはかなり空が見える。
おそらく、巨大な木が倒れたことで周囲にも影響が出て、森の中にぽっかりと空間ができたのだろう。
「朝から日が入るのは助かるな」
濡れた服も乾かしやすい。
湿った薪を乾かすことにも使えるかもしれない。
さらに周囲へ目を向ける。
「材料は……いくらでもある」
木。
枝。
葉。
蔓。
巨大な倒木。
今の俺には使い切れないくらいある。
問題なのは、それらを加工する手段がほとんどないことだ。
「石もある」
空き地の端には、小さな岩場がある。
火を起こす時から何度か石を拾った場所で、形も色も違う石がいくつも転がっている。
「水、木、石、日当たり……」
指を折って数える。
「結構いい場所なんじゃないか?」
少なくとも、素人の俺が今考えられる条件はかなり揃っている。
ただし。
「安全かどうかは別だよな」
森へ視線を向ける。
夜には知らない鳴き声が聞こえる。
水源では蹄のような足跡も見つけた。
動物が少ない森ではない。
「今まで直接会ってない方が不思議なんだよな」
そう思うと、少し怖くなる。
「周りも見ておくか」
雨で地面が柔らかいうちなら、足跡も見つけやすいはずだ。
石片を持ち、空き地の縁をゆっくり歩いてみる。
それほど時間もかからず、見覚えのある跡が見つかった。
「またこれか」
二つに割れた蹄の跡。
水源近くで見たものと似ている。
「ここにも来るんだな」
そのままさらに歩いていくと、一本の木の前で足が止まった。
「ん?」
幹に傷がある。
三本の深い線が縦に伸びていた。
枝や石がぶつかった跡というより、何かが引っかいたように見える。
「爪……だよな?」
視線を上げる。
「高いな」
傷の上端は、俺の頭より高い。
前世の知識で最初に浮かんだのは熊だった。
ただ。
「ここ、地球かどうかも分からないんだよな」
熊ならまだ多少の知識はある。
でも、熊に似ただけの別の何かだったら。
「……考えるのやめよう」
余計に怖くなるだけだ。
とはいえ、忘れるわけにもいかない。
「大きい動物がいる可能性あり、と」
覚えておこう。
空き地へ戻った俺は一本の枝を拾い、地面へ簡単な図を描き始めた。
「ここが空き地で、これが倒木」
岩場。
水源へ向かう方向。
昨日の雨で水が流れていった方角。
そして、爪痕を見つけた辺り。
「…………」
一歩離れて眺める。
「地図……いや、落書きだな」
自分で笑う。
それでも、頭の中だけで覚えておくよりはいい。
雨水が流れた跡を見ると、寝床の辺りは周囲より少しだけ高く、雨水は反対方向へ流れていた。
「寝床の場所、案外悪くないのか」
完全に偶然だった。
もし低い場所へ寝床を作っていれば、昨日は寝床ごと水浸しになっていたかもしれない。
「場所選びって大事なんだな」
当たり前のことなのに、自分で経験すると重みが違う。
そして、「場所を選ぶ」という言葉から、一つの景色が頭へ浮かんだ。
「家……」
小さな家。
「いや、早いだろ」
斧もない。
鋸もない。
釘もない。
まともな縄さえない。
今ある道具といえば、不格好な石片くらいだ。
「でも、いつかは欲しいよな」
雨が入らない屋根。
身体を伸ばして眠れる床。
火を安全に使える場所。
水や食料を置いておける場所。
「畑とかも……」
口にしてから、自分で笑った。
「食べられる草すら分かってないのに何言ってんだ」
気が早すぎる。
でも、その想像は楽しかった。
前世では何かをやりたいと思っても、その前に身体の状態を考える必要があった。
できるのか。
疲れないか。
次の日に響かないか。
誰かに迷惑をかけないか。
そうやって、やる前から諦めたことも多かった。
今は違う。
立てる。
歩ける。
石を持てる。
枝を運べる。
昨日なんて、雨の中で自分の手で屋根を直した。
「自分で決めていいんだよな」
もちろん、何をしても安全という意味ではない。
この森で判断を間違えれば、簡単に死ぬかもしれない。
だからこそ。
自分で考え。
自分で選び。
自分で試す。
「……悪くないな」
空き地を見渡す。
倒木の下にある粗末な寝床。
石で囲った焚き火。
集めた薪。
何度も水源へ歩いたことで、ほんの少しだけ草が倒れた道。
数日前なら、ただの森だった。
今だって他の誰かが見れば、ほとんど何もない場所だろう。
でも俺には、少しだけ違って見える。
「ここにしよう」
自然と言葉が出た。
「しばらく、ここを拠点にする」
ずっと住むとは決めない。
いつか人を探したいし、森の外へも行ってみたい。
自分がどこにいるのかも知らなければならない。
それでも、今すぐ何も分からない森を当てもなく歩き回るより、帰る場所を一つ持った方がいい。
「よし」
決めたなら、次だ。
「もっと暮らしやすくしたいな」
屋根。
寝床。
水を運ぶもの。
獣への対策。
食料。
道具。
「多いな……」
考えただけで一気に増えた。
「まあ、一個ずつだな」
水もそうだった。
火も、食べ物も同じだ。
一気に全部手に入れようとするから難しく見える。
「まずは道具か」
岩場を見る。
今の石片では、細い枝や樹皮を削る程度しかできない。
「斧があれば違うんだけどな」
木を切れる。
木材を作れる。
屋根も今よりまともにできるかもしれない。
「……石斧」
作り方は、何となく知っている。
石を刃にして、木の柄へ固定する。
「問題は、その『何となく』なんだよな」
苦笑する。
「試すしかないか」
岩場へ向かう。
昨日までただ地面に転がっていた石が、今日は少しだけ違って見えた。
これから何かを作るための材料だ。
「さて」
一つ拾い上げる。
「こいつは使えるかな」
ただ生き延びるためだけだった時間が、少しずつここで暮らすための時間へ変わり始めていた。
第7話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、この空き地を当面の拠点にすると決めました。
まだ「ずっとここに住む」と決めたわけではありません。
それでも、ただ偶然いるだけだった場所が、少しずつ帰ってくる場所へ変わり始めています。
次回は、初めての本格的な道具作りです。




