第6話 雨
第6話です。
水と火、そして僅かな食料。
少しずつ森での生活に慣れ始めたところで、自然は容赦なく雨を降らせます。
最初に作った寝床が、本当に役に立つのか。
初めての実地試験です。
ぽつ。
「……ん?」
額に冷たいものが当たった。
見上げる。
木々の隙間から見える空は、いつの間にか灰色へ変わっていた。
もう一滴。
ぽつ。
「まずい」
そう口にした直後だった。
ざあぁぁぁぁ――。
「早いって!」
雨は待ってくれなかった。
慌てて倒木の根元へ逃げ込む。
昨日作った簡易的な屋根。
枝を斜めに立てかけ、その上へ大きな葉を重ねただけのものだ。
「頼むぞ……!」
最初の数十秒は意外と耐えていた。
葉へ落ちた雨粒が表面を流れ、外側へ落ちていく。
「お、意外と――」
ぽた。
「…………」
頭へ落ちた。
次は肩。
そして。
ぽた、ぽたぽた。
「全然駄目だ!」
葉と葉の隙間から雨が入る。
枝を伝った水も落ちる。
風が吹けば横から雨が吹き込んでくる。
あっという間に寝床の端が濡れ始めた。
「火!」
思い出して外へ飛び出す。
焚き火はまともに雨を受け、小さくなっていた。
「消えるな、消えるな……!」
まだ火の残る太めの枝を持ち上げ、倒木が少し張り出している場所へ移す。
その近くへ、雨を避けて置いていた乾いた葉と枝を追加する。
息を吹きかける。
煙が顔へまともに流れてきた。
「げほっ……!」
目に染みて涙が出る。
それでも火を消すわけにはいかない。
最初の日、火を起こすためにどれだけ苦労したか。
もう一度、最初から挑戦するのはできれば避けたい。
「頼む……」
ふう。
ふうっ。
小さな炎が戻る。
「よし……!」
何とか火を残せた頃には、服はかなり濡れていた。
「寒……」
日中は暖かかった。
だが、濡れた服に風が当たると一気に身体が冷える。
今が春なのか夏なのか、そもそも季節すら分からない。
それでも、濡れた状態で体温を奪われ続けるのが危険だということくらいは知っている。
「低体温……」
今の身体が以前より丈夫だからといって、無理をしていい理由にはならない。
「屋根、どうにかしないと」
周囲を見る。
雨の中でも使えそうなもの。
そこで、倒木の表面に目が止まった。
一部の樹皮が大きく浮いている。
「これ、使えないか?」
手で引っ張ってみる。
硬い。
これまで使っていた不格好な石片を隙間へ差し込み、少しずつこじる。
「硬いな……!」
何度も繰り返す。
やがて、腕ほどの幅がある樹皮が一枚剥がれた。
「葉よりは絶対ましだろ」
もう一枚。
さらに、無理なく剥がせそうな部分を探す。
採れた樹皮を屋根の枝へ重ね、その隙間へ大きな葉を差し込んでいく。
「角度も……もう少し急にした方がいいよな」
水が上へ溜まるのではなく、そのまま下へ流れるように枝の位置を変える。
「どうだ?」
中へ入る。
ぽた。
「まだ漏るか」
でも、さっきとは全く違う。
漏れている場所を確認し、その上へさらに葉や樹皮を重ねる。
外へ出る。
直す。
中へ戻る。
また漏れているところを探す。
それを何度も繰り返した。
「何やってるんだろ、俺……」
雨を防ぐために屋根を直しているはずなのに、屋根を直すために自分がずぶ濡れになっている。
少し笑いたくなる。
それでも手は止めない。
やがて。
「……よし」
完全ではない。
端からはまだ雨が入る。
それでも、少なくとも寝る場所の中心はかなり守れるようになった。
小さな火も残っている。
「服……」
濡れた上着を絞る。
「脱いで乾かした方がいいよな」
一瞬だけ迷った。
辺りを見る。
もちろん誰もいない。
「今さら恥ずかしがる相手もいないか」
上着を脱ぎ、火から少し距離を取った枝へ掛ける。
近すぎれば燃えるかもしれないので、時々位置を変えながら乾かすことにした。
身体を火へ向ける。
「あったかい……」
火がなければ、今日はかなり危なかったかもしれない。
雨はその後もしばらく続いた。
屋根を打つ音を聞きながら、俺は狭い寝床で膝を抱える。
「散々だな」
屋根は漏れた。
火は消えかけた。
服は濡れた。
寒かった。
予定していた作業なんて何一つできていない。
それなのに。
「……楽しいんだよな」
自分で言って、自分で少し笑った。
失敗した。
だから直した。
直したら、さっきより少しだけ良くなった。
たったそれだけのことが、妙に楽しい。
前世では、やってみたいと思っても、身体のことを考えて始める前から諦めることが多かった。
今は違う。
失敗できる。
失敗しても、もう一度試せる。
「その当たり前が、こんなに楽しいとはな」
やがて雨音が少しずつ弱くなった。
屋根の外へ顔を出す。
森全体が濡れている。
葉の先から水滴が落ち、雨の前より空気が澄んでいるように感じた。
「明日、ちゃんと見直そう」
屋根。
寝床。
火を雨から守る場所。
「やること増えたな」
でも、それでいい。
「一つずつだ」
雨上がりの空き地を見回す。
ここへ来た最初の日は、ただ夜を越せればいいと思っていた。
それが今は。
「もう少し、暮らせる場所にしたいな」
自然と、そんなことを考えるようになっていた。
第6話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は初めての雨でした。
一度作った屋根も、実際に雨が降ってみれば問題だらけ。
失敗し、それを直し、少しだけ前より良くする。
主人公の開拓は、そんな繰り返しで進んでいきます。




