第81話 使えない
自分の属性すら知らないユウマ。
その反応を不思議に思ったエルネアは、まず本当に魔法を使えるのか、最初のところから確かめてみることにします。
エルネアはしばらく俺を見ていた。
さっきまで採取した植物を見ていた時とは違う。
何かを考え込むような目だった。
「そんなに変?」
「自分の属性が分からない人には、あまり会ったことがない」
「じゃあ、調べれば分かる?」
聞くと、エルネアはすぐには答えず、少し視線を落とした。
腰の辺りに下げた採取袋を確かめ、それから空を見る。
陽はまだ高いものの、ここから互いの戻る場所まで歩く時間を考えれば、長く話し込むほどではない。
「試すだけならできるけど」
「今?」
「今日は遅くなるから、ちゃんとやるなら明日の方がいい」
そう言って、エルネアは鞄を肩へ掛け直した。
俺も周囲を見る。
ハクアは少し離れた場所でこちらを待っている。
「じゃあ明日?」
「細沢の手前なら行く」
「分かった」
約束らしい約束をしたのは、これが初めてかもしれない。
また会えたら、ではない。
明日、同じ場所へ行けばエルネアがいる。
それだけのことなのに少し変な感じがした。
「忘れないでね」
「忘れないよ」
返すと、エルネアは俺の顔を一度見てから森の奥へ向きを変えた。
「石を見に来たことは忘れてたでしょう?」
「……あれとこれは別」
銀色の髪が揺れる。
少しだけ笑っているように見えた。
俺もハクアへ声をかけ、拠点へ戻る。
◇
帰ってからも、何度か手を見た。
「魔法か」
掌を上へ向ける。
何も起こらない。
当然だ。
やり方を知らないのだから、手を出しただけで何か起こるわけもない。
「風」
言ってみる。
やっぱり何もない。
少し離れたところで伏せていたハクアが顔を上げた。
「いや、今のは違う」
自分でも何が違うのか分からない。
ハクアはしばらくこちらを見ていたが、興味を失ったようにまた顔を伏せた。
「明日聞けばいいか」
火へ枝を足す。
考えても、知らないものは分からない。
それより今は、夕方の作業を終わらせる方が先だった。
乾かしている草を確認し、水を使い、少なくなっていた薪を雨避けの下へ移す。
いつもと同じことをしているうちに、さっき見た風魔法のことも少し頭の端へ移った。
魔法がなくても火はつく。
水も運べる。
草も切れる。
今までずっとそうしてきた。
ただ、使えるなら便利そうだとは思う。
「土飛ばすだけでも楽だよな」
石の刃についた汚れを落としながら呟く。
それくらいの気持ちだった。
◇
翌朝。
いつもより少しだけ早く支度が終わった。
急いだつもりはなかったが、細沢へ向かうと決めていたからかもしれない。
「行くぞ」
ハクアが森へ入る。
西の緩尾根を越え、湿地へ下る。
昨日より空は明るく、風も弱かった。
歩きながら掌を一度見る。
やっぱり何も感じない。
「そりゃそうか」
ハクアの耳がこちらへ向いた。
「まだ何もしてない」
誰に説明しているのか自分でも分からない。
湿地を抜け、細沢に近づく。
以前から休む時に使っていた乾いた場所へ出ると、先に銀色の髪が見えた。
エルネアは倒木の近くに立っていた。
「来た」
「約束したから」
近づきながら答える。
「忘れてなかった」
「今日はね」
「石のこと、まだ言う?」
エルネアの口元が少しだけ動く。
軽いやり取りを終えると、俺は荷物を下ろした。
ハクアは少し離れた草の上へ向かい、そこで伏せる。
もうエルネアがいるだけでは、強く警戒する様子もない。
「それで、何すればいい?」
「まず座って」
言われた通り、乾いた地面へ腰を下ろす。
エルネアは正面ではなく、少し横へ座った。
昨日みたいに風を出すのかと思ったが、その気配はない。
「魔法を出す前に、自分の中の魔力を感じられるか確かめる」
「魔力」
言葉は分かる。
けれど、自分の中にそれがあると言われても実感はなかった。
「何か動いてる感じ?」
「人によって言い方が違うから、それを先に決めない方がいい」
「なるほど」
エルネアらしい答えだった。
決まった感覚を教えて、それに無理やり合わせるより、自分で見つけた方がいいらしい。
「目を閉じた方がいい?」
「その方が余計なものは気にならないと思う」
目を閉じる。
森の音が少し近くなった。
細沢の水。
葉の擦れる音。
どこかで鳥が鳴いている。
少し離れたところでは、ハクアが草を踏んだような小さな音もした。
自分の中。
そう言われても、どこを探せばいい。
胸。
腹。
腕。
足。
まずは息を整えてみる。
吸う。
吐く。
「…………」
分からない。
心臓が動いているのは分かる。
呼吸に合わせて胸や腹が動くのも分かる。
座っているせいで足へ体重がかかっている感覚もある。
それ以外。
魔力と言われて思い当たるものはなかった。
「何かある?」
「心臓」
「それは魔力じゃない」
「だよな」
目を開ける。
エルネアは笑ってはいなかった。
本当に確認している顔だ。
「他は?」
「腹減ってる感じが少し」
「…………」
「これも違う?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
少しだけ空気が緩む。
エルネアは一度考えてから、今度は自分の手を前へ出した。
「じゃあ、場所を決めてみようか」
「手?」
「掌に何か集めるつもりで」
俺も片手を上へ向ける。
昨日、風魔法を見た時と似た格好だ。
ただし、何を集めるのかは分からない。
「出すんじゃなくて?」
「まだ出さなくていい。そこに集まるものがあるかだけ」
「分かった」
もう一度目を閉じる。
右の掌へ意識を向けた。
集める。
何を。
それは分からないまま、とにかく身体の中から手の方へ何かが動くところを想像する。
「…………」
しばらく待つ。
指先が少し温かい。
でも、それは手を上げているからかもしれない。
「何か分かった?」
「手が温かい」
「動く感じは?」
「ない」
目を開ける。
掌には何もない。
空気も動かなかった。
エルネアは俺の手ではなく、顔を見ている。
「もう一回」
「やり方変える?」
「少し」
今度は手を上げない。
力を入れすぎないようにして、ただ身体の内側へ意識を向ける。
言われた通りにやっているつもりだった。
けれど、やっぱり分からない。
水を飲んだ時に腹へ入っていく感覚なら分かる。
走ったあとに心臓が速くなるのも分かる。
寒ければ身体が縮こまる。
火へ近づけば皮膚が熱くなる。
そういう感覚とは違う何かを探しているのだろうが、見つからなかった。
「…………」
時間だけが過ぎる。
途中で一度、ハクアが近くへ来た。
鼻先を俺の膝の辺りへ向け、それからエルネアを見る。
「今、集中してる」
小声で言う。
ハクアは俺を見たあと、その場へ座った。
「そこにいるの?」
答えはない。
目を閉じ直す。
しばらくして。
「無理」
諦めて目を開けた。
「何も分からない」
エルネアはすぐに返事をしなかった。
俺の顔を見てから、自分の手へ目を落とす。
「やりにくい?」
「やりにくいかどうかも分からない」
「そっか」
短く答え、少し考え込む。
それからもう一度、いくつかやり方を変えて試した。
座り方を変える。
手を出さずに意識する。
掌へ集中する。
身体全体を意識してみる。
どれも結果は同じだった。
何かが流れる感じも、集まる感じもない。
まして昨日のエルネアのように、風が生まれる気配など少しもなかった。
「…………」
最後の一回を終えて、俺は腕を下ろす。
「駄目だな」
「うん」
エルネアが珍しくすぐ同意した。
「そこは否定してくれてもよくない?」
「何も感じないんでしょう?」
「何も」
それなら仕方ない。
俺自身が一番分かっている。
魔法らしいものは、何一つ起きなかった。
エルネアは膝を抱えるでもなく、地面へ片手をついたまま考え込んでいる。
研究している時に見せる顔に近い。
「つまり、俺は属性がない?」
「そこまでは言えない」
「でも使えない?」
聞くと、エルネアは少しだけ眉を寄せた。
言葉を選んでいるらしい。
「少なくとも、普通のやり方では使えてない」
「普通のやり方」
「今やった方法で何も分からないのは、かなり珍しいと思う」
断定はしなかった。
使えない、と言い切るのではなく、今分かった範囲だけを言っている。
俺は自分の手を見る。
昨日までは、魔法を使えるかどうかなんて考えたこともなかった。
使わなかった。
それだけだった。
でも今は違う。
使おうとしてみた。
何度か試した。
それでも何も起きない。
「じゃあ、使わなかったんじゃなくて」
掌を握る。
「使えないのかもしれないのか」
口にすると、少しだけ実感が増した。
エルネアは黙っている。
否定もしない。
ただ、考え込む目だけがこちらへ向いていた。
「まあ」
俺は手を下ろした。
「今まで使わずにやってきたし」
「…………」
「火もつくし、水も運べる」
ハクアを見る。
「ハクアもいるし」
白い耳が動く。
困っていない、と言えば嘘になる。
魔法が使えれば便利そうだ。
昨日見た風だけでも、乾燥や掃除に使えそうだった。
けれど、今日突然使えないと分かったからといって、昨日までの生活が消えるわけではない。
「だから、今すぐ困るわけじゃないな」
そう言うと、エルネアの表情がまた変わった。
「何?」
「その反応」
「変?」
「少し」
最近よく言われる。
俺には普通でも、エルネアにはそうではないらしい。
「使えないなら仕方ないだろ」
「普通は、もう少し気にすると思う」
「気にはしてる」
俺は沢の方を見る。
水は昨日と同じように流れている。
「でも、使えるようになるまで何もできないわけじゃないし」
今までだって、分からないことばかりだった。
食べられるか分からないものは少しずつ試した。
道が分からなければ目印をつけた。
雨が入れば溝を掘った。
石しかなければ石を使った。
魔法も似たようなものだと思う。
使えないなら、その状態でできる方法を探すしかない。
「…………」
エルネアは俺を見ていた。
その視線が、少しずつ研究の時のものへ変わっていく。
「今、何考えてる?」
「まだ分からない」
「また?」
「分からないものを決めつけたくないから」
それはエルネアらしい。
俺もそれ以上は聞かなかった。
ただ、エルネアは完全には考えるのをやめていないようだった。
俺の手。
顔。
周囲の森。
順番に視線を動かしている。
「魔力を感じないなら……」
小さく呟く。
「何?」
「取り込み方が普通と違うのかもしれない」
「何を?」
尋ねると、エルネアはすぐ首を振った。
「まだ仮の話」
「分からない?」
「分からない」
それ以上は説明しなかった。
俺も今はそれでいいと思った。
分からないものを説明されても、たぶん分からないことが増えるだけだ。
けれどエルネアの目は、さっきより真剣だった。
「でも」
「ん?」
「それなら、何で普通に動けてるの……」
最後の方は独り言に近かった。
「動いてるけど」
「そうなのよね」
妙な返事だ。
俺には、森を歩いていることと魔法が使えないことがどうつながるのか分からない。
エルネアには何か引っかかっているらしい。
「また変なこと見つけた?」
「見つけたというより、増えた」
「何が?」
「分からないこと」
今度は俺が少し笑った。
「研究者なのに?」
「研究者だから増えるの」
「そういうもの?」
「そういうもの」
短いやり取りのあと、エルネアはようやく少し表情を緩めた。
ハクアも立ち上がる。
ずっと待っていて飽きたのか、細沢の方へ歩き始めた。
「ハクアが行くって」
「そうね」
俺も荷物を持ち上げる。
今日分かったことは一つ。
俺は魔法を知らなかっただけではない。
少なくとも、エルネアが教える普通のやり方では使えない。
理由はまだ分からない。
なら、それは今のところ、それだけだ。
「行くか」
声をかけると、ハクアが振り返った。
俺はその後を追う。
隣を歩き始めたエルネアは、しばらく何も言わなかった。
たぶんまだ考えている。
俺よりずっと、俺が魔法を使えないことを気にしながら。
第81話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
エルネアに教わり、最初歩の方法から魔法を試したユウマ。
何度か方法を変えても魔力らしい感覚をつかめず、普通のやり方では魔法を使えていないことが分かりました。
ただし、その原因はまだ分かりません。
ユウマ自身よりも、エルネアの方がその違和感を強く意識し始めています。




