第62話 紐には遠い
第62話です。
湿地から持ち帰った、簡単には切れない草。
今日は裂いて、撚って、乾かして。
今まで使ってきた植物繊維と同じように扱えるのか、少しずつ試します。
朝、火を起こして水を飲んだあと、俺は雨避けの下へ置いていた草を取り出した。
「さて」
昨日、湿地から持ち帰った四本。
細枝の上へ渡しておいたので、地面の湿気は直接吸っていない。
一本持ち上げる。
「昨日より軽い?」
手の中で少し動かす。
気のせいかもしれない。
でも、採った直後に感じた重さは少し減っているような気がした。
表面を指で撫でる。
「まだ湿ってるな」
乾いてはいない。
曲げてみても、簡単には折れなかった。
「まず、これか」
一本を作業面へ置く。
昨日、茎が裂けた時に中から出てきた細長い繊維。
あれをもう一度取り出してみる。
石片の先を茎へ当てる。
「切るんじゃなくて……」
縦へ。
軽く傷をつける。
そこへ爪を入れた。
「…………」
茎の表面が少し開く。
「ここから」
両手でゆっくり引く。
ざり。
「お」
昨日と同じ。
茎が縦へ裂けていく。
ただ。
「真っすぐいかないな」
途中から片側が細くなっていた。
そのまま引くと。
「あ」
細い方だけ途中で千切れた。
「力入れすぎ?」
残った茎を見る。
まだ幅がある。
「もう一回」
今度は少しずつ。
左右を見ながら裂く。
「…………」
さっきより長い。
最後までとはいかないが、手の長さよりかなり長い繊維の束が取れた。
「これなら」
指でつまむ。
昨日見た時より、表面に植物の柔らかい部分がついている。
「これ邪魔だな」
爪で軽く擦る。
少し落ちる。
もう一度。
「…………」
全部をきれいに取ろうとすると、繊維まで細く裂けてしまいそうだった。
「今はこのくらいでいいか」
何本か取る。
太いもの。
細いもの。
途中で切れたもの。
「揃わないな」
並べると、かなりばらばらだった。
池の近くで採っている葦に似た植物も、最初から綺麗な繊維になるわけではない。
細く裂き。
使えそうなところを選び。
何本かを撚る。
「同じようにやってみるか」
比較的長く取れた二本を持つ。
指先で重ね。
撚る。
「…………」
する。
「あれ?」
もう一度。
指を滑らせる。
するり。
「滑るな」
昨日感じた通り、まだ水分が多い。
指で挟んでも、繊維同士がまとまる前にずれていく。
「押さえてれば……」
強めにつまみ。
撚る。
一応、形にはなる。
「よし」
手を離す。
「…………」
戻った。
「ああ」
撚った部分が緩み、二本が少しずつ離れていく。
「これ駄目か」
もう一度試す。
今度は強く。
「…………」
撚る。
押さえる。
さらに撚る。
「これなら?」
片手を離す。
少し保つ。
「お」
もう一方も離す。
じわ。
「…………」
緩んだ。
「駄目だな」
完全に元へ戻るわけではない。
でも、紐として使えるほど形を保ってくれない。
指先も少し濡れていた。
「水、多いんだな」
繊維を置く。
別の一本を裂く。
「じゃあ」
以前使っていた繊維を思い出す。
乾きすぎて硬くなった時は、少し湿らせた方が扱いやすかった。
「逆に、これも一回やってみるか」
すでに湿っている。
だから意味がない気もする。
でも。
「やらないと分からないし」
水をほんの少しだけ指へつける。
新しく裂いた繊維の表面を軽く撫でる。
「…………」
さっきより濡れた。
「当たり前だな」
自分でやっておいて笑う。
それを二本重ねる。
撚る。
「…………」
するり。
「ああ」
やっぱり滑る。
むしろ指から逃げやすくなった気さえする。
「前のやつとは違うな」
池の植物から取った繊維は、乾きすぎて硬くなれば少し水分を戻すことで曲げやすくなった。
でも、今目の前にあるものは。
「最初から水が多い」
湿らせて良くなる段階ではないらしい。
「同じやり方じゃ駄目か」
濡らした繊維を脇へ置く。
「じゃあ、乾かす?」
昨日から少しは乾いている。
でも、まだ滑る。
「もう少しだけ」
火を見る。
近くへ置けば早い。
そう考えて、すぐに手が止まった。
「近すぎるのは怖いな」
魚を乾かした時も。
火へ近付けすぎれば、乾かすというより焼けた。
「こっち」
焚き火から少し離れた場所へ、裂いた繊維を何本か並べる。
別の数本は、さらに離れた雨避けの下。
「比べるか」
近め。
遠め。
そして、生に近いままのもの。
「これなら違い分かるだろ」
すぐ結果が出るものでもない。
「待ってる間に飯だな」
朝の残りを口へ入れる。
ハクアは倒木の横にいた。
「ハクア」
白い顔がこちらを向く。
「今日はどっか行かないの?」
耳が動く。
「いや、好きにしてていいけど」
ハクアはこちらを見たまま。
「俺は今日はここ」
作業面に広げた草を指す。
「これやるから」
白い顔が草の方へ向く。
少し鼻を動かしたあと。
興味を失ったように前脚へ顎を戻した。
「そうだよな」
俺も笑う。
「見てても面白くないよな」
食事を終え。
石斧の固定を確認する。
薪を少し整える。
水の残りを見る。
いつものことをしているうちに、時間が経った。
「そろそろ?」
火に近い方の繊維へ触れる。
「…………」
表面がさっきより乾いている。
指へ水気がほとんどつかない。
曲げる。
「まだ曲がる」
次に、遠くへ置いた方。
「こっちは」
少し湿っている。
採った直後よりはまし。
でも、火に近かったものより柔らかく、表面も少し滑る。
「違うな」
二つを並べる。
「まず、こっち」
火の近くで少し乾かしたものを二本取る。
重ねる。
指で撚る。
「…………」
今度は。
「お」
滑りにくい。
指を動かすと、二本が互いへ巻きつくようについてくる。
「これだ」
さらに撚る。
「…………」
手を離す。
少し緩む。
でも。
「さっきより全然いい」
生の状態では、離した途端にかなり戻っていた。
今は粗いながらも、撚った形が残っている。
「乾かした方がいいのか」
全部ではない。
まだ一本だけだ。
「もう一個」
同じくらい乾いたものを取る。
今度は三本。
「三本だと?」
まとめる。
撚る。
「あ」
途中で一本が外れた。
「多いか」
やり直す。
最初の重ね方を長くする。
「ここから」
指で押さえ。
撚る。
一本。
もう一本。
「…………」
少し形になる。
「難しいな」
太さが揃っていないせいで、太いところと細いところができる。
片側だけが強く巻かれ、別の場所は緩い。
「これ、紐って言える?」
手の中にあるものを見る。
「…………」
見た目だけなら。
かなり怪しい。
「いや、今はいいか」
短い。
太さもばらばら。
それでも二本、三本の繊維がまとまっている。
「引っ張ったら?」
両端を持つ。
軽く。
「…………」
切れない。
もう少し。
「ん」
細いところが伸びる。
「ここ弱いな」
さらに力を入れる前に止める。
「切れるまでやる必要ないか」
まだ試作品だ。
何かを縛るつもりもない。
「次」
遠くへ置いた、まだ少し湿った繊維。
これも二本重ねる。
撚る。
「…………」
生よりはいい。
でも。
さっきより滑る。
「こっちはまだ早い?」
手を離す。
少し大きく緩む。
「乾かし方で違うんだな」
当たり前と言えば、当たり前なのかもしれない。
でも。
今まで。
乾いている。
濡れている。
それくらいでしか考えていなかった。
「間があるのか」
湿っている。
少し乾いている。
もっと乾いている。
「…………」
火に近い方を見る。
「じゃあ、もっと乾かしたら?」
少し興味が出た。
何本か残っている。
「一本だけ」
試してみる。
裂いた繊維を、さっきより火へ近い場所へ置く。
「燃えないところ」
炎からは離す。
熱だけが強く感じるくらい。
「これで」
他の作業をしながら待つ。
途中で一度触る。
「熱い」
指をすぐ離す。
「近すぎ?」
少し遠ざける。
それでも、さっきまでのものより早く水分が抜けているように見えた。
「もうちょっと」
待つ。
その間に。
半分くらい乾いた繊維で、もう一度撚る。
「二本」
まず短く。
重ねる。
「ここ押さえて」
撚る。
指を少しずつ進める。
「…………」
前の植物繊維を扱った時と同じように。
途中へ別の繊維を重ねてみる。
「長めに重ねる」
以前。
短い繊維をつなごうとして、何度も途中から抜けた。
だから、少し長く重ねる。
「このくらい?」
撚る。
最初の束と一緒に巻き込む。
「…………」
一応つながった。
「お」
もう少し。
撚る。
手を離す。
「…………」
残る。
「できた?」
持ち上げる。
短い。
手のひらから少しはみ出すくらい。
紐と呼ぶには、かなり頼りない。
「でも」
両端を持つ。
軽く引く。
「…………」
つながっている。
「一応」
もう少し引く。
ぷつ。
「あ」
途中から切れた。
「…………」
切れたところを見る。
つないだ場所ではない。
細く裂けていた部分だった。
「ここか」
太さが揃っていない。
一本が細くなったところへ力が集中したらしい。
「駄目だな」
でも。
捨てずに横へ置く。
「何が駄目だったかは分かる」
細すぎるところ。
太さ。
撚りの強さ。
それから乾き方。
「多いな」
一気に全部を直すのは無理そうだ。
「まず、乾き方かな」
今のところ。
生のままは滑る。
少し湿ったものも、まだ緩みやすい。
ある程度乾いたものは扱いやすかった。
「で」
さっき火へ近付けた一本を見る。
「これはどうなった?」
手に取る。
「あ」
さっきとは感触が違った。
軽い。
表面も乾いている。
「かなり乾いたな」
曲げる。
「…………」
少し硬い。
もう少し曲げる。
ぱき。
「あ」
手の中で短く折れた。
「…………」
断面を見る。
昨日。
あれだけ曲げても、繊維が残って簡単には切れなかった草。
それが。
「折れるんだ」
もう一度。
別の部分を曲げる。
ぱき。
「乾かしすぎ?」
細い繊維は残るものの、昨日ほど粘らない。
撚ってみる。
「…………」
硬い。
無理に曲げると。
ぷつ。
「ああ」
今度は完全に切れた。
「これも駄目」
火へ近ければ早く乾く。
早く乾けば使いやすい。
そんな単純な話ではなかった。
「湿りすぎると滑る」
生の繊維を見る。
「乾かしすぎると折れる」
今、切れたもの。
「その間?」
さっき比較的うまく撚れたものを持つ。
まだ少し柔らかい。
触っても濡れた感じはほとんどない。
曲げても折れない。
「これくらい」
同じ草でも。
状態によって全然違う。
「面倒だな」
言いながら。
少し笑った。
「でも、分かった」
何も分からないよりはいい。
昨日は。
切れない草だった。
今日は。
濡れていると滑る草。
乾かしすぎると折れる草。
その間なら少し撚りやすい草。
「増えたな」
分かることが。
少しだけ。
作業面に並べる。
左。
まだ湿っているもの。
中央。
少し乾いたもの。
右。
乾かしすぎて折れたもの。
「これなら次も比べられる」
全部を一緒にしてしまうと分からなくなる。
それぞれ離して置く。
ハクアが立ち上がった。
「ん?」
白い身体が森の方へ向く。
「行くの?」
一度こちらを見る。
「気をつけてな」
そのまま木々の間へ入っていった。
俺は手元へ戻る。
「さて」
少し乾いたものがまだある。
「もう一本くらい」
今度は、なるべく太さが近い繊維を選ぶ。
「これ」
一本。
「これも」
二本目。
長さも近い。
端を重ねる。
「最初から強くやらない」
軽く撚る。
一度形を作る。
それから少しずつ強くする。
「…………」
指を進める。
撚る。
押さえる。
また撚る。
「今度は」
さっきより均一に見える。
完璧ではない。
太いところはあるし。
細いところもある。
「でも、ちょっとマシ」
途中で短い繊維を足す。
長めに重ね。
巻き込む。
「…………」
少し緩む。
「待て」
指で押さえ直す。
「ここ」
もう一度撚る。
「…………」
つながった。
長さは。
両手を少し広げたくらい。
「短いな」
でも。
さっきより長い。
「引っ張るぞ」
両端を持つ。
軽く。
「…………」
大丈夫。
もう少し。
「ん」
一部が伸びる。
「ここ弱い」
止める。
「でも切れてない」
結ぶことは。
「…………」
試しに。
細い枝を二本持ってくる。
「これを」
交差させる。
作った短いものを巻く。
一周。
二周。
「足りないな」
長さがない。
結ぼうとすると。
「…………」
端が短い。
何とか重ねる。
引く。
ずる。
「あ」
少し緩んだ。
「結び目、弱いな」
もう一度。
今度は軽く。
ぎゅっと締めすぎない。
「…………」
一応留まる。
枝を持ち上げる。
「お」
二本が一緒についてくる。
「…………」
少し振る。
ぐら。
「危ない」
すぐ置く。
「これで物を吊るすのは無理だな」
まして石斧の固定。
水の容器。
重いもの。
「やめとこう」
今の段階で使う気にはならない。
「でも」
枝を留めた短い繊維を見る。
「軽いものなら、ちょっとは持つ?」
すぐ答えを出すのはやめる。
「まだ一個だけだし」
今日作ったものだけで判断するには早い。
同じように作ったつもりでも。
次はもっと弱いかもしれない。
逆に少し丈夫になるかもしれない。
「揃ってないからな」
材料の太さも。
乾き方も。
撚り方も。
全部。
「紐には遠いな」
枝から外す。
手の上に置く。
短い。
歪んでいる。
途中の太さも違う。
「でも、昨日よりは近い?」
自分で聞く。
「…………」
少し考えて。
「ほんのちょっと」
それくらいだった。
残りの草を見る。
全部を今日使うのはやめる。
「こっちはそのまま」
一本は雨避けの下へ。
一本は少し裂いた状態で。
もう一本は、少し乾いたところで火から離す。
「明日どうなってるか見る」
時間が経てば。
今日の半乾きも、明日には乾きすぎているかもしれない。
「そうなったら、それも分かるし」
使える時間。
扱いやすい時間。
それがあるのかもしれない。
「…………」
地面へ座る。
指を見る。
植物の汁と細かい繊維がついていた。
「結構やったな」
水を少し使って指を洗う。
手を開いて。
閉じる。
「疲れた」
細かい作業を続けたせいか、指先が少し重い。
火へ薪を一本足す。
ぱち、と小さく音がした。
「…………」
作業面を見る。
湿った繊維。
少し乾いた繊維。
乾きすぎて折れた繊維。
そして。
短く、歪んだ一本。
「同じ草なのにな」
状態が違えば。
触った感じも。
曲がり方も。
撚りやすさも。
まるで違う。
池の植物とだって違う。
「前にできたからって、同じじゃないんだな」
知っているやり方を試すことはできる。
でも。
合わなければ。
「変えればいい」
そのくらいなら。
今まで何度もやってきた。
火でも。
屋根でも。
魚でも。
土でも。
「最初から当たったことの方が少ないか」
少し笑う。
夕方が近づいた頃。
森から白い姿が戻ってきた。
「おかえり、ハクア」
ハクアは一度こちらを見て。
いつもの場所へ向かう。
「今日も何してきたんだ?」
答えはない。
「俺はこれ」
短い試作品を持ち上げる。
「一応、紐っぽい何か」
白い顔がこちらを向く。
「…………」
鼻を動かす。
それだけ。
「やっぱ興味ない?」
ハクアは前脚へ顎を乗せた。
「だよな」
試作品を作業面へ戻す。
明日になったら。
これも今より乾いている。
形を保っているのか。
硬くなるのか。
切れやすくなるのか。
「まだ分からないな」
でも。
分からないものが。
昨日より少しだけ細かくなった。
生のままでは滑る。
濡らしても良くならない。
少し乾けば扱いやすい。
乾かしすぎれば脆くなる。
「この間」
そこを探せばいい。
俺は短い繊維を指先で一度だけ撫でた。
「次は、もう少しマシに作れるかな」
火の向こうで。
ハクアの耳が、ゆっくり一度動いた。
第62話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
昨日見つけた草は、生のままでは水分が多く滑り、以前の繊維と同じように湿らせても扱いやすくはなりませんでした。
少し乾いた状態では撚りやすくなる一方、火の近くで乾かしすぎると今度は脆くなります。
短い試作品まではできましたが、太さも強さもまだ不安定。
今の段階では、まだ頼れる紐にはなっていません。




