第54話 器になった
第54話です。
一度目の焼成は失敗しました。
今回は、土の混ぜ方、厚さ、乾かす時間、火への近付け方を少しだけ変えて、もう一度試します。
壊れた器を片付けた翌朝、俺は残しておいた土を倒木の前へ並べた。
「全部変えるのはやめよう」
前回うまくいかなかった原因は、一つではない。
厚さかもしれないし、乾燥不足かもしれない。土そのものが合っていなかった可能性もあれば、最後に焦って火を強くしたことが原因だったのかもしれない。
「だから、今回は少しだけ変える」
滑らかで扱いやすかった土を中心にして、その横へ以前採っておいた粒の多い土を少量だけ置く。
これを混ぜれば割れにくくなる、なんてことは分からない。
「試してみるだけだからな」
指先で粒の多い土をひとつまみ取った。
「これくらい……いや、少ないか?」
もう少し足そうとして手を止める。
「入れすぎても、今度は何が変わったのか分からないよな」
結局、最初に取ったくらいの量だけを混ぜることにした。
倒木の向こうでは、ハクアがこちらを見ている。
「今、優柔不断だと思った?」
白い耳がぴくりと動いた。
「俺もそう思う」
苦笑しながら二種類の土をこね合わせる。
前より少しざらつくものの、握ればまとまり、指で押せば素直に形を変えた。
「ちょっと粗いけど、触れないほどじゃないな」
何度か押して折り返し、全体を馴染ませる。
今回作るのは二つだけにした。
「数を増やしても、見るところが増えるだけだしな。一個残れば十分」
一つは小さめの試し。
もう一つは、前回一番器らしい形になったものと同じくらいの大きさを目指す。
「丸くなくていい。置けて、中に物が入ればいい」
それをもう一度自分へ言い聞かせ、大きい方の土を樹皮の上へ置いた。
底を広げて中央をへこませ、指で周囲を少しずつ起こしていく。
「厚さもなるべく揃える……なるべく、だけど」
前回は底だけがかなり厚くなってしまったので、今回は指で挟みながら感触を確かめる。
「こっち、まだ厚いな」
少し押すと反対側が広がった。
「ああ、今度はそっちか」
直そうとして手を伸ばし、途中で止める。
「丸さはいい。そこはもう諦めた」
見た目を整えすぎて、また触りすぎる方が怖い。
底がある程度安定していて、食べ物が転がり出ないくらいの縁があればいい。
「今欲しいのは作品じゃなくて、道具だからな」
そこで手を離した。
やや楕円で、縁は波打っている。左右の高さも揃っておらず、表面には指の跡がそのまま残っていた。
「……でも、前よりはいい」
樹皮の上で自分の形を保っているし、底も大きくぐらついてはいない。
手を広げて大きさを比べてみる。
「十五センチくらいかな。浅い小鉢……って呼んでいいのか、これ」
呼び方はどうでもいい。
木の実や小さなものを入れられれば、それで十分だった。
残った土では、小さい器を一つだけ作る。
「こっちは試す方。前より触りすぎないぞ」
手のひらより少し大きい程度に広げ、縁を起こす。
少し歪んだところが目につき、反射的に指を伸ばしかける。
「…………いや、やめとこう」
触らない。
「これでいい」
二つを並べて見比べる。
前回より作業時間はずっと短かった。
「上手くなった……わけじゃないよな」
何となくハクアへ聞く。
白い姿はもう別の方向を見ていた。
「聞いてないか」
それでも一人で続ける。
「たぶん、直さなくていいところを直さなくなっただけだな」
丸さも、滑らかさも、縁の高さも完璧には求めない。
その分だけ土へ触る時間が減ったのなら、それは今の自分には悪くない変化だった。
二つの器候補を雨避けの下へ運び、直射日光の当たらない場所へ少し間隔を空けて置く。
「ここからが長いんだよな」
前回よりも長く待つ。
「今日は触らない。明日も触らない……たぶん明後日も」
ハクアが立ち上がり、森の方へ身体を向けた。
「行くのか?」
一度こちらを見る。
「行ってらっしゃい、ハクア」
白い姿が森へ消える。
俺も土器から離れ、水を汲み、火を見て、昼には食べるものを探した。
夕方になれば薪を集めた。
戻ってきたハクアへ「おかえり」と声をかける。
普段の生活の合間に、ときどき雨避けの下へ目を向けた。
「まだ触ってないぞ」
ハクアがこちらを見る。
「偉いだろ?」
返事はない。
「分かってる。普通のことだよな」
さらに日が過ぎた頃、小さい方に先に変化が出た。
「あ」
朝、近くで様子を見ると、縁から細い亀裂が伸びている。
「こっちは駄目そうだな」
触らず、そのまま様子を見る。
その日のうちに、亀裂はさらに広がっていた。
「二つ作って、一つ脱落か」
少し残念ではある。
それでも、前回は四つ作って全部が使えなくなった。
「まだ一つ残ってる」
大きい方を見る。
「お前だけでも頼むぞ」
もちろん土器は何も答えない。
そこから、さらに待った。
表面の色がかなり薄くなり、見た目だけなら十分乾いているようにも感じる。
触りたい。
持ち上げたい。
火へ近付けたい。
「…………もう一日」
前回も、待ったつもりだった。
それでも最後には割れた。
「急いで一日早く焼くより、一日余計に待つ方が安いよな」
ハクアへ言うと、白い耳がこちらへ向く。
「そうだろ?」
返事はなくても構わない。
もう一日、いつもの暮らしを続けた。
そして次の朝。
空は穏やかで、木々の上の葉も大きく揺れていない。
「今日にしよう」
今度は迷わなかった。
まず焚き火を整えるが、器をすぐ火へ近付けることはしない。
「前と同じで、最初は遠くから」
樹皮ごと持ち上げ、焚き火からかなり離れた位置へ置く。
手をかざしても、ほんのり暖かい程度だ。
「ここで待つ」
火を見ながら水を飲み、棚の道具を確かめる。
浅い排水溝へ落ち葉が入っているのを見つけたので、それもついでに取り除いた。
「今やることじゃない気もするけど、待つにはちょうどいいな」
戻って器を見る。
「まだ大丈夫」
倒木の近くにいるハクアへ顔を向ける。
「ハクア、今日また焼くからな」
耳が動く。
「今度は途中で焦って薪を足したりしない」
白い顔が少し上がる。
「本当だぞ。今日はちゃんと待つ」
時間を置き、器をもう少しだけ火へ近付ける。
さっきより暖かいが、まだ強い熱ではない。
「ここでも待つ」
火が弱くなれば細い枝を少し足すものの、大きな炎にしようとはしなかった。
前回聞いた「ぴし」という音が頭に残っている。
「今日はあれ、聞きたくないな」
また少し近付ける。
器の周りへ小さな熾火を寄せる。
「いきなり熱くしない。周りから少しずつ」
これが正しい焼き方なのかは分からない。
それでも、前回のように急に強い炎へ晒すよりはいいと思う。
土の表面が少しずつ色を変えていく。
「焼けてる……んだよな?」
触って確かめることはできない。
「見るだけ。今は見るだけ」
ハクアが近くを通りかかったので声をかける。
「そっちは熱いからな」
ハクアは火から少し離れるように歩いていった。
「そう、それでいい」
昼に近付く頃には、器の周囲へ熾火と小枝を少しずつ増やしていた。
大きな炎を上げるのではなく、熱を途切れさせないように保つ。
「陶芸を知ってる人が見たら、たぶんいろいろ言いたいだろうな」
窯もない。
温度も測れない。
何度まで上げればいいのか、どれくらいの時間焼けばいいのかも知らない。
「でも、今は焚き火しかないんだよな」
だから、今あるものと、自分で見て分かることだけでやる。
午後になっても焦らず、火が弱くなれば少しだけ燃料を足し、急に強くならないよう様子を見続けた。
夕方。
器の周りには灰と熾火が残っている。
「…………取り出したい」
かなり取り出したい。
けれど、まだ触れない。
「ここまで来て最後に急いだら、前と同じだ」
今日はそのまま置く。
一晩かけて、火と一緒にゆっくり冷ますことにした。
「明日の朝まで待つ」
夜になって横になってからも、何度か目が覚めるたびに灰の方へ視線が向いた。
暗がりの中、器の輪郭はまだ残っている。
「明日だ」
それだけ確認して、また目を閉じた。
朝。
起き上がると、いつもより先に灰のところへ向かいたくなった。
「……いや、まず見るだけ」
枝を使って灰を少しずつ除ける。
焼けた木の欠片。
白っぽい灰。
その中から、歪な形が少しずつ現れてくる。
「頼むぞ」
何に頼んでいるのか自分でも分からない。
さらに灰を避けると、器の全体が見えた。
「…………残ってる」
大きな亀裂は見えない。
縁も、少なくとも目で分かるほど欠けてはいなかった。
「本当に?」
手を伸ばしかけて止める。
「まだ触るな」
少し暖かさが残っている。
ここまで待ったのだから、あと少しくらい待てる。
朝の火を整え、水を飲み、それからもう一度戻った。
「そろそろいいだろ」
指先で軽く触れる。
もう熱くない。
「持つぞ」
両手を添え、ゆっくり持ち上げる。
崩れない。
亀裂も走らない。
ちゃんと手の中に残っている。
「……器だ」
その言葉が自然に出た。
「ハクア、見てくれ。器だ」
白い顔が上がる。
「ちゃんと持てるぞ」
両手の中にあるのは、きれいな器ではなかった。
やや楕円で縁は波打ち、表面には指の跡や細かな凹凸が残っている。焼け方にもむらがあり、色も均一ではない。
それでも。
「器だな」
もう一度言ってしまう。
ハクアが近付いてきたので、壊さないよう地面へそっと置く。
「ほら」
少しだけぐらついた。
「……完璧ではないな」
底も完全に平らではないらしい。
それでも倒れはしない。
「物を入れてみるか」
木の実を三つ持ってくる。
一つ、二つ、三つと中へ置いてみても、葉の上に並べた時のように転がって地面へ落ちることはなかった。
「入ってる」
当たり前だ。
器なのだから。
それなのに、しばらく眺めてしまう。
「これ、ずっと欲しかったんだよな」
食べ物を置く葉は平らで、樹皮の容器は使っているうちに形が崩れる。
この小鉢なら、少なくとも木の実や小さな材料を一か所へまとめておける。
ハクアが中の木の実へ鼻を寄せた。
「食べる?」
指で一つ示してみる。
匂いを確かめたハクアは、そのまま顔を離した。
「いらないか。じゃあ戻しとくぞ」
木の実を小鉢へ戻し、今度は少量の水を持ってくる。
「これも試すだけ試してみよう」
少しだけ中へ注ぐ。
すぐ底から抜ける様子はない。
「お?」
期待しながら待つ。
しかし少し経つと、外側の色がゆっくり濃くなってきた。
「ああ、染みてるな」
指で外側へ触れると、わずかに湿っている。
「やっぱり水を溜めておくのは無理か」
入れた水を捨てる。
少量なら短い間は入れておけても、水を運んだり保存したりする道具にはならないだろう。
「煮るのもやめとこう。火にかけたら、たぶんまた割れる」
鍋ではない。
樹皮の水容器の代わりでもない。
「木の実とか、小さいもの用だな。それなら十分」
もう一度小鉢を見る。
一個だけ。
何度も失敗して、ようやく一個だけ形になった。
しかも、次に同じことをすれば同じようにできるとは限らない。
「土の量も、粒の混ぜ方も、厚さも、乾かした時間も全部目分量なんだよな」
今回なぜ割れずに残ったのか、それすら正確には分からない。
「次に作ったら、普通に割れるかもしれない」
ハクアが小鉢の横へ座る。
「だから、しばらくはこれ一個を大事に使う」
白い耳が動いた。
「落とさないようにしないとな。お前も蹴らないでくれよ」
言ってから小鉢を見る。
「いや、ハクアより俺の方が蹴りそうだな」
自分で苦笑する。
置き場所も決めておいた方がいい。
雨避けの下、棚の近くで、手は届くが歩く時に足を引っかけにくいところ。
「ここにしよう」
そっと置いて、一歩下がる。
低い棚には石器や植物繊維があり、その近くには樹皮の水容器。そして今日から、その横へ歪な小鉢が一つ加わった。
「増えたな」
暮らしに使えるものが一つ。
たった一つだが、今までなかったものだ。
火を起こし、水を運び、魚を捕り、雨を避ける場所を直す。何をするにも一度でうまくいったことはほとんどなく、今回だって割れて、考えて、また土を触った末にようやく残った。
「一個できるまで、結構かかったな」
ハクアを見る。
「でも、一個あれば今は十分だろ?」
白い耳が小さく動く。
「うん。俺もそう思う」
勝手に返事として受け取り、俺は小鉢の中へ木の実を戻した。
歪で、少しぐらつき、水も染みる。
それでも、今度はもう土の塊ではない。
ちゃんと暮らしの中で使える、一個の器になっていた。
第54話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は土へ粒の多い土を少量だけ混ぜ、厚さや乾燥時間、火への近付け方も少し変えて再挑戦しました。
結果として、約十五センチほどの歪な浅い小鉢が一個だけ残りました。
木の実や小物を入れることはできますが、水は少しずつ染み込み、煮沸や直火調理にも使えません。
まだ「土器を作れる」段階ではなく、一つだけ成功例が暮らしに残ったところです。
次回第四章最終話です。




