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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第四章「一人と一匹の暮らし」

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第53話 割れた

形にできた四つの器候補は、日陰で乾かしたまま数日置いてあります。


今回は、ようやくその状態を確かめ、残った一つを初めて火へ近付けます。

 土を器の形にしてから、何度目かの朝だった。


 起きて火を確かめ、水を飲み、それから雨避けの下へ目を向ける。


「……そろそろいいかな」


 四つ並べておいた土の形は、作った時より全体に色が薄くなっていた。


 ここ数日は、気になってもなるべく触らないようにしていた。水を汲み、薪を集め、食べるものを探している間にも何度か目には入ったが、そのたびに見るだけで我慢した。


「今日は見るだけじゃなくてもいいだろ」


 倒木の近くにいたハクアが顔を上げる。


「何日待ったと思ってるんだ」


 白い耳が少し動いた。


「……俺もちゃんと数えてないけど」


 しゃがみ込み、一つずつ確かめる。


 最初に作った、底を厚くしすぎたもの。


「これは……」


 横から見ると、底の近くに細い線が入っていた。


 指を近付ける前に分かる。


「割れてるな」


 持ち上げず、少し身体を傾けて見ると、亀裂は底の端から中央へ向かって伸びている。


「厚ければ丈夫ってわけでもないか」


 むしろ、厚かったところが最後まで乾きにくかったのかもしれない。


「分からないけど、これはもう駄目だな」


 次は、薄く作ろうとして縁を裂き、そのたびに直したものだ。


「こっちは最初から怪しかったしな」


 以前から入っていた縁の亀裂が、少し大きくなっていた。


「広がってる」


 土を寄せて直した跡も、その周りから細かく割れている。


「触りすぎたところって、やっぱり弱いのか?」


 そうかもしれないし、単純に薄すぎただけかもしれない。


「これも分からないな」


 答えが出ないことには、もう少し慣れてきた。


 三つ目は、一番器らしい形になったものだ。


 樹皮の上で底を安定させ、丸さを諦めて作った歪な浅い器。


「…………」


 今のところ、大きな亀裂はない。


「残ってる」


 思わず声が少し上がった。


「ハクア、これだけまだ生きてるぞ」


 白い顔がこちらを向く。


「生きてるっていうのも変か」


 笑いながら、最後の小さいものを見る。


「こっちはどうだ」


 縁の高さがばらばらだった小さな器だ。


 見たところ、大きな亀裂はない。


「こっちも残ってる?」


 少し期待しながら、慎重に樹皮ごと持ち上げる。


 安定した場所へ移そうとして、土の器の縁へ指が触れた。


 ぽろ。


「…………」


 小さな欠片が落ちる。


「あ」


 動きを止める。


「触っただけなんだけど」


 縁を見る。


 一か所、欠けている。


「まだ中まで乾いてなかった?」


 それとも、単純に縁が薄すぎたのか。


 もう一度触る気にはならなかった。


「これも使うのは無理そうだな」


 四つ。


 そのうち三つが、焼く前に駄目になった。


「…………」


 思っていたより厳しい。


 形にできれば、あとは乾かして焼くだけ。


 どこかで、まだそんな風に考えていたのかもしれない。


「器の形にするのが最初で、そのあとも普通に失敗するんだな」


 残った一つを見る。


「お前だけか」


 歪で、丸くもない。


 縁の高さも揃っていない。


 でも。


「まだ割れてない」


 すぐ火へ持っていきたくなる。


「…………」


 手を伸ばしかけて、止めた。


「いや」


 表面が乾いている。


 それだけでは、中まで乾いているとは限らない。


 小さい方だって、見た目は大丈夫そうだったのに縁が欠けた。


「もう一日」


 ハクアを見る。


「待つ」


 白い耳が動く。


「今、偉いって思った?」


 返事はない。


「そういうことにしとく」


 残った器には触れず、その日はいつもの生活へ戻った。


 水を汲む。


 火を保つ。


 薪を集める。


 食べ物を探す。


 途中、何度も雨避けの方へ目が向いた。


「…………」


 見るだけ。


「今日は焼かない」


 昼にも言う。


 夕方にも。


「明日」


 自分へ言い聞かせた。


 次の朝。


 空は穏やかで、強い風もない。


「今日ならいいかな」


 火を整えたあと、残った器を樹皮ごと持ち上げる。


「軽くなってる……気がする」


 作った時より水分が抜けているのだろう。


 それでも。


「いきなり火の中には入れない」


 前世で陶器を焼くところを、ちゃんと見たことがあるわけではない。


 ただ、急に熱くすれば割れやすい。


 それくらいは分かる。


「まず遠く」


 焚き火からかなり離れたところへ置く。


「ここなら、ほんのり暖かいくらい?」


 手を置いて確かめる。


 熱くはない。


「最初はこれでいいか」


 しばらく待つ。


 その間に薪を整理し、水を飲み、棚へ置いた道具を確認する。


「ハクア、そこ通るなら気をつけてな」


 白い姿が器の近くを通ろうとしたので声をかける。


 ハクアは土器を一度見て、少しだけ外側を回った。


「ありがとう」


 少し時間を置き、器をもう少し火へ近付ける。


「これくらい」


 手をかざす。


 さっきより暖かい。


 でも、触れないほどではない。


「ゆっくり、ゆっくり」


 焦らない。


「今日中に焼けなくてもいい」


 言いながら、つい本音が漏れる。


「……いや、焼きたいけど」


 自分で笑う。


 さらに時間が経つ。


 表面の色が、少しだけ変わったように見えた。


「乾いてる……?」


 もう乾いているはずなのに、そう見える。


「これ、どこまで近付ければいいんだ」


 正確な温度など分からない。


 焚き火しかない。


 窯もない。


「少しずつしかないな」


 もう少し近く。


 器の周りに、小さな熾火を少し寄せる。


「直接触れないくらい」


 それで待つ。


 しばらく経っても、変化はない。


「…………」


「いける?」


 少し期待が出てくる。


「これなら、もう少し火を強くしても」


 そう思った。


「薪、一本だけ足すか」


 乾いた薪を焚き火へ入れる。


 炎が少し大きくなる。


「…………」


 もう一本。


「これくらいなら」


 炎が、思ったより強く上がった。


「あ」


 風が吹く。


 火が器の方へ少し倒れる。


「待って、強い」


 薪を動かそうとした。


 その時。


 ぴし。


「…………」


 小さな音。


「今の」


 動きを止める。


 器を見る。


 最初は分からなかった。


「…………」


 でも、縁から細い線が伸びている。


「嘘だろ」


 線は内側へ伸びていた。


「割れた」


 火へ手を伸ばしかける。


「いや、触るな」


 自分で止める。


 熱い。


 それに、ここで慌てて動かして冷やせば、もっと割れるかもしれない。


「どうする」


 火を弱くする。


 器ではなく、薪を動かす。


 長い枝を使って、追加した薪を少し外へ寄せる。


「これなら」


 炎が小さくなる。


 器は、そのままだ。


「急に冷やさない」


 割れた。


 もう直らないかもしれない。


 でも、最後までどうなるかを見る。


「…………」


 時間を置く。


 火が弱くなる。


 器の温度も少しずつ下がる。


 待つ。


「…………」


 ハクアが倒木の近くからこちらを見ている。


「失敗した」


 白い耳が動く。


「いいところまでいったと思ったんだけどな」


 座る。


「いや、いいところだったかも分からないか」


 火の扱い。


 乾かし方。


 厚さ。


 土。


 形。


「何が悪かった?」


 一つには決められない。


 乾燥が足りなかったかもしれない。


 器の厚さが揃っていなかった。


 火を急に強くしたのも、たぶん悪かった。


「それは悪かったな」


 さっきの薪。


 もう一本足すという判断。


「待ってたのに最後で焦った」


 苦笑する。


「俺らしいな」


 十分に冷えてから、器を手に取る。


「…………」


 亀裂は縁から入っているが、底までは届いていない。


 でも、指で軽く押すと少し動く。


「使えない」


 木の実くらいなら置けるかもしれない。


 でも、そのうち割れる。


「これを成功にするのは違うよな」


 土の器を、そっと元の樹皮へ戻す。


「完成、ゼロ」


 口に出す。


「四個作って、ゼロ」


 ハクアが身体を起こし、こちらへ歩いてくる。


「慰めに来た?」


 鼻が土器へ近付く。


「食べられないぞ」


 ハクアは匂いを確かめると、すぐ顔を離した。


「やっぱり興味ないか」


 少し笑う。


 壊れた器。


 焼く前に駄目になった三つ。


「…………」


 でも、作り始めた時とは少し違う。


「どこで駄目になったかは、前より見えた」


 厚い底。


 薄い縁。


 修正跡。


 乾燥。


 加熱。


「正解は分からないけど」


 失敗したところは分かる。


「次」


 何を変える。


 試験片を見る。


 以前、三種類の土を比べた時、一つだけ少し粒の混じる土があった。


「…………」


 あれは、滑らかな土だけのものとは少し違った。


 細かな粒。


「混ぜたらどうなる?」


 分からない。


「割れにくくなる……かもしれない?」


 言ってから首を振る。


「いや、決めつけるな」


 試すだけだ。


「少し」


 本当に、少しだけ。


「次は粒のある土を混ぜてみるか」


 そして、厚さ。


「なるべく揃える」


 乾燥。


「今より待つ」


 加熱。


「…………」


 ここは一番大事だ。


「焦らない」


 ハクアを見る。


「次に俺が薪を足そうとしたら止めてくれ」


 白い顔がこちらを向く。


「無理だよな」


 笑う。


「自分で止める」


 壊れた器を、もう一度見る。


 惜しい。


 悔しい。


 でも。


「次だな」


 形にするところまでは来た。


 乾かすところまでも。


 火へ近付けるところまでも。


 最後まで、まだつながっていない。


「次は、一個でいい」


 きれいでなくていい。


 丸くなくてもいい。


「使える器、一個」


 そのくらいが、今の自分にはちょうどいい目標だと思った。

第53話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


四つ作った器候補は、三つが乾燥中や持ち上げた時点で壊れ、最後まで残った一つも初めての焼成で亀裂が入りました。


今回は完成品ゼロです。


それでも、作り始めた時より、厚さ、乾燥、成形時の傷、加熱の仕方など、失敗した段階を少しずつ見られるようになっています。


次は条件を少しだけ変え、もう一度試します。

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