第53話 割れた
形にできた四つの器候補は、日陰で乾かしたまま数日置いてあります。
今回は、ようやくその状態を確かめ、残った一つを初めて火へ近付けます。
土を器の形にしてから、何度目かの朝だった。
起きて火を確かめ、水を飲み、それから雨避けの下へ目を向ける。
「……そろそろいいかな」
四つ並べておいた土の形は、作った時より全体に色が薄くなっていた。
ここ数日は、気になってもなるべく触らないようにしていた。水を汲み、薪を集め、食べるものを探している間にも何度か目には入ったが、そのたびに見るだけで我慢した。
「今日は見るだけじゃなくてもいいだろ」
倒木の近くにいたハクアが顔を上げる。
「何日待ったと思ってるんだ」
白い耳が少し動いた。
「……俺もちゃんと数えてないけど」
しゃがみ込み、一つずつ確かめる。
最初に作った、底を厚くしすぎたもの。
「これは……」
横から見ると、底の近くに細い線が入っていた。
指を近付ける前に分かる。
「割れてるな」
持ち上げず、少し身体を傾けて見ると、亀裂は底の端から中央へ向かって伸びている。
「厚ければ丈夫ってわけでもないか」
むしろ、厚かったところが最後まで乾きにくかったのかもしれない。
「分からないけど、これはもう駄目だな」
次は、薄く作ろうとして縁を裂き、そのたびに直したものだ。
「こっちは最初から怪しかったしな」
以前から入っていた縁の亀裂が、少し大きくなっていた。
「広がってる」
土を寄せて直した跡も、その周りから細かく割れている。
「触りすぎたところって、やっぱり弱いのか?」
そうかもしれないし、単純に薄すぎただけかもしれない。
「これも分からないな」
答えが出ないことには、もう少し慣れてきた。
三つ目は、一番器らしい形になったものだ。
樹皮の上で底を安定させ、丸さを諦めて作った歪な浅い器。
「…………」
今のところ、大きな亀裂はない。
「残ってる」
思わず声が少し上がった。
「ハクア、これだけまだ生きてるぞ」
白い顔がこちらを向く。
「生きてるっていうのも変か」
笑いながら、最後の小さいものを見る。
「こっちはどうだ」
縁の高さがばらばらだった小さな器だ。
見たところ、大きな亀裂はない。
「こっちも残ってる?」
少し期待しながら、慎重に樹皮ごと持ち上げる。
安定した場所へ移そうとして、土の器の縁へ指が触れた。
ぽろ。
「…………」
小さな欠片が落ちる。
「あ」
動きを止める。
「触っただけなんだけど」
縁を見る。
一か所、欠けている。
「まだ中まで乾いてなかった?」
それとも、単純に縁が薄すぎたのか。
もう一度触る気にはならなかった。
「これも使うのは無理そうだな」
四つ。
そのうち三つが、焼く前に駄目になった。
「…………」
思っていたより厳しい。
形にできれば、あとは乾かして焼くだけ。
どこかで、まだそんな風に考えていたのかもしれない。
「器の形にするのが最初で、そのあとも普通に失敗するんだな」
残った一つを見る。
「お前だけか」
歪で、丸くもない。
縁の高さも揃っていない。
でも。
「まだ割れてない」
すぐ火へ持っていきたくなる。
「…………」
手を伸ばしかけて、止めた。
「いや」
表面が乾いている。
それだけでは、中まで乾いているとは限らない。
小さい方だって、見た目は大丈夫そうだったのに縁が欠けた。
「もう一日」
ハクアを見る。
「待つ」
白い耳が動く。
「今、偉いって思った?」
返事はない。
「そういうことにしとく」
残った器には触れず、その日はいつもの生活へ戻った。
水を汲む。
火を保つ。
薪を集める。
食べ物を探す。
途中、何度も雨避けの方へ目が向いた。
「…………」
見るだけ。
「今日は焼かない」
昼にも言う。
夕方にも。
「明日」
自分へ言い聞かせた。
次の朝。
空は穏やかで、強い風もない。
「今日ならいいかな」
火を整えたあと、残った器を樹皮ごと持ち上げる。
「軽くなってる……気がする」
作った時より水分が抜けているのだろう。
それでも。
「いきなり火の中には入れない」
前世で陶器を焼くところを、ちゃんと見たことがあるわけではない。
ただ、急に熱くすれば割れやすい。
それくらいは分かる。
「まず遠く」
焚き火からかなり離れたところへ置く。
「ここなら、ほんのり暖かいくらい?」
手を置いて確かめる。
熱くはない。
「最初はこれでいいか」
しばらく待つ。
その間に薪を整理し、水を飲み、棚へ置いた道具を確認する。
「ハクア、そこ通るなら気をつけてな」
白い姿が器の近くを通ろうとしたので声をかける。
ハクアは土器を一度見て、少しだけ外側を回った。
「ありがとう」
少し時間を置き、器をもう少し火へ近付ける。
「これくらい」
手をかざす。
さっきより暖かい。
でも、触れないほどではない。
「ゆっくり、ゆっくり」
焦らない。
「今日中に焼けなくてもいい」
言いながら、つい本音が漏れる。
「……いや、焼きたいけど」
自分で笑う。
さらに時間が経つ。
表面の色が、少しだけ変わったように見えた。
「乾いてる……?」
もう乾いているはずなのに、そう見える。
「これ、どこまで近付ければいいんだ」
正確な温度など分からない。
焚き火しかない。
窯もない。
「少しずつしかないな」
もう少し近く。
器の周りに、小さな熾火を少し寄せる。
「直接触れないくらい」
それで待つ。
しばらく経っても、変化はない。
「…………」
「いける?」
少し期待が出てくる。
「これなら、もう少し火を強くしても」
そう思った。
「薪、一本だけ足すか」
乾いた薪を焚き火へ入れる。
炎が少し大きくなる。
「…………」
もう一本。
「これくらいなら」
炎が、思ったより強く上がった。
「あ」
風が吹く。
火が器の方へ少し倒れる。
「待って、強い」
薪を動かそうとした。
その時。
ぴし。
「…………」
小さな音。
「今の」
動きを止める。
器を見る。
最初は分からなかった。
「…………」
でも、縁から細い線が伸びている。
「嘘だろ」
線は内側へ伸びていた。
「割れた」
火へ手を伸ばしかける。
「いや、触るな」
自分で止める。
熱い。
それに、ここで慌てて動かして冷やせば、もっと割れるかもしれない。
「どうする」
火を弱くする。
器ではなく、薪を動かす。
長い枝を使って、追加した薪を少し外へ寄せる。
「これなら」
炎が小さくなる。
器は、そのままだ。
「急に冷やさない」
割れた。
もう直らないかもしれない。
でも、最後までどうなるかを見る。
「…………」
時間を置く。
火が弱くなる。
器の温度も少しずつ下がる。
待つ。
「…………」
ハクアが倒木の近くからこちらを見ている。
「失敗した」
白い耳が動く。
「いいところまでいったと思ったんだけどな」
座る。
「いや、いいところだったかも分からないか」
火の扱い。
乾かし方。
厚さ。
土。
形。
「何が悪かった?」
一つには決められない。
乾燥が足りなかったかもしれない。
器の厚さが揃っていなかった。
火を急に強くしたのも、たぶん悪かった。
「それは悪かったな」
さっきの薪。
もう一本足すという判断。
「待ってたのに最後で焦った」
苦笑する。
「俺らしいな」
十分に冷えてから、器を手に取る。
「…………」
亀裂は縁から入っているが、底までは届いていない。
でも、指で軽く押すと少し動く。
「使えない」
木の実くらいなら置けるかもしれない。
でも、そのうち割れる。
「これを成功にするのは違うよな」
土の器を、そっと元の樹皮へ戻す。
「完成、ゼロ」
口に出す。
「四個作って、ゼロ」
ハクアが身体を起こし、こちらへ歩いてくる。
「慰めに来た?」
鼻が土器へ近付く。
「食べられないぞ」
ハクアは匂いを確かめると、すぐ顔を離した。
「やっぱり興味ないか」
少し笑う。
壊れた器。
焼く前に駄目になった三つ。
「…………」
でも、作り始めた時とは少し違う。
「どこで駄目になったかは、前より見えた」
厚い底。
薄い縁。
修正跡。
乾燥。
加熱。
「正解は分からないけど」
失敗したところは分かる。
「次」
何を変える。
試験片を見る。
以前、三種類の土を比べた時、一つだけ少し粒の混じる土があった。
「…………」
あれは、滑らかな土だけのものとは少し違った。
細かな粒。
「混ぜたらどうなる?」
分からない。
「割れにくくなる……かもしれない?」
言ってから首を振る。
「いや、決めつけるな」
試すだけだ。
「少し」
本当に、少しだけ。
「次は粒のある土を混ぜてみるか」
そして、厚さ。
「なるべく揃える」
乾燥。
「今より待つ」
加熱。
「…………」
ここは一番大事だ。
「焦らない」
ハクアを見る。
「次に俺が薪を足そうとしたら止めてくれ」
白い顔がこちらを向く。
「無理だよな」
笑う。
「自分で止める」
壊れた器を、もう一度見る。
惜しい。
悔しい。
でも。
「次だな」
形にするところまでは来た。
乾かすところまでも。
火へ近付けるところまでも。
最後まで、まだつながっていない。
「次は、一個でいい」
きれいでなくていい。
丸くなくてもいい。
「使える器、一個」
そのくらいが、今の自分にはちょうどいい目標だと思った。
第53話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
四つ作った器候補は、三つが乾燥中や持ち上げた時点で壊れ、最後まで残った一つも初めての焼成で亀裂が入りました。
今回は完成品ゼロです。
それでも、作り始めた時より、厚さ、乾燥、成形時の傷、加熱の仕方など、失敗した段階を少しずつ見られるようになっています。
次は条件を少しだけ変え、もう一度試します。




