第52話 丸くならない
第52話です。
土の状態を確かめたところで、ようやく器の形を作り始めます。
頭の中では簡単そうに見えても、手だけで思い通りの形にするのは、やはり別の話でした。
試験片を触らずに置いてから、さらに一日待った。
朝の火を整え、水を汲んで戻ったあと、雨避けの下を覗く。
「……今日は、やってみるか」
昨日まで触っていた候補土を取り出し、倒木の前へ座る。
表面が乾かないよう包んでおいた土は、指で押せば素直にへこむくらいの硬さを保っていた。
「これなら形にはできそうだな」
形には。
そこを強調するように、自分の中でもう一度言い聞かせる。
乾いて割れないか、焼いて耐えられるかはまだ分からない。
「今日は器の形になるかどうかだけ。焼くのはまだ先」
近くで伏せていたハクアが顔を上げる。
「今、ちゃんと自分に言い聞かせてるところだからな」
白い耳が少し動いた。
「急ぐなって顔してる気がする」
もちろん、本当にそんな顔をしているかは分からない。
俺は土を四つに分けた。
「一個で失敗したら何も残らないし、何個かやってみよう」
大きさは揃っていない。正確に分ける道具もないので、それぞれ手の中で適当に調整しただけだ。
「まず一個目」
土を丸め、親指を中央へ押し込む。
「器って、たしかこういう感じで……」
中央をへこませ、その周りを少しずつ広げていく。
最初は順調に見えた。
「お、いける」
底を押し、横を広げる。
「…………」
しばらくして横から眺める。
「厚いな」
底がかなり厚い。
「これ、器というより土の塊に穴開けただけじゃないか?」
持ってみると重い。もう少し薄くしようと指で押すが、底を触れば横が潰れ、横を直せば今度は底が歪む。
「待て待て、どこ直してるんだ俺」
何度か触った末、手を離した。
「……これはこのままにしよう」
一個目は底が厚い。
「失敗かどうかは乾いてから見る」
横へ置く。
「次」
二個目は、最初から薄くすることを意識した。
中央を押し、周囲を伸ばす。
「さっきの半分くらい……は無理でも、もうちょっと薄く」
指で挟みながら、縁を少しずつ広げていく。
「今度はそれっぽいぞ」
一個目より軽く、内側も広い。
「これなら――」
ぴり、と縁に細い裂け目が入った。
「あ」
指先で裂け目を寄せる。
「まだ直せる」
裂けたところを押し合わせ、少し土を伸ばすと、今度はその横が歪んだ。
「いや、そっちじゃなくて」
形を戻そうとして触ると、また縁が薄くなる。
「…………」
そして、また裂けた。
「なんで?」
直す。歪む。
「ちょっと待て」
また直し、さらに形が崩れる。
「触るほど悪くなってない?」
ようやく手を離した頃には、最初に作ろうとしていた丸い器からずいぶん遠い形になっていた。
「…………」
ハクアを見る。
「これ、見ないふりしてくれない?」
ハクアは前脚へ顎を乗せた。
「ありがとう。そういうことにする」
二個目も横へ置く。縁には亀裂が入り、修正した跡もたくさん残っている。
「薄くすればいいってわけでもないか」
一個目は厚すぎる。二個目は薄くしすぎた。
「ちょうどいいって、どこだよ」
三個目を前に、少し考える。
手の中で形を作り続けるから、底が安定しないのだ。
「下に置いたままやったら?」
平らそうな樹皮を一枚持ってきて、その上へ土を置く。底を押して平たくし、まずは立つところを作った。
「次に、中央をへこませる」
横へ少しずつ広げていく。
「丸く……」
押す。
「こっち出た」
反対側を押す。
「今度はそっちが出る」
戻す。
「…………」
円にしようとすればするほど、別のところが崩れていく。
「無理じゃない?」
しばらく粘ったが、どう見てもきれいな円にはならない。少し楕円で、片側は広く、反対側は狭い。
「…………」
そこで手を止めた。
「別に、丸くなくていいか」
器が丸くなければならない理由は、思いつかなかった。
「置けて、物が入ればいい」
水を入れるためではない。鍋にするわけでもない。
木の実や採った草、小さなものを入れられれば十分だ。
「それなら、丸いかどうか関係ないよな」
三個目を見る。
樹皮の上へ置いたままなので、底は今までより安定している。縁は波打ち、形も歪んでいた。
「でも」
少し離れて眺める。
「器には見える」
初めて、そう思った。
「十五センチ……くらいかな」
手を広げて比べる。正確ではないが、その程度だろう。
「これでいい。いや、これがいいじゃなくて……」
言い直す。
「これで試す」
成功だと決めるのは早い。乾けば割れるかもしれない。
「三個目、今のところ一番まし」
最後に残った土は少ない。
「小さいのでいいか」
手のひらに収まる程度の浅い器を作る。今度は最初から丸さを気にしない。
「底だけ平ら。あとは入ればいい」
そう考えると、少し楽だった。
「…………」
とはいえ、縁の高さは全然揃わない。
「こっち高いな」
押すと、今度は隣が低くなる。
「もう触らない」
すぐに手を離す。
「学んだ」
小さく、縁は不均一。それでも形としては、
「まあ、小さい器には見える」
四つを並べる。
一個目は底が厚い。
二個目は亀裂と直した跡だらけ。
三個目は歪だけれど、一番器らしい。
四個目は小さく、縁がばらばらだ。
腕を組んで眺める。
「…………」
どれも店に並んでいたら買わない。
「いや、今店ないけど」
自分で言って笑う。
ハクアが起き上がり、こちらへ歩いてきた。
「お」
四つの土器候補の近くで止まる。
「まだ器じゃないぞ」
鼻先が少し近付く。
「頼むから触るなよ」
ハクアは土の匂いを嗅いだあと、俺の顔を見た。
「いや、別に面白くないだろ?」
白い耳が動く。
「そうだろ。俺も思ったより地味な作業だと思ってる」
ハクアはそのまま離れ、自分の休む場所へ戻っていった。
「…………」
助かった。
別に踏まれそうになったわけでもないのに、少し緊張していたらしい。
「さて、次は」
乾かす。それだけだ。
「火に持っていかない」
自分で声に出す。
「今日焼かない」
もう一度、念を押す。
「触らない」
これも大事だ。
四つを雨避けの下へ移す。直射日光が強く当たらず、風は通り、雨にも濡れにくい場所を選んだ。
「間隔も空けとくか」
隣り合ったものが触れないよう、少しずつ離して並べる。
「これで」
しゃがんだまま、四つを眺める。
「…………」
器というには、まだただの土だ。
「でも」
一個目より、二個目より、三個目は少しずつましになっている。
「丸くなくていいって気付くまで三個かかったけどな」
俺は立ち上がった。
「今日はもう終わり」
器作りは、ここまでだ。
午後、水の残りが少なくなったので水場へ向かう。
「ハクア、水行くぞ」
白い顔が上がった。
「来る?」
ハクアは少しして立ち上がる。
「よし」
一緒に森へ入り、水を汲んで空き地へ戻り、火を整える。
その途中、どうしても雨避けの下へ目が行った。
「…………」
四つとも、そこにある。
まだ変わっていない。
「触らない」
自分へ言い聞かせる。
夕方、また様子を見る。
「…………」
「まだだな」
何がまだなのか、正確には分からない。
それでも、待つしかない。
次の日の朝、色が少し変わっていた。
「乾いてきた?」
近付くが、手は出さない。
「見るだけ」
縁、底、表面を順番に眺める。
大きな割れは、今のところない。
小さなひびがあるかもしれないが、触って確かめるのはやめておいた。
「前にやったからな」
ハクアが俺の横を通る。
「今日はちゃんと我慢してるぞ」
白い姿はそのまま森の方へ向かった。
「聞いてない?」
一度、耳が動く。
「聞いてるな」
笑いながら、その背中へ声をかける。
「行ってらっしゃい、ハクア」
森へ消える姿を見送ってから、また土へ目を戻す。
「…………」
丸くはない。
きれいでもない。
どれも歪んでいる。
でも、
「物が入れば」
それでいい。
今欲しいのは飾るものではなく、暮らしに使えるものだ。
「だから」
急がない。
「壊れるかどうか、まず待とう」
四つの土の形を、俺はそのまま日陰へ残した。
第52話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は四つの器を試作しました。
厚すぎるもの、薄くしすぎて裂けたもの、歪だけれど一番器らしいもの、小さく縁の揃わないものと、どれもきれいにはできていません。
それでも「丸い器を作る」ことから「置けて、物が入ればいい」へ目的を変えたことで、ようやく一つ形になり始めました。
ここからは急いで焼かず、まず乾くのを待ちます。




