第51話 土をこねる
第51話です。
前回は、器を作る前に土そのものを比べました。
今回は、その土から余計なものを取り除き、水分を調整しながら、少しずつ扱いやすい状態へ近付けていきます。
朝、火を整えて水を飲んだあと、俺は昨日包んでおいた土を材料置き場から取り出した。
「さて、どうなってるかな」
湿らせた葉と樹皮を外すと、中の土は昨日より少し締まって見える。指で押してみればまだ柔らかく、乾ききっているわけでも、べたべたに濡れているわけでもなかった。
「これなら触れそうだな」
倒木の作業場所へ運び、樹皮を敷いてその上へ土を置く。
ハクアは少し離れたところで身体を伸ばしていたが、俺が作業を始めると片耳だけこちらへ向けた。
「今日は土いじりだぞ。魚じゃないから、たぶん面白くない」
そう言いながら土を少しずつ崩していく。
昨日、目につく小石や葉はある程度取り除いたはずだったが、よく見るとまだ細かな根が混じっていた。
「あった」
細い根を一本つまんで抜く。
「こっちにもあるな」
今度は小さな葉の欠片、その次は小石と、土を広げるほど余計なものが次々に見えてくる。
指先で探し、細い根や葉、小石、ざらつきの強い塊を取り除いていたが、しばらく続けたところで手を止めた。
「これ、全部取るのは無理だな」
細かな砂まで相手にし始めたら、いつまで経っても終わらない。
前世では、土を水へ溶かして細かなものを分けるような方法を見た覚えもあるが、詳しいやり方は知らないし、そのための道具もない。
「目で見える大きいやつだけでいいか。今できるのは、そのくらいだな」
完璧にきれいにするのは諦め、大きな異物を取り終えた土を手のひらへ集める。
「次は、こねるか」
両手で押し潰し、折ってからまた押す。
最初はそれなりにまとまっていたものの、何度か繰り返していると少し硬さが気になった。
「もうちょっと柔らかい方がいいのかな……水、少しだけ足すか」
指先を水で濡らし、土へ練り込んでいく。
押してみる。
「まだ硬い?」
もう少しだけ水を足して、再びこねる。
「お、柔らかくなった」
感触が良くなった気がして、そのまま何度か押していると、今度は土が指へべったり張り付いた。
「…………あれ?」
指を離すと土が粘るように伸び、樹皮の上へ置けば形がゆっくり潰れていく。
「入れすぎたな」
思わず笑いが漏れた。
「早いって。誰も急かしてないのに」
少し離れたハクアを見る。
「今の見てた?」
白い顔がこちらを向いた。
「そうだよな、水入れすぎだよな。分かってたなら止めてくれよ」
ハクアは何事もなかったように前脚へ顎を乗せる。
「無理か」
べたついた土を眺める。
水を入れすぎただけなら、捨てる必要はないはずだ。
「乾かすか、乾いた土を混ぜれば戻せる……かな」
昨日残しておいた候補土から乾いている部分を少し崩し、べたついた土へ少量ずつ混ぜていく。
「今度は一気に入れないぞ」
ひとつまみ混ぜて押し、まだ柔らかければもう少しだけ足す。
何度か繰り返すと、さっきほど手へ張り付かなくなった。
「このくらいで一回止めよう」
樹皮の上へ置き、少し風へ当てている間に火へ薪を足し、水を一口飲む。
戻ってもう一度指で押してみると、土は素直にへこむものの、置いておくだけで形が潰れることはなかった。
「さっきよりずっとましだな。たぶん、このくらいか」
正解かどうかは分からないが、少なくとも今のところは扱いやすい。
そこから、前世で見た覚えのある練り方を真似してみることにした。
押して、折り、向きを変えてまた押す。
「こんな感じだった気がするんだけどな」
目的は、たしか土の中の空気を抜いたり、全体を均一にしたりすることだったはずだ。
何度か繰り返していると、表面に小さなくぼみが現れた。
「これ、空気か?」
指で押せば消えるが、別のところを練るとまた小さなくぼみが出てくる。
「全然抜けてる気がしないな」
練り方が悪いのか、水分が違うのか、それとも土そのものが向いていないのか、今の俺には判断できない。
「まあ、初めてまともにやってるんだから、いきなり上手くいく方がおかしいか」
昨日より土がまとまっていることだけは確かだった。
「今日はこれでいいな」
全部をいきなり器へ使うつもりはないので、土を大きく二つに分ける。
「こっちは本命。で、こっちは試す方」
ハクアの耳が動いた。
「お前の話じゃないぞ。土の話だからな」
自分で言ってから少し笑い、小さい方の土をさらにいくつかに分けた。
「せっかくだから、形を変えて乾かしてみるか」
一つは指で押して平たい板のようにし、もう一つは細長い棒へ伸ばす。残ったものは、少し厚みのある塊のままにしておく。
「薄いのと、細いのと、厚いやつ……これなら何か違いが出るかもしれない」
もちろん、厚さを正確に測れるわけではない。
「比較って言うには適当すぎるけど、同じ土を同じ日に乾かすくらいならできる」
三つを雨避けの下、強い日差しが直接当たらないところへ並べた。
まずは、器の形にする前に試験片の乾き方を見る。
「今回は、ゆっくり乾かす」
あとは触らない。
「これが一番難しそうだな」
自分で作ったものがどうなっているのか、すぐ確かめたくなる。
「でも今日は我慢」
そう決めて、別の作業へ移った。
水を運び、火を見て、使った薪の分だけ枯れ枝を集める。ハクアは昼前に森へ出ていき、俺が夕方の火を整えている頃に戻ってきた。
「おかえり、ハクア」
白い姿が空き地へ入り、いつもの休む場所へ向かう。
俺は試験片の前へしゃがんだ。
「…………触りたいな」
朝より表面の色が少し薄くなっている。
「いや、今日は駄目。明日まで待つ」
指を伸ばしかけて引っ込める。
「今触って割れたら、何のために待ってるのか分からないからな」
ハクアがこちらを見る。
「そう思うだろ?」
耳がぴくりと動いたので、勝手に同意したことにしておく。
「よし、今日は終わり」
その日は本当に、それ以上触らなかった。
翌朝、いつものように火と水を確かめてから、試験片の前へしゃがむ。
「さて、今日はどうだ」
表面は昨日より明らかに色が薄くなっていた。
まず平たいものを見る。
「乾いてるようには見えるけど……」
端へそっと指を当てると硬い。
「持てるかな」
少しだけ持ち上げた、その瞬間だった。
ぱき、と軽い音がして端が欠け、小さな破片が樹皮の上へ落ちる。
「あっ」
思わず手を止めた。
「……触るの早かったか」
欠けた部分を見ると、表面より内側の色が少し濃いように見える。
「外だけ乾いて、中はまだだったのかな」
断定はできないが、少なくとも持ち上げるには早かったらしい。
次に細長く伸ばした方を見ると、一か所だけ細かなひびが入っていた。
「こっちは触ってないのに割れ始めてるな」
最後の厚い塊には、今のところ目立つ割れはない。
「厚い方が割れにくい……いや、それはまだ分からないか」
ただ、厚い塊は中まで乾いていない可能性もある。
今回は形も厚さも違えば、乾き具合も違う。平たいものは自分で早く触ってしまったし、これだけで何かの答えを出すのは無理だった。
「今分かるのは、平たい方を触るのが早かった。それくらいだな」
欠けた破片も捨てず、元の試験片の横へ置いておく。
「立派な記録じゃないけど、あとで比べるくらいはできるだろ」
そこへハクアが近付いてきた。
鼻先が試験片へ寄る。
「待った、踏むなよ」
ハクアが顔を上げた。
「いや、踏んだら踏んだで強度が分かる……って、それは違うな。やめてくれ」
ハクアは俺の言葉を聞いているのかいないのか、試験片から離れると少し横へ伏せた。
「ありがとう。それでいい」
俺は三つの試験片を眺める。
昨日も今日も、まだ器は作っていない。
土から異物を取り、水を入れすぎて失敗し、乾いた土を混ぜて戻し、自己流でこねて、形を変えて乾かしただけだ。
その結果も、一つは欠け、一つにはひびが入り、残ったものがどうなるかはまだ分からない。
「器まで遠いなぁ」
思わず口から出た。
ハクアの耳がこちらへ向く。
「でも、前みたいに土を丸めてすぐ焼くよりは、少しはましだろ?」
返事はない。
「……そういうことにしておくか」
器はまだできていない。
けれど、土にも硬さがあり、水の量で扱いやすさが変わり、形によって乾き方にも違いが出るらしい。
答えが分かったわけではなくても、何を見ればいいのかは少しずつ増えていた。
「今日はもう触らない。今度こそ本当に」
試験片をもう一度日陰へ戻し、俺は両手を膝へ置く。
少し間を置いてから、念のためもう一度言った。
「……触らないからな」
誰に言い聞かせているのか自分でも分かっていた。
第51話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は候補土から根や葉、小石を取り除き、水を入れすぎる失敗をしながら、扱いやすそうな硬さへ戻しました。
そのうえで形の違う試験片を作り、乾き方やひびの入り方を比べています。
まだ器を作るところまでは進んでいませんが、完成を急がず、材料そのものを確かめながら進めています。




