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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第四章「一人と一匹の暮らし」

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第50話 器が欲しい

第50話です。


物の置き場所を整理したことで、今度は「置く場所はあるのに、入れるものがない」という不便が目につくようになりました。


今回は、器に使えそうな土を探すところから始めます。

 置き場所を決めた次の日、朝食にしようと木の実を葉の上へ出したところで、一つがころりと転がった。


「あ」


 手を伸ばすより早く、木の実は葉の端を越え、地面へ落ちる。


「…………」


 拾って土を払い、もう一度葉の中央へ戻す。


「平らじゃないんだから、そりゃ転がるよな」


 昨日、食べ物を置く場所は決めた。


 大きな葉を敷き、その上へ木の実や採ってきた草を置けば、土のついた道具と混ざることもない。


 そこまではよかった。


 問題は、葉そのものが入れ物ではないということだった。


「置けるけど、入らない」


 端を少し折り上げてみる。


「これなら……」


 手を離すと、すぐ元へ戻った。


「駄目か」


 倒木の近くから、ハクアがこちらを見ている。


「見てた?」


 白い耳が動いた。


「笑うなよ。結構困ってるんだからな」


 もちろんハクアは笑わない。


 俺は木の実を一つ口へ放り込み、残りを葉の真ん中へ寄せた。


 食べ物だけではない。


 水を入れている樹皮の容器も、ずっと使えるわけではなかった。


 朝の水汲みへ持っていこうと持ち上げると、底の近くから冷たいものが指へ落ちる。


「また漏れてる」


 容器を傾け、どこから出ているのか確かめる。


 大きな穴ではない。


 樹皮を折り曲げたところから、じわじわと水が染みている。


「昨日ここに置くって決めたばっかりなのに、置くものの方が駄目になるのか」


 独り言を言いながら、漏れているところを指で押さえる。


 一時的にはどうにかなっても、樹皮は使っているうちに曲がり方が変わるし、乾けば硬くなり、濡れればまた柔らかくなる。


「水はこれで何とかするとしても……」


 食べ物。


 小さな材料。


 採ってきたもの。


 何かを入れておけるものがあれば、ずいぶん楽になる。


 そこで、ふと地面へ目が向いた。


「…………」


 器を作れないだろうか。


 粘りのある土なら、形を作り、乾かして焼けば器になるかもしれない。


「土、か」


 ハクアがこちらへ近付いてきた。


 鼻を伸ばし、俺が見ていた地面の匂いを嗅ぐ。


「食べ物じゃないぞ」


 ハクアは一度匂いを確かめると、興味をなくしたように顔を逸らした。


「分かってるよな、それくらい」


 地面の土を眺める。


 前世で陶器がどう作られていたかなんて、詳しく覚えてはいない。


 土をこねる。


 中の空気を抜く。


 厚さをなるべく揃える。


 急いで乾かさない。


 最後に焼く。


「知ってるの、このくらいか」


 やったことはない。


 どんな土がいいのかも分からないし、焼く温度も時間も知らない。


「知識って言うには薄いな」


 それでも、見つけた土をそのまま器の形にして火へ近付けるほど、急ぐつもりはなかった。


「まず、土を見るか」


 水場へ行くついでではなく、今日は池の方へ向かうことにする。


 水のある池の岸なら、乾いた地面とは違う土が見つかるかもしれない。


「ハクア、池行くけど来る?」


 声をかけると、ハクアは俺を見たあと、身体を起こした。


「来るんだな」


 樹皮を何枚か持つ。


 水を運ぶためではない。


 土を分けて持ち帰るためだ。


「今日は魚じゃないぞ」


 歩き出すと、ハクアが少し遅れてついてきた。


 池へ着き、いつものように周囲を確認してから岸へ近付く。


 水辺には、乾いた地面とは違う色の土が何か所も見えていた。


「この辺から見てみるか」


 しゃがみ込み、指で少し土を取る。


「…………ざらざらする」


 握ってみる。


 固まりはするものの、指の間に細かな砂のような感触が多い。


「これ、砂多いのかな」


 正解は分からない。


 でも、比較はできる。


「一番目」


 両手に収まるより少ない程度を取り、樹皮の上へ置く。


 少し横へ移動する。


 同じ岸でも、木の根元近くでは土の色が少し濃かった。


「こっちは?」


 指を押し込む。


 柔らかい。


 少し水分を含んでいる。


 練るように指で押すと、さっきより滑らかだった。


「お、こっちの方が粘る」


 細く伸ばしてみる。


 途中で切れた。


「……そう簡単じゃないか」


 それでも一つ目より扱いやすい。


「二番目」


 別の樹皮へ分ける。


 ハクアは少し離れた水辺で何かの匂いを嗅いでいた。


「土選んでくれたりしない?」


 白い顔がこちらを向く。


「だよな。俺がやる」


 もう少し歩く。


 水際から少し離れ、草が疎らに生えているところにも湿った土があった。


「三つ目」


 掘るというほどではなく、表面の葉や根を避けながら手で取る。


「…………小石多いな」


 指先に硬いものが当たる。


 小さな粒。


 粗い砂。


 細かな根。


「でも、粘りはある?」


 握ると形は残る。


 手を開いても、すぐには崩れない。


「二番目より粗いけど、これはこれで違うな」


 三つ。


 並べて見る。


 一つ目は砂っぽい。


 二つ目は比較的滑らかで粘る。


 三つ目は粒が多いが、握ればまとまる。


「…………見た目だけじゃ分からない」


 当然だった。


「まあ、今日はそれを確かめに来たんだしな」


 どれが器に向く土なのか、今の俺には判断できない。


 だから、いきなり一つに決めて大量に持ち帰るのはやめた。


「これくらいでいい」


 それぞれ両手に収まる程度。


 三か所分。


 樹皮を包むように曲げ、混ざらないよう植物繊維で軽く縛る。


「よし、帰るか」


 ハクアを見る。


「今日は魚なし」


 水面へ目を向けると、小さな魚影が見えた。


「……捕りたいけど、今日は土」


 あれもこれも始めれば、どちらも中途半端になる。


 少し惜しい気はしたが、そのまま池を離れた。


 空き地へ戻ると、三種類の土を倒木の作業場所へ並べる。


「さて」


 まずは葉や根、小石など、目につくものだけを取る。


 全部きれいにする方法は分からないので、今日は簡単に触るだけだ。


「器を作るんじゃなくて、試すだけ」


 自分へ言い聞かせる。


 少量ずつ取り、指で丸める。


 一つは薄く潰す。


 一つは細長く伸ばす。


 一つは小さな塊のまま。


「…………」


 ハクアが近くへ来た。


「踏むなよ」


 言ってから、自分で笑う。


「いや、踏んでも困るほどのものじゃないけど」


 ハクアは試験片ではなく、俺の手元を少し見たあと、倒木の反対側へ伏せた。


「そこなら大丈夫」


 三種類を並べてみる。


 見た目だけなら、どれもただの泥だった。


「何も考えなければ、この中から一番粘るやつで、そのまま器を作ってたかもな」


 今日は作らない。


 指で押した時の感触。


 細くした時にどこで切れるか。


 薄くした時に端がどれくらい崩れるか。


 それを比べる。


「一番目はやっぱり崩れやすい」


 砂っぽかった土は、薄くすると端がぽろぽろ落ちる。


「三番目は粒が邪魔」


 小さな石を取っても、指にざらつきが残る。


 そして。


「二番目」


 押す。


 伸ばす。


 曲げる。


「これが一番扱いやすい……気がする」


 あくまで。


 気がするだけ。


「良い粘土、って決めるのはまだ早いな」


 形になったあとのことを考える。


 形にできることと、乾かして割れないことは別のはずだ。


 焼いた時にどうなるかなど、もっと分からない。


「今日は候補」


 二番目の土を指でつまむ。


「お前が本命」


 ハクアの耳が動いた。


「ハクアじゃないぞ。土に言った」


 白い顔がこちらを向く。


「名前呼んでないのに反応するなよ」


 思わず笑う。


 選んだ土は、まだ器へ形を変えない。


 乾きすぎないよう、少し湿らせた葉で包み、その上から樹皮を巻く。


「これで明日まで持つかな」


 完全に密閉できるわけではない。


 でも、むき出しで置くよりは急に乾きにくいだろう。


 残りの試験片は、どれがどれか分かるよう少し離して並べておく。


「よし」


 一歩下がる。


 今日増えたものは。


 器ではない。


 土。


 それだけ。


「器が欲しいって始めたのに、器の形にすらしてないな」


 少し前なら、進んでいないように感じたかもしれない。


 でも。


「急いで失敗したくはないしな」


 最初から急ぐ必要はない。


 まず材料を見る。


 触る。


 比べる。


 それから作る。


「急がなくても、明日もある」


 包んだ土を、昨日決めた材料置き場の中でも濡れにくいところへ置く。


「ここなら忘れない」


 ハクアが立ち上がり、俺の横を通って自分の休む場所へ戻っていった。


「そっちはちゃんと自分の場所覚えてるよな」


 白い尻尾が一度だけ動く。


「俺も見習うか」


 火のそばへ戻る。


 水を飲み、残っていた木の実を葉の上へ出す。


 また一つ。


 ころりと転がった。


「…………」


 今度は地面へ落ちる前に手で止める。


「だから器が欲しいんだって」


 誰に言うでもなく呟くと、倒木の方からハクアの耳だけがこちらを向いた。

第50話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は初めて、粘土質の土から器を作ることに挑戦します。


ただし、すぐに形を作らず、池の岸から三か所の土を少量ずつ持ち帰り、砂っぽさ、粒の多さ、滑らかさ、粘りを比べています。


選んだ土もまだ「良い粘土」と決まったわけではありません。


まずは器を作る前の、材料を見るところから始めます。

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