第50話 器が欲しい
第50話です。
物の置き場所を整理したことで、今度は「置く場所はあるのに、入れるものがない」という不便が目につくようになりました。
今回は、器に使えそうな土を探すところから始めます。
置き場所を決めた次の日、朝食にしようと木の実を葉の上へ出したところで、一つがころりと転がった。
「あ」
手を伸ばすより早く、木の実は葉の端を越え、地面へ落ちる。
「…………」
拾って土を払い、もう一度葉の中央へ戻す。
「平らじゃないんだから、そりゃ転がるよな」
昨日、食べ物を置く場所は決めた。
大きな葉を敷き、その上へ木の実や採ってきた草を置けば、土のついた道具と混ざることもない。
そこまではよかった。
問題は、葉そのものが入れ物ではないということだった。
「置けるけど、入らない」
端を少し折り上げてみる。
「これなら……」
手を離すと、すぐ元へ戻った。
「駄目か」
倒木の近くから、ハクアがこちらを見ている。
「見てた?」
白い耳が動いた。
「笑うなよ。結構困ってるんだからな」
もちろんハクアは笑わない。
俺は木の実を一つ口へ放り込み、残りを葉の真ん中へ寄せた。
食べ物だけではない。
水を入れている樹皮の容器も、ずっと使えるわけではなかった。
朝の水汲みへ持っていこうと持ち上げると、底の近くから冷たいものが指へ落ちる。
「また漏れてる」
容器を傾け、どこから出ているのか確かめる。
大きな穴ではない。
樹皮を折り曲げたところから、じわじわと水が染みている。
「昨日ここに置くって決めたばっかりなのに、置くものの方が駄目になるのか」
独り言を言いながら、漏れているところを指で押さえる。
一時的にはどうにかなっても、樹皮は使っているうちに曲がり方が変わるし、乾けば硬くなり、濡れればまた柔らかくなる。
「水はこれで何とかするとしても……」
食べ物。
小さな材料。
採ってきたもの。
何かを入れておけるものがあれば、ずいぶん楽になる。
そこで、ふと地面へ目が向いた。
「…………」
器を作れないだろうか。
粘りのある土なら、形を作り、乾かして焼けば器になるかもしれない。
「土、か」
ハクアがこちらへ近付いてきた。
鼻を伸ばし、俺が見ていた地面の匂いを嗅ぐ。
「食べ物じゃないぞ」
ハクアは一度匂いを確かめると、興味をなくしたように顔を逸らした。
「分かってるよな、それくらい」
地面の土を眺める。
前世で陶器がどう作られていたかなんて、詳しく覚えてはいない。
土をこねる。
中の空気を抜く。
厚さをなるべく揃える。
急いで乾かさない。
最後に焼く。
「知ってるの、このくらいか」
やったことはない。
どんな土がいいのかも分からないし、焼く温度も時間も知らない。
「知識って言うには薄いな」
それでも、見つけた土をそのまま器の形にして火へ近付けるほど、急ぐつもりはなかった。
「まず、土を見るか」
水場へ行くついでではなく、今日は池の方へ向かうことにする。
水のある池の岸なら、乾いた地面とは違う土が見つかるかもしれない。
「ハクア、池行くけど来る?」
声をかけると、ハクアは俺を見たあと、身体を起こした。
「来るんだな」
樹皮を何枚か持つ。
水を運ぶためではない。
土を分けて持ち帰るためだ。
「今日は魚じゃないぞ」
歩き出すと、ハクアが少し遅れてついてきた。
池へ着き、いつものように周囲を確認してから岸へ近付く。
水辺には、乾いた地面とは違う色の土が何か所も見えていた。
「この辺から見てみるか」
しゃがみ込み、指で少し土を取る。
「…………ざらざらする」
握ってみる。
固まりはするものの、指の間に細かな砂のような感触が多い。
「これ、砂多いのかな」
正解は分からない。
でも、比較はできる。
「一番目」
両手に収まるより少ない程度を取り、樹皮の上へ置く。
少し横へ移動する。
同じ岸でも、木の根元近くでは土の色が少し濃かった。
「こっちは?」
指を押し込む。
柔らかい。
少し水分を含んでいる。
練るように指で押すと、さっきより滑らかだった。
「お、こっちの方が粘る」
細く伸ばしてみる。
途中で切れた。
「……そう簡単じゃないか」
それでも一つ目より扱いやすい。
「二番目」
別の樹皮へ分ける。
ハクアは少し離れた水辺で何かの匂いを嗅いでいた。
「土選んでくれたりしない?」
白い顔がこちらを向く。
「だよな。俺がやる」
もう少し歩く。
水際から少し離れ、草が疎らに生えているところにも湿った土があった。
「三つ目」
掘るというほどではなく、表面の葉や根を避けながら手で取る。
「…………小石多いな」
指先に硬いものが当たる。
小さな粒。
粗い砂。
細かな根。
「でも、粘りはある?」
握ると形は残る。
手を開いても、すぐには崩れない。
「二番目より粗いけど、これはこれで違うな」
三つ。
並べて見る。
一つ目は砂っぽい。
二つ目は比較的滑らかで粘る。
三つ目は粒が多いが、握ればまとまる。
「…………見た目だけじゃ分からない」
当然だった。
「まあ、今日はそれを確かめに来たんだしな」
どれが器に向く土なのか、今の俺には判断できない。
だから、いきなり一つに決めて大量に持ち帰るのはやめた。
「これくらいでいい」
それぞれ両手に収まる程度。
三か所分。
樹皮を包むように曲げ、混ざらないよう植物繊維で軽く縛る。
「よし、帰るか」
ハクアを見る。
「今日は魚なし」
水面へ目を向けると、小さな魚影が見えた。
「……捕りたいけど、今日は土」
あれもこれも始めれば、どちらも中途半端になる。
少し惜しい気はしたが、そのまま池を離れた。
空き地へ戻ると、三種類の土を倒木の作業場所へ並べる。
「さて」
まずは葉や根、小石など、目につくものだけを取る。
全部きれいにする方法は分からないので、今日は簡単に触るだけだ。
「器を作るんじゃなくて、試すだけ」
自分へ言い聞かせる。
少量ずつ取り、指で丸める。
一つは薄く潰す。
一つは細長く伸ばす。
一つは小さな塊のまま。
「…………」
ハクアが近くへ来た。
「踏むなよ」
言ってから、自分で笑う。
「いや、踏んでも困るほどのものじゃないけど」
ハクアは試験片ではなく、俺の手元を少し見たあと、倒木の反対側へ伏せた。
「そこなら大丈夫」
三種類を並べてみる。
見た目だけなら、どれもただの泥だった。
「何も考えなければ、この中から一番粘るやつで、そのまま器を作ってたかもな」
今日は作らない。
指で押した時の感触。
細くした時にどこで切れるか。
薄くした時に端がどれくらい崩れるか。
それを比べる。
「一番目はやっぱり崩れやすい」
砂っぽかった土は、薄くすると端がぽろぽろ落ちる。
「三番目は粒が邪魔」
小さな石を取っても、指にざらつきが残る。
そして。
「二番目」
押す。
伸ばす。
曲げる。
「これが一番扱いやすい……気がする」
あくまで。
気がするだけ。
「良い粘土、って決めるのはまだ早いな」
形になったあとのことを考える。
形にできることと、乾かして割れないことは別のはずだ。
焼いた時にどうなるかなど、もっと分からない。
「今日は候補」
二番目の土を指でつまむ。
「お前が本命」
ハクアの耳が動いた。
「ハクアじゃないぞ。土に言った」
白い顔がこちらを向く。
「名前呼んでないのに反応するなよ」
思わず笑う。
選んだ土は、まだ器へ形を変えない。
乾きすぎないよう、少し湿らせた葉で包み、その上から樹皮を巻く。
「これで明日まで持つかな」
完全に密閉できるわけではない。
でも、むき出しで置くよりは急に乾きにくいだろう。
残りの試験片は、どれがどれか分かるよう少し離して並べておく。
「よし」
一歩下がる。
今日増えたものは。
器ではない。
土。
それだけ。
「器が欲しいって始めたのに、器の形にすらしてないな」
少し前なら、進んでいないように感じたかもしれない。
でも。
「急いで失敗したくはないしな」
最初から急ぐ必要はない。
まず材料を見る。
触る。
比べる。
それから作る。
「急がなくても、明日もある」
包んだ土を、昨日決めた材料置き場の中でも濡れにくいところへ置く。
「ここなら忘れない」
ハクアが立ち上がり、俺の横を通って自分の休む場所へ戻っていった。
「そっちはちゃんと自分の場所覚えてるよな」
白い尻尾が一度だけ動く。
「俺も見習うか」
火のそばへ戻る。
水を飲み、残っていた木の実を葉の上へ出す。
また一つ。
ころりと転がった。
「…………」
今度は地面へ落ちる前に手で止める。
「だから器が欲しいんだって」
誰に言うでもなく呟くと、倒木の方からハクアの耳だけがこちらを向いた。
第50話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は初めて、粘土質の土から器を作ることに挑戦します。
ただし、すぐに形を作らず、池の岸から三か所の土を少量ずつ持ち帰り、砂っぽさ、粒の多さ、滑らかさ、粘りを比べています。
選んだ土もまだ「良い粘土」と決まったわけではありません。
まずは器を作る前の、材料を見るところから始めます。




