第49話 置く場所を決める
第49話です。
屋根を広げ、水の流れや風の入り方も少し整えました。
それでも、暮らす場所が広くなっただけでは使いやすくなりません。
今回は、増えてきた道具や材料の置き場所を見直します。
朝、火を整えたあとで石片を使おうとして、俺は手を止めた。
「…………どこ置いた?」
昨日、濡れた地面を直すために使ったものだ。
浅い溝を掘った時にも使ったし、そのあと風除けの枝を削るのにも使った。
最後に使った場所は覚えている。
問題は、そこから先だった。
「戻したっけ?」
棚を見る。
ない。
水の容器の横も探す。
やはり、ない。
薪のそばには別の石片が一つ落ちていた。
「なんでここにあるんだ」
探しているものではない。
雨避けの下を覗くと、材料の枝や乾かしている植物繊維、樹皮、食べ物を置く葉が重なっていた。
石斧も水の容器も、その間に紛れている。
「…………あった」
昨日の石片は、丸めた樹皮の下に半分隠れていた。
拾い上げて、俺は小さく息を吐く。
「見つかったけど、これじゃ使うたびに探すことになるな」
少し離れて、雨避けの中を見渡す。
屋根を横へ広げたことで、置ける場所そのものは増えた。
なのに、前より散らかっている。
「広くなったから、余計に適当に置くようになったのか」
濡れないからここ。
邪魔だからこっち。
あとで使うから、その辺。
そんなふうに置いてきた結果、必要なものを探し、歩くたびに何かを避け、水を運ぶ時には足元を気にするようになっていた。
「広げただけじゃ駄目か」
物を置く場所が増えても、置き方が変わらなければ使いやすくはならない。
「一回、全部出すか」
今日は晴れている。
雨の心配はなさそうだ。
俺は雨避けの下に置いてあるものを、一つずつ外へ運び出した。
石器。
植物繊維。
樹皮。
水容器。
食べ物。
乾いた枝。
細かな材料。
並べてみると、思っていたより多い。
「増えたな」
最初は、ほとんど何もなかった。
今あるものも、たいした道具ではない。
どれも粗く、形も揃っていない。
それでも、一つずつ必要になり、残ってきたものだ。
「さて、どう分けるか」
細かく分けすぎても覚えられない。
箱もないし、大きな棚もない。
「大まかでいいか」
まずは、よく使う道具から考える。
石斧。
石片。
紐代わりの植物繊維。
「これは棚だな」
今ある低い棚を見る。
少しぐらついている。
「その前に、こっちを直すか」
棚の脚を確認すると、一か所だけ地面が削れて傾いていた。
「雨のせいかな」
小石を挟み、上から押さえる。
まだ揺れる。
反対側にも小石を一つ足して、もう一度押した。
「これなら……よし」
棚の上には、よく使うものだけを置く。
乾いた植物繊維。
細い紐。
使いやすい石片。
「全部を置いたら、また探すことになるからな」
石斧は棚の横へ置くことにした。
地面へ直接置くと見失いそうだが、立て掛けるだけでは倒れそうだった。
「棚と支柱の間なら、手も届くし邪魔にもならない」
実際に置いてから、通り道を歩いてみる。
足には当たらない。
「ここでいいな」
次は火の周りだ。
焚き火の近くには、火口に使う乾いた葉、細い枝、すぐ燃やす薪を置く。
ただし、近すぎるのは危ない。
「火の粉が飛んだら困るし、風が強い時も怖い」
焚き火から少し離れた場所へ、三種類をまとめて置いた。
完全に分ける必要はない。
混ざっていても、使う時に迷わなければ十分だ。
「火口はここ。細い枝はその隣。太い薪は少し外側」
口に出しながら並べる。
「これなら、火を見ながら手を伸ばせる」
次は水だ。
樹皮の容器は、今まで屋根の下の空いているところへ置いていた。
しかし、火に近い場所では蹴りそうになる。
「こっちに移すか」
雨避けの端へ運ぶ。
地面が比較的平らで、浅い排水溝からも少し離れている場所だ。
「倒れないところ……ここだな」
容器を置き、軽く押してみる。
ぐらつかない。
「よし、水はここ」
次は材料だった。
「これが一番多いな」
枝。
樹皮。
使えるかもしれない木。
長いものと短いもの。
全部を屋根の下へ入れるのは無理だ。
「乾かしておきたいものだけ、屋根の端へ置く」
長い枝は、倒木の方へ運ぶことにした。
昨日までハクアの休む場所を避けて材料を置いていたが、今度は作業場所として使えるように整える。
「ここを作業する場所にするか」
倒木は座れるし、木を押さえる台にもなる。
石器を使う時も、火から少し離れている。
長い材料を倒木の端へ立て掛ける。
ハクアがよく使う場所とは反対側だ。
「通れるかな」
水場から戻る道を歩く。
森へ出る方向も確認する。
火と雨避けの間も歩いてみる。
「大丈夫そうだ」
ハクアの休む場所へ向かう道にも、枝は出ていない。
「これなら邪魔にならないな」
最後は食べ物だ。
「これは道具と離しておきたい」
土のついた石や木を削った道具、魚を処理した石片と、食べるものを一緒に置くのは避けたい。
大きな葉を一枚、雨避けの奥側へ敷く。
寝床からは少し離し、火や水の容器からも距離を取る。
その上へ木の実や採ってきた草を並べた。
「食べ物はここ」
次に、棚を指す。
「道具は棚」
火のそばを見て続ける。
「薪と火口は、焚き火の近く」
水の容器を振り返る。
「水は端」
倒木の方へ目を向ける。
「材料は、あっち」
最後に、葉の上を確認する。
「食べ物はここ」
五つに分けただけだ。
「これくらいなら覚えられる」
新しいものを作ったわけではない。
ただ、置く場所を決めただけだ。
それでも、雨避けの外から眺めると、少し広く見えた。
物の量は変わっていない。
通る場所から物が減っただけだ。
「これだけで、こんなに違うのか」
寝床から火へ。
火から水へ。
水から棚へ。
棚から外へ。
順番に歩いてみる。
「引っかからない」
今までは、何かを避けながら歩くのが当たり前になっていた。
それがなくなっただけで、身体の動きが軽く感じる。
「ちょっと嬉しいな」
その時、森の方から草を踏む音が聞こえた。
ハクアが空き地へ戻ってくる。
「おかえり」
白い姿がこちらへ近付き、雨避けの中を覗き込むように立ち止まった。
「変わっただろ?」
ハクアは鼻を動かし、棚、水の容器、材料の順に匂いを確かめる。
「物を動かしただけだけどな」
ハクアは返事をせず、そのまま倒木の方へ歩いていった。
休む場所はいつも通りだ。
材料も邪魔していない。
「よし。そこなら問題ないな」
俺も倒木のところへ向かい、長い枝を一本手に取った。
石片で枝を削り始める。
しばらく作業を続けたあと、火の様子が気になって立ち上がった。
「あ」
そのまま火の方へ歩きかけて、足を止める。
石片を地面へ置いたままだった。
「早速やってるじゃないか」
自分で呆れながら拾い上げ、棚へ戻す。
「置く場所を決めても、戻さなきゃ意味がないな」
思わず笑いが漏れた。
「習慣は別か」
今までは、使ったらその辺へ置いていた。
今日から急に、全部戻せるようになるわけではない。
「使ったら戻す」
声に出して、石片を棚へ置く。
しばらくして、また石片を使う。
木を削り終えたあと、今度は地面へ置きかけて手を止めた。
「……棚」
自分に言い聞かせるように呟き、棚へ戻す。
「面倒だな」
それでも、探すよりはましだ。
「何度かやれば、考えなくても戻せるようになるだろ」
夕方になる頃には、火へ薪を足し、水を飲み、食べ物を準備するたびに、決めた場所を使うようになっていた。
棚から石片を取り、使い終えたら棚へ戻す。
その動きが、少しずつ自然になっていく。
「何となく、動きやすいな」
新しい道具はない。
新しい建物もない。
屋根の大きさも昨日と同じだ。
それでも、昨日より楽だった。
「暮らしやすさって、何かを増やすことだけじゃないんだな」
今あるものを、どこへ置くか。
それだけでも、暮らしは少し変わる。
ハクアは倒木の近くで伏せている。
そこへ向かう道にも、物はない。
「これなら、今までより使いやすい」
俺は棚を見る。
石斧。
石片。
植物繊維。
水。
薪。
材料。
食べ物。
まだ、きれいに整っているとは言えない。
それでも、どこに何があるかはだいたい分かる。
「それで十分か」
火の音を聞きながら、俺は使い終わった石片を、今度は迷わず棚へ戻した。
第49話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は新しい家具を増やさず、今ある棚や空間を使って置き場所を整理しました。
道具、火、水、材料、食べ物を大まかに分け、通り道から物を外しただけですが、それでも少し動きやすくなっています。
ただし、置き場所を決めても、すぐに片付ける習慣まで身につくわけではありません。
暮らしやすさも、少しずつ積み重ねていきます。




