第48話 水の流れる方
第48話です。
少し広げた雨避けが本当に使えるかどうかは、晴れている間には分かりません。
今回は雨の中で使ってみて、屋根を広げたことで新しく生まれた問題を直していきます。
雨の音で目が覚めた。
細かな音が何重にも重なり、屋根に載せた葉や樹皮を叩いている。
「降ったか」
身体を起こし、まず頭上を見た。
昨日までに広げた雨避けは、暗い朝の中でも形を保っている。葉が大きくずれているところもなければ、支柱が倒れている様子もない。
「とりあえず、崩れてはいないな」
そのまましばらく見ていると、屋根の隙間から細い雫が一滴落ちた。
少し離れたところからも、また一滴。
「漏れるか」
手を伸ばして受けてみる。
ぽつ、と落ちたものの、続けて降ってくるほどではない。
「このくらいなら、まあ」
完全に雨を防げるとは思っていなかった。
寝床へ直接落ち続けるなら困るが、今のところ水が入ってくるのは端の方だけで、少し物を動かせば避けられる程度だ。
水の容器を一つ奥へ寄せ、濡らしたくない植物繊維も位置を変える。
「広げた分は、ちゃんと使えてるな」
以前より余裕がある。
身体を起こしても、足元の道具へすぐ当たらない。増築した側へ移しておいた材料にも、直接雨は落ちていなかった。
「…………」
白い姿を探す。
ハクアは屋根の端近くで伏せていた。
いつもの倒木付近から少しこちらへ寄っているが、俺の寝床へ近付いているわけではない。
「そこなら濡れない?」
耳が動く。
背中を見る限り、今のところ大きく濡れてはいなかった。
「なら、よし」
火を見る。
昨日から残した灰の中に火種はあったが、湿った空気のせいか、いつもより炎へ戻るまでに時間がかかった。
乾いた葉を足し、細い枝を少しずつ重ねる。
「今日は薪も濡らしたくないな」
屋根の下へ置いてある細枝は乾いている。
外にある太いものは、表面がすでに濡れていた。
「こういう時に屋根を広げたのは正解だったか」
少し満足しながら火を育てる。
しばらくすると炎が安定した。
その時、雨音に混じって妙に大きな水の音が聞こえてきた。
「…………ん?」
ぽたぽたという音ではない。
もっとまとまった水が、地面を叩いているような音だった。
「どこだ?」
屋根の端を見る。
「…………」
増築した側だ。
屋根を流れてきた水が端へ集まり、そこから何本も続けて落ちている。
「そうなるよな」
屋根が広がった分、受ける雨も増えた。
雨が消えたわけではなく、屋根の上を流れた水が別の場所へ落ちるようになっただけだ。
「…………」
外へ顔を出すと、冷たい雨が頬へ当たった。
屋根の端から落ちた水は、その下の地面を少しずつ削っている。
「ここまではいいけど……」
視線を下へ動かす。
水は地面を流れ、小さな流れになって少し低いところへ向かっているようだった。
「…………こっち来てない?」
流れの先を見る。
作業に使っている倒木の近く、そして――
「ハクア」
白い姿の少し手前まで、水が回り込んでいた。
まだ足元へ届くほどではない。
でも、このまま雨が続けば近くまで来るだろう。
ハクアも気付いたのか、顔を上げて流れる水を見ている。
「ごめん。それ、俺が屋根を広げたせいだな」
ハクアは何も言わない。
当然だけど。
「…………」
水場へ向かう踏み跡の方にも、別の細い流れが伸びている。
「これ、歩くところも泥になるな」
屋根を広げて雨を避けられる場所は増えた。
その結果、屋根の外側へ落ちる水も増えている。
「作ったら終わりじゃないって、昨日言ったばっかりだな」
もう問題が出た。
「どうする」
屋根の端へ溝を作る。
そう考えかけたが、すぐに別の問題へ気付いた。
「…………どこへ流す?」
適当に溝を掘って水場への道へ流したら意味がない。寝床の方へ回り込んでも困る。
「水が行きたがってる方を見た方がいいか」
雨の中へ出る。
「冷たっ」
すぐに肩が濡れたが、長くいるつもりはない。
地面を見る。
空き地は平らに見えていた。
最初は。
でも雨が降ると、水はわずかな高低差に沿って動いている。
「…………」
高い方から低い方へ。
ほんの少しの差でも、水は流れやすい方向を選んでいた。
「こっちから、こっち」
空き地の奥側から反対側の端へ、水が集まっている。
少し離れたところでは、すでに自然にその方向へ流れていた。
「なら、そこへ繋ぐ」
寝床、作業場所、ハクアの休むところ、水場へ向かう道。それらを避けて、流れだけを低い方へ通す。
「こっちを通すか」
雨避けへ戻り、硬い枝や石など使えそうなものを持ってくる。
「立派な溝じゃなくていい。水の流れを少し変えられればいい」
屋根から落ちる場所の少し先へ、枝の先を押し込む。
「…………硬い」
雨で柔らかくなっているところもあるが、根の近くは簡単には削れない。
「こっちは無理か」
少し場所をずらし、石で地面を擦る。枝でほぐしながら、浅く削っていく。
「深くなくていい」
指が入るかどうか、それくらいで十分だ。
水を止めるのではなく、流れる方向を作る。
「…………」
少し掘ると、水が溝へ入り込んだ。
「お」
細い流れができた。
ただ、途中で溢れてしまう。
「まだ低くないか」
少し先をさらに削る。
水がまた動いた。
「こっち」
枝で泥を掻き、小石を外す。
細く、浅く、まっすぐでもない。
それでも――
「流れた」
屋根の端から落ちた水が、さっきまで倒木側へ回っていたところから少しずつ別の方へ流れ始めた。
その先で、空き地の低い側へ自然に流れている水と繋がる。
「よし」
もう一か所、水場へ向かう踏み跡の方へ行きそうな流れにも手を入れる。
「これも外すか」
全部を一つへ集める必要はない。
寝る場所と歩くところから、少し外せれば十分だ。
「…………」
雨に濡れながら、何度も水の動きを見る。
掘る。
流れる。
詰まる。
「葉っぱか」
溝へ一枚、濡れた葉が引っかかっていた。
「もう詰まってるじゃん」
取り除く。
「これ、ずっと手入れが必要だな」
雨が降れば葉や泥、小枝が入り込む。
「側溝ってすごかったんだな」
前世では、あって当たり前だった。
水が流れ、道路へ溜まらない。
今は浅い溝一つでも、自分で掘らなければ存在しない。
「…………」
少し笑ってから、雨避けへ戻る。
身体はかなり濡れていた。
「寒い」
火へ近付きすぎないよう気を付けながら、濡れた腕を温める。
ハクアはまだ同じところにいた。
足元を見ると、水はさっきより近付いていない。
「どう?」
耳が動く。
「成功ってことでいい?」
返事はない。
それでも、少なくとも白い前脚の近くへ水は流れていなかった。
「一回の雨じゃ分からないけどな」
もっと強い雨や長い雨なら、今の浅い溝などすぐ溢れるかもしれない。
「今日はこれで十分」
そう決める。
雨は昼を過ぎる頃まで続いた。
増築した屋根には少し漏れる場所があり、風が強くなると端から細かな雨も入ってきた。
それでも、寝床は以前よりずっと使いやすい。
道具も水も、濡らさずに置ける場所が増えた。
「悪くない」
問題がないわけではない。
雨水、隙間、風。
「…………風」
その言葉で気付いた。
雨避けの横から、ときどき冷たい風が入ってくる。
「これも地味に寒いな」
屋根があっても壁はない。
風が通る。
「全部塞ぐのは駄目だろうな」
煙もあるし、湿気もこもる。何より、壁を作るほどの材料も技術もない。
「風を止めるんじゃなくて、弱くする」
それくらいならできそうだった。
雨が止んだあと、空き地を見回す。
木々や枝、葉の揺れ方を見ていると、風がよく入ってくる側が分かった。
「こっちか」
何度か、同じ方向から風が抜けている。
雨避けの横を通り、ハクアの休む場所にも当たりやすい。
「低いのを作るか」
壁ではない。
腰より低いくらいのものを、枝と葉で組む。
「枝を立てて、間に葉と樹皮を入れる」
全部は塞がず、隙間を残す。
「風が少し散ればいい」
細い枝や短い枝を拾い、地面へ差す。横に枝を渡し、植物繊維で結んでいく。
「また縛るのか」
昨日まで屋根を作っていたので、今日も同じ作業をしているような気分になる。
ただ、使う場所は違う。
屋根より低く、作りも粗い。
「こんなもんかな」
枝の間へ大きな葉や樹皮を一部だけ差し込む。
離れて見ると、壁と呼ぶには頼りない。向こう側も見えている。
「風除けって呼んでいいのかな」
風が吹き、葉が揺れる。
完全には止まらない。
それでも、少し弱くなったような気はした。
「まあ、次に風が吹いた時か、雨が来た時に使ってみれば分かる」
俺は雨避けの前へ戻った。
浅い溝、低い風除け、広げた屋根。
「…………」
昨日より、また少し変わった。
立派になったというより、問題が出たところを直しただけだ。
屋根を広げたら水が増えた。
水を流したら風が入った。
だから少し遮った。
「…………」
たぶん、これからもそんなことの繰り返しになる。
ハクアが倒木の近くへ戻り、少し湿った草の上へ伏せた。
「そこ、もう水は来てないだろ」
白い耳が動く。
「…………」
俺は浅い溝を見る。
水はまだ少しだけ、低い方へ流れていた。
自分で掘ったというより、最初から水が行きたがっていた方向へ、少しだけ道を作ったのだ。
「水の流れる方、か」
小さく呟く。
空き地の端から水が静かに森の低い方へ消えていった。
第48話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
増築した屋根は大きく崩れませんでしたが、屋根から落ちた雨水が作業場所やハクアの休息場所へ回り込む問題が見つかりました。
今回は自然な地面の傾きを利用し、生活場所や水場への道を避けるように浅い溝を作っています。大雨に耐えられるかは、まだ分かりません。
雨のあとには、風を完全に止めない程度の低い風除けも加えました。
暮らしを少し整えると、今まで見えていなかった次の問題が、また一つ見えてきます。




