第47話 もう少し広ければ
第47話です。
暮らしが続けば、少しずつ物が増え、使う場所も増えていきます。
今回は、新しく何かを大きく作るのではなく、今ある雨避けを少しだけ広げます。
朝、水を汲んで戻ってきたところで、俺は雨避けの下を見て足を止めた。
「…………狭いな」
今さらだった。
寝る場所に水の容器、石斧や石片、乾かしておきたい植物繊維、拾ってきた材料、食べ物を置く葉。少しずつ増えたものが、屋根の下へ寄せられている。
晴れているうちは、それほど気にならない。外へ出しておけばいいものも多いし、使ったものをその辺へ置く余裕もある。
問題は、雨が降った時だった。
「全部こっちに来るんだよな」
濡らしたくないものを屋根の下へ入れると、一気に足の置き場が減る。
俺一人なら、身体を小さくして寝れば何とかなる。でも今は。
「…………」
倒木の方を見る。
ハクアはいつもの場所に伏せていた。
雨の日には、あいつも屋根の端へ入ってくることがある。そうなると。
「人と物とハクアで、ぎゅうぎゅうだな」
別に、ハクアのためだけに広げたいわけではない。
俺自身も、寝返りを打つたびに水の容器へ足を当てたり、石片を避けて身体を起こしたりするのは面倒だった。
「もう少し広ければ」
それだけだ。
本格的なものを作るほどではない。今の雨避けだって、木を組み、枝を渡し、樹皮と大きな葉を重ねただけの簡単なものだ。
「横に足すだけなら」
今ある部分を壊す必要はない。片側へ少しだけ広げる。
「……七十センチくらい?」
正確に測れるものはないので、自分の腕や歩幅で大まかに考える。
「このくらい広がれば、物をそっちへ寄せられる」
寝る場所の周りにも、少し余白ができるはずだ。
俺は雨避けの横へ立ち、地面を見る。木の根、石、少し傾いたところ。
「支柱はここかな」
既存の屋根と平行になるように、二本の支えを追加する。簡単に考えれば、それだけだ。
「簡単に考えれば、だけど」
前にも、簡単そうに見えて、やってみたら全然違うことは何度もあった。
「まず木だな」
森へ入り、太すぎず細すぎず、なるべく真っすぐな枝を探す。
「…………」
見つからない。
「真っすぐな木って、意外とないんだよな」
曲がっているもの、枝分かれしているもの、虫に食われているもの、重すぎるものばかりだ。
何本か候補を見て、結局、完全には真っすぐでないものを選んだ。
「これでいい」
完璧な材料を探して森を歩き回るより、使えるものを使う。
二本の支柱に加え、横へ渡す枝と細い骨組みに使う枝も集める。
「一回じゃ無理だな」
何度か往復する。
ハクアは最初のうちは空き地にいたが、途中で姿が見えなくなった。
「森に行ったか」
それだけ確認して、作業を続ける。
まず支柱を立てるため、地面へ深く打ち込みたい。
でも。
「穴掘る道具がな」
木の棒と石、それくらいしかない。
先の硬い枝で地面をほぐし、小石を取り除く。
「…………」
思ったより入らない。
少し場所をずらす。
「こっちの方がいいか」
根が少ないところを選び、そこへ支柱を立てる。
「一人だと、これが面倒なんだよな」
立てながら押さえ、周りへ土と石を戻していく。
「倒れるなよ」
手を離すと、支柱は少し傾いた。
「駄目」
やり直し、今度は石を多めに噛ませる。
もう一本も同じように立てる。
「…………」
昼前、ようやく二本の支柱が立った。
「骨だけ」
そこへ今の雨避けから横向きの枝を渡し、植物繊維で縛る。
締めても少し揺れる。
「まあ、完全に動かないようにするのは難しい」
屋根が乗っても潰れなければいい。
その上へ細い枝を何本か渡し、大きな葉や樹皮を支える骨組みにする。
「こんな感じ」
一歩下がって眺める。
「…………」
広がった。
まだ骨だけで屋根はないが、少し形が見えてきた。
今の雨避けの横へ、小さくもう一枚、屋根が続く。
「今日はここまでかな」
思ったより時間がかかり、腕も疲れている。
水を飲んで火へ戻る。
「…………」
夕方、ハクアが森から戻ってきた。
「おかえり」
白い姿が空き地へ入り、新しく立てた支柱の前で一度止まる。
「変わっただろ」
匂いを嗅ぎ、支柱や植物繊維の辺りを少し見てから、そのまま倒木へ向かった。
「興味ない?」
耳だけが動く。
「まあ、まだ屋根ないしな」
次の日は朝から、樹皮や大きな葉など、屋根に使えそうなものを集めた。
「下から重ねる」
前に雨避けを作った時、水の流れを考えずに置くと隙間から雨が入ってきた。
「上の葉を、下の葉に重ねる」
雨が上から落ちて下へ流れる。その流れに逆らわない。
「たぶん」
知識としてはそうだ。
でも、実際に重ねてみると。
「…………」
葉はずれるし、形もそれぞれ違う。樹皮も平らではない。
「思った通りにはいかないな」
一枚、もう一枚と重ね、植物繊維で軽く留めていく。
全部を強く縛れば葉が裂け、緩ければ風でずれる。
「このくらい?」
何度か調整し、昼には屋根の半分ほどができた。
「…………水飲もう」
腕を下ろし、首を回す。
「上向いてると疲れる」
地面へ座る。
ハクアは新しい屋根の下ではなく、いつもの倒木の横にいた。
「まだそっちの方がいいよな」
今日は晴れている。わざわざ狭い屋根の下へ入る理由もない。
午後、残りの葉と樹皮を重ねていく。
「…………」
最後の方で、何となく違和感があった。
「傾き?」
少し離れて見る。
元の雨避けから追加した支柱へ向かって、屋根は下がっているはずだった。
「…………端が低すぎる?」
いや、途中に一か所、妙に平らなところがある。
「水、溜まるな」
雨が降れば、そこだけ流れにくい。
「…………」
見なかったことにするか、少し考える。
「いや」
屋根を広げたのに、雨で潰れたら意味がない。
「やり直し」
結んだ繊維を外し、枝を一本、少し上へ移して締め直す。
葉も数枚外し、重ね直す。
「面倒」
でも。
「今なら直せる」
雨が降って水が溜まり、重くなって崩れてから直す方が、もっと面倒だ。
「…………」
夕方前、ようやく手を止めた。
「こんなもんかな」
屋根が横へ広がった。
大きくはない。七十センチくらいで、元の場所と合わせれば二メートルちょっと、横も二メートル半くらいだろう。
「正確じゃないけど」
壁はないし、床もない。雨を完全に防げるとも思わない。
「でも」
屋根の下へ水の容器を移し、材料の一部と石器も寄せる。
「寝るところ」
見れば、何も置かれていない。
「広い」
今まで物が置いてあった場所が空いている。
「これだけでも違うな」
身体を横にしても足元に水がなく、石片もない。
「…………」
ちょっと嬉しい。
大きなものを作ったわけではない。ただ屋根を少し横へ伸ばしただけだ。
それでも、暮らす場所が少し使いやすくなった。
「…………」
その時、草を踏む音がした。
ハクアが新しく広げた側へ近付いてくる。
「ん?」
支柱と屋根の下を匂う。
「入る?」
白い身体が、少しだけ新しい屋根の下へ入った。
「…………」
端なので、完全に中へ入ったわけではない。前脚だけが少し屋根の影に入っている。
「そこ?」
ハクアが伏せる。
「…………」
俺は笑った。
「まあ、好きなところ使え」
使うかどうかは、ハクアが決めればいい。
雨の日にここへ入るかもしれないし、入らないかもしれない。
「…………」
それでいい。
俺は新しく空いた寝床の横へ座り、上を見上げる。
樹皮と葉は不揃いだ。
「雨降らないと分からないな」
漏れるか、風でめくれるか、どこに水が落ちるか。
「…………」
作っただけでは完成じゃない。
雨が降って、使って、邪魔なところが出て、また直す。
「たぶん、ずっとそれだな」
火を見て、水を見て、屋根を見る。
倒木のそば、新しい屋根の端で伏せているハクアにも目を向ける。
「…………」
少し前より、ほんの少し広い。
それだけなのに、いつもの空き地が昨日より少しだけ、暮らす場所らしく見えた。
一人用だった雨避けを、横へ少しだけ広げました。
本格的な小屋ではなく、支柱と枝を足し、樹皮や大きな葉を重ねただけの簡単な増築です。
道具や水を新しい側へ移したことで、寝床の周りにも少し余白ができました。
ただし、実際に雨が降った時にどうなるかは、まだ分かりません。




