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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第四章「一人と一匹の暮らし」

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第46話 煙の向き

第46話です。


一度目の保存実験は失敗しましたが、失敗したからこそ、次に変えるところが少し見えてきました。


今回は欲張らず、「一晩だけ」を目標にもう一度試します。

 次に魚を残してみようと思った時、最初に決めたのは、前よりうまく作ることではなかった。


「一晩だけでいい」


 昨日の魚を今日まで。


 それ以上は考えない。


 何日も保存できるものを作ろうとすれば、今の自分では何を確かめればいいのか分からなくなる。それなら、まずは前回失敗したところを少しだけ変えてみる方がいい。


 池で捕れたのは、小さな魚が一匹だった。


 何度か逃げられ、石の並びを直しながら追い込んだ末の一匹なので、今日のうちに食べてしまいたい気持ちもある。


 それでも、今回は最初から試すために来た。


「頼むぞ」


 魚へ言っても仕方がないが、そう声をかけて空き地へ戻った。


 ハクアは倒木の近くにいて、俺が魚を持って戻ってくると一度だけ顔を上げた。


「今日は俺が食べるんじゃなくて、明日の俺に残す」


 白い耳が少し動く。


「まあ、明日食えるかはまだ分からないけどな」


 まずは魚を処理する。


 腹を開いて内臓を取り除き、水で流すところまでは前と同じだった。


 違うのは、その先だ。


「厚いところを減らす」


 石片を使い、なるべく身を平たくする。


 金属の刃物のようにきれいには切れず、削いだ身が少し崩れたが、前回のように片側だけ厚く残らないよう注意する。


「これ以上やると、身がなくなるな」


 欲張らず、そこで止める。


 葉の上へ置き、表面の水気を少し取る。布があるわけではないので、乾いた葉を軽く当てては替え、触った時に水が指へつかなくなる程度まで待った。


「前よりは平たい」


 見た目は相変わらず不格好だが、それでいい。


 昨日使った簡単な横木を焚き火の近くへ置く。


 二本の支えへ長めの枝を渡しただけのものなので、持ち上げればすぐ動かせる。


「これが一番大事かもしれないな」


 立派ではない。


 でも、風が変われば動かせる。


 魚を吊るしてから、すぐに火をいじるのではなく、まず煙を見ることにした。


 焚き火から細く上がった煙が、少し斜めに流れている。


「こっちか」


 横木を煙の先へ動かす。


 魚の表面を白い煙がかすめ、そのまま森の方へ流れていった。


「…………」


 しばらく見ていると、煙は同じ方向へ流れ続けるわけではない。


 強くなったり弱くなったり、急に横へずれたりする。


 木の葉も同じだった。


 高い枝の葉が揺れたあと、少し遅れて空き地の低い草が動く。


「風って、ずっと同じじゃないんだな」


 当たり前のことなのだろう。


 でも、これまで火を保つ時には、火が消えないかばかりを見ていた。


 煙を使おうとすると、風の向きまで気になる。


 しばらくして煙が横へ逸れたので、横木を少し動かす。


「この辺」


 近すぎない。


 遠すぎない。


 たぶん。


「…………」


 魚の表面を確認する。


 すぐに変化が出るわけではない。


 焦らず待つ。


 薪を少し足し、煙の量を見ながら火を保つ。


 途中で風が強くなり、煙が倒木の方へ流れ始めた。


「ん?」


 見ると、その先にはハクアの休む場所がある。


 ハクアは伏せていたが、耳を動かし、流れてくる煙の方へ顔を向けた。


「あ、ごめん」


 横木ではなく、まず火の周りを見る。


 煙の出方そのものを変えるのは難しい。


 なら。


「こっちを動かす」


 魚を吊るした横木を持ち上げ、少し反対側へ移す。


 煙の流れを追っていたせいで、いつの間にかハクアの方へ寄せてしまっていたらしい。


「お前のところまで煙だらけにしたら意味ないな」


 ハクアは立ち上がることなく、顔を前脚へ戻した。


 俺ももう一度位置を確かめる。


 魚には煙が当たる。


 ハクアのところへは、さっきほど流れない。


「よし」


 これならいい。


 昼を過ぎても、魚は横木に吊るされたままだった。


 時々向きを変え、片側だけが火に近くなり続けないようにする。


 薄くしたおかげなのか、前より表面の乾き方は揃っているように見える。


「…………」


 とはいえ。


 それだけで成功と決めるつもりはない。


 前回だって、外から見ただけならそれらしくなっていた。


 夕方が近付くころ、魚を指で軽く押してみる。


 端は固い。


 中央にはまだ少し柔らかさがあるものの、前回ほど極端ではなかった。


「ここからどうするか」


 前はそのまま雨避けの下へ移した。


 今度も夜露は避けたい。


 ただ、屋根の下だからといって地面の近くへ吊るせば、湿気は多そうだ。


「少し高くするか」


 雨避けの中で、地面からなるべく離せるところを探す。


 完全に風を遮る場所はない。


 むしろ、それが今は都合がいい。


 雨が直接当たらず、空気が動くところ。


「ここかな」


 横木を移し、魚を地面から離した位置へ吊るす。


 火からは十分に遠い。


「一晩」


 魚を見る。


「頼むから変な匂いにならないでくれよ」


 夕食は木の実と採っておいた草で済ませた。


 ハクアはいつの間にか森へ出ていて、陽が落ちる少し前に戻ってきた。口元に何かついている様子もなく、何をしてきたのかは分からない。


「おかえり」


 声をかけると、ハクアはいつもの場所へ向かう。


 俺は火を弱く保ちながら、ときどき雨避けの下の魚を見る。


 見たところで、夜の間に何が起きているかなんて分からない。


「…………」


 結局。


 待つしかない。


 夜が深くなり、火のそばへ横になる。


 魚を残せるかどうかだけで眠れなくなるほどではないが、それでも昨日より少し気になった。


「明日の朝だな」


 そう呟いて目を閉じた。


 朝。


 目を覚ますと、最初に焚き火の灰を確かめ、そのあと雨避けの下へ向かった。


「…………」


 魚は。


 ある。


 当然だ。


「問題は中身」


 まず匂いを嗅ぐ。


 煙の匂い。


 魚の匂い。


 前回感じたような、嫌な違和感は今のところない。


「次」


 表面へ触る。


 ぬめり。


「…………」


 ない。


 指に妙なものもつかない。


 色。


「昨日より濃い……かな」


 焼けたようなところ。


 煙が強く当たったところ。


 多少むらはある。


「ここまでは」


 問題なさそう。


 でも。


 前回は中が駄目だった。


 石片で少しだけ身を開く。


「…………」


 中央。


 完全に乾き切っているわけではない。


 でも。


 妙な柔らかさは感じない。


 匂いも。


「変じゃない」


 だからといって。


 そのまま食べる気にはならなかった。


「もう一回、ちゃんと火を通す」


 焚き火を起こす。


 細い枝から炎を育て、十分に熱が出てから魚を火へ近付ける。


 表面だけではなく、中まで熱が通るよう、何度か向きを変える。


「…………」


 魚の脂が少し落ち、火が小さく鳴った。


 焼く。


 かなりしっかり。


「これなら」


 火から外す。


 すぐには食べず、少し冷ます。


 それから。


「…………」


 ひとかけら。


 口に入れる。


 噛む。


「苦い」


 思わず顔がしかめる。


 煙の匂いが強い。


 昨日の焼き魚とはかなり違う。


「煙臭いな……」


 もう一口。


 うまいかと聞かれれば。


「…………」


 普通に焼いた方がうまい。


 でも。


 変な酸味。


 嫌な臭い。


 妙なぬめり。


 そういうものは感じない。


「食べられる」


 少しずつ食べる。


 途中で身体の具合がおかしくならないか気にしながら、急がず口へ運ぶ。


 ハクアがこちらを見ていた。


「お前はいいぞ」


 今回は自分で確かめる。


「煙臭いし」


 耳が動く。


「たぶん、お前もいらないと思う」


 魚を食べ終える。


 量は少ない。


 味もいいとは言えない。


 それでも。


「…………」


 昨日捕った魚を。


 今日の朝。


 食べた。


「できた……?」


 言いかけて。


 首を振る。


「いや」


 保存食。


 そう呼ぶには。


 まだ早い。


 何日持つのか分からない。


 今回がたまたま大丈夫だっただけかもしれない。


 魚の厚さ。


 天気。


 風。


 煙。


 全部。


 次も同じにはならない。


「保存食じゃないな」


 火のそばへ座る。


「昨日の飯を、今日まで残せたくらいか」


 でも。


 今は。


「それで十分」


 一晩。


 たったそれだけ。


 それでも。


 昨日までできなかったことが、一度だけできた。


 火の向こうで、ハクアが身体を伸ばしている。


 俺は空になった横木を見る。


 立派な道具でもない。


 魚も特別うまくはなかった。


 それでも昨日より少しだけ。


 食べ物を扱える時間が長くなった。


「次も同じようにできるとは限らないけどな」


 そのくらいでいい。


 今はまだ。


 一回できた。


 それだけを覚えておくことにした。

第46話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


前回の失敗から、魚を薄くすること、試す量を減らすこと、風と煙を見ながら横木を動かすことを試しました。


今回は翌朝まで持たせることができましたが、長期保存ができるようになったわけではありません。


「昨日の飯を今日まで残せた」。


まずは、その小さな一回目の成功です。

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