第43話 自分の飯は自分で
第43話です。
一緒に暮らすようになっても、何でも分け合い、何でも頼るわけではありません。
今回は、主人公が自分の食料を自分で確保するため、もう一度魚を捕る方法を試します。
朝の空気には、少しだけ湿り気が残っていた。
夜の間に雨が降ったわけではないが、草の先には細かな露がつき、陽の当たらない地面はまだ冷たい。
火へ薪を一本足し、水の残りを確かめてから、俺は昨日から考えていたことを思い出した。
「今日は池、行ってみるか」
食べ物がないわけではない。
木の実も、採ってきた草も少し残っている。
それでも、同じものばかり食べていれば減る場所も偏るし、採れる時に採れるものだけでどうにかする生活には、まだ不安があった。
魚なら、前にも捕れた。
簡単ではなかったが、全く手が届かない相手でもない。
「前より少しはマシにできるだろ」
石片を一つ、魚を追う時に使えそうな枝、水を持ち帰るための樹皮の容器。必要そうなものだけを持つ。
倒木の近くでは、ハクアが伏せたままこちらを見ていた。
「俺、池行ってくる」
白い耳が動く。
「来る?」
しばらく待ってみたが、ハクアは立ち上がらなかった。
「今日は来ないか。それならそれでいい」
「行ってくる」
森へ入る。
何度か歩いた道は、最初の頃よりずっと分かりやすくなっていた。目印にしている木、少し傾いた岩、地面の固いところ。それらを確認しながら進めば、迷う心配はかなり減る。
とはいえ、油断はしない。
足元を見て、周囲の音を聞く。少し前、ハクアが足を止めた時のことも頭に残っている。
「何もいない、じゃなくて……分からないだけ」
そう思いながら歩く。
しばらくして池へ着いた。
「…………」
水面は静かだった。
朝の光が木々の間から落ち、ところどころが明るく光っている。
岸へ近付きすぎず、まず周囲を見る。変な音、新しい痕跡、大きく荒らされた場所。
「大丈夫そう」
そう判断してから、しゃがむ。
「さて、魚を捕るか」
言葉にすると簡単なのに、実際はそうでもない。
前にやったのは、水の浅い場所へ石と枝で逃げ道を狭め、少しずつ追い込む方法だった。うまくいったというより、
「たまたま一匹捕れた、が近いよな」
今日も同じ形をそのまま作るつもりはない。
まず、前に魚が逃げた場所を思い出す。
「石の間、広すぎた」
小魚なら抜けられる隙間がいくつもあった。
だから今回は、大きな石を適当に置くのではなく、小さな石も使って隙間を減らしていく。
一つ、もう一つ。
「狭すぎても駄目か?」
水が流れなくなれば不自然になるかもしれない。それに、魚が入ってこなければ意味がない。
「難しいな」
少し空ける。
でも、逃げ道にはなりにくい程度にする。
自分なりに調整してから、次に枝を置いた。
前は上から押さえるように使っていたが、魚が横へ逃げた。
「角度か」
水の流れを見る。
細かな葉がどちらへ流れているか、浮いた木くずがどこへ寄っていくか。
「こっちだな」
枝を斜めに入れる。
完全に塞ぐのではなく、魚が嫌がって向きを変える程度を狙う。
自分で言っていても、本当にそう動くかは分からない。
「やってみるしかない」
少し離れて水を見る。
小さな影が一匹。
いや、二匹いる。
「いる」
急がず、水へ入る。
足を置く位置も前より気をつける。自分が立ったせいで逃げ道を作らないように、石の並びと枝、水の流れを確認しながら足を動かした。
「こっち……」
魚が走る。
「うわ」
一匹があっさり横へ抜けた。
「そこか」
岸へ戻り、逃げた場所を見る。
石と石の間だった。
「まだ広いな」
小石を足して、もう一度試す。
今度は魚が囲いへ入らない。
「なんでだ?」
しばらく見てから、気付いた。
「ああ、俺が前に立ちすぎてる」
影や動きだけで避けられているのかもしれない。
「立つ場所もか」
一歩、もう一歩と少し横へ移動する。
何度か試したが、失敗が続いた。
「捕れないな」
時間だけが過ぎ、太陽が少し高くなる。
腰を伸ばす。
「楽じゃないな」
それでも、前よりは何が駄目だったのかを考えられる。
石の間隔、枝の向き、水の流れ、自分の立ち位置。全部を一度に正解へ持っていくのは無理だ。
「一個ずつ……」
言いかけて、苦笑する。
「いや、変えすぎると分からなくなるな」
今度は一つだけ、立ち位置を変える。
囲いはそのまま、枝も動かさない。俺だけが少し下流側へ移った。
魚が動く。
こちらから離れ、枝を避け、狭い方へ入っていく。
「今だ」
反対側からゆっくり近付く。
魚が戻ろうとしたが、石の間が狭い。
「頼む」
手に持った枝を水へ入れ、逃げ道をさらに狭める。
魚が跳ねた。
「っ」
水が顔へ飛び、目を閉じる。
「逃げた?」
目を開けて見る。
「…………いた」
浅いところ、石の間で身体をばたつかせている。
「今度こそ」
手を伸ばす。
滑った。
「待て」
もう一度、両手で囲う。
「…………掴んだ」
「よし!」
小さい。片手に収まるくらいだ。
それでも、
「捕れた」
息を吐く。
数時間かけて一匹。
「効率悪いな」
でも、前とは少し違う。
完全な偶然ではない。少なくとも、前より考えて追い込めた。
魚を見る。
「もう一匹?」
水面へ視線を戻すと、魚影はまだある。少し待てば、また捕れるかもしれない。
けれど、俺は首を振った。
「今日はこれでいい」
この池にどれくらい魚がいるのか、どれくらい捕っていいのか、何も分からない。
捕れるから捕る。それを続けて、あとで何もいなくなったら困る。
「一匹で十分だ」
作った囲いを見る。
石を動かし、枝を抜く。そのまま残せば、次に来た時は楽かもしれない。
でも、
「罠みたいに残すのはまだ早い」
何がかかるか分からないし、水の流れが変わるかもしれない。他の生き物にどう影響するかも分からない。
だから、使ったものは崩す。
「また作ればいい。今度は前より少し早くできる」
それだけ覚えておけばいい。
池を離れる。
帰り道、片手には魚がある。小さい。
「数時間かけてこれか」
思わず笑う。
「でも、ゼロよりいい」
空き地へ戻ると、ハクアがいた。
「ただいま」
白い顔がこちらを向く。
「見て。魚、一匹」
少し持ち上げると、ハクアは魚を見て鼻を動かした。
「食う?」
近くへ置いてみる。
いつもなら魚へ興味を示すこともあるが、今日は匂いを嗅ぐだけだった。
「いらない?」
ハクアが顔を逸らす。
「そう。じゃあ俺が食う」
魚を持ち上げる。
食べ物を分けることは、一緒にいるなら自然にやることもある。でも、毎回ではない。
ハクアは自分で森へ行き、自分で食べる。俺が何かを取れたからといって、必ず半分にする必要はない。
「自分の飯は自分で、か」
口に出してみると、少し冷たい言い方にも聞こえた。
「でも、悪い意味じゃない」
俺は俺で食べるものを探し、ハクアはハクアで森へ行く。必要なら分けるし、食べたければ食べる。いらなければ食べない。
「それくらいでいいよな」
ハクアはもう魚を見ていない。
俺は焚き火の近くへ座り、魚を処理する。
石片を使い、腹を開いて頭を落とす。
「…………」
前より少しだけ手が止まらない。
どこから開くか、何を取るか、大まかには分かってきた。
「でも、やっぱり切りにくい」
石片は刃が薄くなく、鋭さも安定しない。骨の近くや皮の細かなところを扱うたび、身が少し石へ残った。
「もったいないな」
食べられる部分をきれいに取れない。
「金属の刃物があれば……」
包丁やナイフ。小さくてもいいから一本あれば、どれだけ楽だろう。
「まあ、ないものはない」
今は石を使うしかない。
処理を終え、焚き火で魚を焼く。
魚の匂いが広がると、ハクアの耳が動いた。
「今になって欲しくなった?」
顔がこちらを向く。
焼けた魚を少し見せてみたが、ハクアは近付かなかった。
「やっぱりいらないか」
俺は笑って、自分で食べる。
味付けはないし、魚も小さい。数時間かけて捕ったものだ。
それでも、自分で捕った魚は普通にうまかった。
「今日はこれで十分」
火の向こうにはハクアがいる。
俺は魚を食べ、ハクアは別のものを食べる。
同じ場所にいて、別々のものを食べる。
「…………」
それも、思っていたより普通だった。
第43話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、以前試した魚の追い込みをもう一度行いました。
石の間隔や枝の向き、自分の立つ位置を少しずつ意識できるようになりましたが、それでも数時間かけて小魚一匹です。
ハクアも主人公の食料に頼らず、主人公もハクアの狩りに頼らない。
一緒に暮らしながら、それぞれ自分の生活を持つ形が、少しずつ見えてきました。




