第41話 そこ、お前の場所?
第41話です。
同じ空き地で過ごす時間が増えると、そこには少しずつ、それぞれがよく使う場所が生まれていきます。
今回は、主人公がハクアの「いつもの場所」に気付きます。
朝の水汲みから戻り、容器をいつもの場所へ置いたあと、俺は雨避けの横に積んである枝を見ていた。
「そろそろ、こっちもどうにかしないとな」
屋根を直した時の残りや、使えそうだからと森から持ち帰った枝が少しずつ増えている。
今すぐ使うものばかりではない。
真っすぐだから何かに使えそう、少し太いから支えになりそう、そんな理由で拾ってきたものも多かった。
「持って帰る時は全部使う気なんだけどな」
実際に並べてみると、使い道が決まっていないものの方が多い。
晴れているうちは外へ置いても困らないが、雨が降れば濡らしたくないものを雨避けへ寄せることになる。そのたびに材料が邪魔になり、通る場所まで狭くなっていた。
「この辺にまとめるか」
倒木の近くなら、火からも少し離れている。
長い枝を何本か抱え、置けそうな場所へ運ぶ。
「ここなら……」
地面へ下ろしかけて、手が止まった。
「ん?」
草が丸く潰れている。
ただ踏まれたというより、同じところへ何度も重みがかかったようなへこみ方だった。
抱えていた枝をいったん脇へ置き、しゃがんで見る。
「…………」
白い毛。
一本だけではない。
草の間に二本、少し離れたところにももう一本落ちている。
「これ、ハクアのか」
振り返る。
ハクアは空き地の反対側、陽の当たるところで身体を伸ばしていた。
「ハクア」
白い顔がこちらを向く。
「そこ、お前の場所?」
もちろん言葉で答えてくれるわけではない。
ただ、こちらを見ている。
「そういえば……」
思い返してみれば、ハクアが倒木の近くで休んでいる姿は何度も見ていた。
けれど、「倒木の近く」としか考えていなかった。
よく見ると、その中でも身体を丸める位置はだいたい同じだったらしい。
「俺、ここに枝積もうとしてたぞ」
ハクアの耳が動く。
「危なかったな。いや、枝くらいなら別の場所に置けばいいんだけど」
脇へ置いた枝をもう一度抱え、少し離れたところへ運ぶ。
「こっちならいいか」
今度は自分が歩く道や、水を運ぶ時の通り方も確かめる。
ハクアが森へ出入りする方向にも張り出していない。
「よし、とりあえずここ」
枝を下ろしてから、もう一度潰れた草のところへ戻った。
よく見ると、小さな石がいくつか地面から出ている。
「これ、寝た時に当たらないのか?」
指で一つつまむ。
そこで、ハクアが身体を起こした。
「あ」
俺は手を止める。
さっきまで寝転がっていたのに、今はこちらをじっと見ていた。
「嫌か?」
声をかけても、ハクアは動かない。
ただ、俺の手元を見ている。
「…………」
傷へ触れようとした時のことを思い出す。
近付けるからといって、好きに触っていいわけではない。
場所も同じなのかもしれない。
「分かった。勝手に全部変えたりしないから」
つまんだ小石をいったん元へ戻し、少し離れて座る。
「見てるだけ」
ハクアはそのままこちらを見ていた。
「いや、本当に何もしないって」
少し笑う。
しばらく待っていると、ハクアの身体から少し力が抜けた。立ち上がる様子も、逃げる様子もない。
「じゃあ、痛そうなのだけ取るぞ」
ゆっくり近付き、今度は尖った石だけを一つ外す。
「これ、絶対邪魔だろ」
もう一つ。
丸い小石はそのまま。
地面を掘り返したり、平らに均したりもしない。
「俺なら全部どけたくなるけど、お前がここ選んだんだもんな」
ハクアを見る。
まだこちらを見ているが、さっきほど身体は固くない。
「ちょっとだけな」
以前使った乾いた樹皮の切れ端と、枯れ草を少し持ってくる。
新しく寝床を作るほどではない。
湿りやすそうな片側へ小さな樹皮を置き、その上へ乾いた草を少し足す。
「こんなもん?」
中央を見る。
そこには、ハクアの毛が残った古い草がある。
全部きれいに替えてしまえば、見た目は整うかもしれない。
「でも、これ残しとくか」
自分の匂いが残っている方が落ち着くのかどうか、俺には分からない。
分からないからこそ、勝手に全部捨てる必要もない。
「古いの半分、新しいのちょっと。これならそんなに変わらないだろ」
乾いた草を端へ寄せ、手で軽く押さえる。
「…………」
一歩下がる。
やったことは、小石を少しどけて、草を足しただけだ。
「地味だな」
ハクアを見る。
「でも、お前の場所ならこのくらいでいいか」
白い耳が動いた。
「気に入らなかったら使わなくていいからな。別のところで寝てもいいし」
そう言って、俺は元の作業へ戻った。
枝の置き場所。
これも、さっき決めたところで本当に邪魔にならないか見ておく。
「水汲んで帰ってきて……ここ通る」
空の容器を持ったつもりで歩いてみる。
「大丈夫」
次に、薪を持って火へ向かう動き。
「こっちも……まあ平気か」
何となく物を置いていた頃は、通りにくくなってから動かせばいいと思っていた。
今は、俺だけが使う空き地ではない。
「俺の道があって、ハクアの休むところがあって……」
声に出してから、少し考える。
「別に区切る必要はないか」
ここからここまで俺。
ここから向こうがハクア。
そんな風に決めたいわけではない。
ただ、よく使っている場所があるなら、その上に物を置かない。
「それだけでいいな」
枝をまとめ、長いものを倒木の反対側へ立て掛ける。
しばらく作業を続けたあと、食べられる草を少し採るため、空き地の近くまで森へ入ることにした。
「ハクア、ちょっと行ってくる」
白い顔がこちらを向く。
「近くだからな」
ハクアは立ち上がらない。
「今日は来ないか。じゃあ留守番……っていうのも違うな」
自分で言って苦笑する。
「好きにしてて」
森へ入る。
いつも採っている草を少し探し、帰りに乾いた枝も何本か拾う。
遠くまで行ったわけではないので、空き地へ戻るまで大した時間はかからなかった。
「戻ったぞ、ハクア」
返事はない。
「どこ行った?」
草を置きながら周囲を見る。
すぐ見つかった。
「あ」
倒木の横。
朝、少しだけ整えた場所に白い身体が丸くなっている。
「使ってる」
思わず声が小さくなる。
新しく足した草の上だけを選んでいるわけではない。
元から残してあった草と、新しい草が混ざった辺りに身体を横たえ、前脚へ顎を乗せていた。
俺の声に気付いたのか、耳だけがこちらを向く。
「どう?」
聞いてみる。
ハクアは顔を上げない。
「寝てるなら悪くないってことでいい?」
尻尾の先が少し動いた。
「それ、返事?」
今度は動かない。
「都合よく解釈しとくか」
もう少し近くで見たくなったが、そのままにしておく。
使っているなら、それで十分だ。
「枝、そこに置かなくてよかったな」
別の場所へ移した材料を見る。
今のところ、俺の動きにもハクアの休む場所にも邪魔にはなっていない。
「…………」
火。
水。
雨避け。
棚。
材料。
そして、倒木の近くで休むハクア。
空き地の中にあるものは昨日とほとんど変わっていない。
新しい建物を作ったわけでもない。
それでも、少しだけ見え方が変わった。
「ここ、俺だけが使ってる場所じゃなくなってたんだな」
口に出してから、少し違う気がする。
「いや、最初から森の中なんだから俺だけの場所じゃないか」
自分で訂正して笑う。
「でもまあ……」
ハクアを見る。
「そこ、お前の場所なんだな」
白い耳が、ゆっくり一度動いた。
「分かった。枝は置かないようにするよ」
それ以上は何もせず、少し遠回りして焚き火の方へ戻る。
後ろでは、草が擦れる小さな音がした。
振り返らなくても、ハクアがまだそこにいることは分かっていた。
第41話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は主人公が新しくハクアの居場所を決めたのではなく、ハクア自身が何度も選んでいた休息場所に気付きました。
枝を別の場所へ移し、小石を少し取り除き、古い草を残したまま乾いた草を足す。
その程度の小さな配慮ですが、拠点の中にも一人と一匹それぞれがよく使う場所が見え始めています。




